352.ニワトリたちは食い意地が張ってます
シカ肉が少しほしいと言ったらキロ単位でどーんといただけることになった。いや、確かにうちのニワトリたちも食べますけどね? 相変わらずジビエの分配単位がおかしいと思った。
そろそろ帰るかな~と思い、庭から駐車場の方へ向かったらニワトリたちが戻ってくるところだった。
……なんでなんか咥えてるんだろうなぁ。
俺は急いで庭に戻り、居間に声をかけた。
「すいません、なんかニワトリが持って帰ってきたんですけど……」
「ん? なんだろうな?」
陸奥さんがつっかけを履いて出てきた。相変わらずフットワークが軽い。
「なんでしょうね」
相川さんも出てきた。
一緒に駐車場の方に出る。
「あー……」
陸奥さんが声を上げた。
ニワトリたちは尻尾を振りながら悠然と戻ってきた。その嘴に鳥を咥えて。
「ありゃあアイガモだな。アイガモ農法で逃げたやつじゃねえか?」
「アイガモ農法、ですか?」
首を傾げる。聞いたことはあったがなんだったっけか。
「逃げたりするんですね」
相川さんが聞いた。
「水田の網掛けが下手だったりすると逃げるな。あとはその後の飼育方法によるだろ。毎年何匹か逃げて問題にはなってるんだよな~」
「そうなんですか」
そういえば農薬をできるだけ使わないで稲を育てる方法がそれだったような気がする。水田の虫とかを食べてくれるんだったっけ。
ニワトリたちが俺たちの前に来て止まった。
「ポチ、タマちゃん、ユマちゃん。そのアイガモを渡してもらっていいか? バラして佐野君に持たせるからよ」
ニワトリたちはこと切れているアイガモを地面に置いた。
「ありがとうな。ちょっと確認してくるから待っててくれ」
相川さんが母屋に戻ってビニール袋をもらってきた。アイガモを入れて小さな小屋の方へ運んでいく。その小屋で解体するようだった。
「アイガモはそれほど食べる部分が獲れないんですけどね~」
相川さんが苦笑しながら言っていた。アイガモ農法もそれなりに課題があるようだった。アヒルよりも小さいので肉を獲る為に家畜化するのはあまり向いていないらしい。
「アイガモの肉はくれるってさ。よかったな」
ニワトリたちはココッ! と鳴き、その辺りをうろうろし始めた。獲物を獲ったから早く帰りたそうだった。
「解体してもらうまで待とうな~」
羽を毟るだけでもそれなりに時間がかかるだろうし。
「あ、そうだ。ポチさん、タマさん、ユマさん。解体するので、少しだけアイガモの肉を分けていただいてもいいですか? リンへのお土産にほしいので」
相川さんが小屋から出てきてニワトリたちに聞いた。ニワトリたちはコッ! と返事をした。それは了承したのか? イマイチわからないなと思った。
「ありがとうございます。じゃあ解体してきますね~」
相川さんは了承と受け取ったようだった。解体するのもたいへんそうだしな。
「あのぅ、本当は俺が処理しなきゃいけないのに……すみません」
解体の方法とかネットでも見て学ぶべきだと思う。相川さんはきょとんとした。
「え? 全然かまいませんよ。それでアイガモの肉がいただけるなら安いものじゃないですか。アイガモ農法をされているところはみんな冬の始めには解体業者に下ろしちゃうんですよ。だから手伝って肉をもらうってことができないんです。だから気にしないでください」
「ありがとうございます」
そういうことなら、と頭を下げたがやっぱり甘やかされてるよなと思う。
「ポチ~、タマ~、ユマ~、アイガモはあんまり食べられるところないんだってさ~」
それでも夕飯の足しぐらいにはなるだろう。三羽も獲ってきたんだし。
桂木姉妹はそろそろ山中さんちへ移動するそうだ。
「どうかしたんですか~?」
「ニワトリたちがアイガモを捕まえてきてさ」
「えー? アイガモってどんなのです?」
「見た目は……マガモっぽいかな」
「ニワトリちゃんたちすごーい!」
桂木妹がニワトリたちの間で飛び跳ねていた。テンションが高くて俺はついていけないが、ニワトリたちも一緒になって跳びはねていた。大丈夫なんだろうか。
大丈夫か。飛び蹴りとかするぐらいだし。
畑野さん、川中さんはすでに帰っている。川中さんは、
「僕はもっといる~」
とか言っていたが畑野さんに首根っこ掴まれて駐車場へ引きずられていった。畑野さんはお疲れさまだなと思った。
戸山さんはそろそろ帰るらしい。桂木さんの軽トラが出て行った後に帰って行った。
太陽が西の空に落ちていく。
「お待たせしました」
「ありがとうございます。本当に助かります。今度お礼をさせてください」
「気にしなくていいですよ~。うちの分もいただきましたから」
相川さんが解体してくれたアイガモの肉を受け取ってクーラーボックスに納め、ニワトリたちと共に山に戻った。時間的にぎりぎりだったのか、山の中がけっこう暗くてひやひやした。こんなに暗い中を帰ったのは久しぶりだった。
家にどうにか着くと、西の空はもうほんの少し赤くなっているだけだった。
これからニワトリたちを洗うとなったら真っ暗だろうな。俺は急いでお湯の準備をしたのだった。
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