293.おっちゃんちでは食べるしかない

 着替えとニワトリ以外は持ってくるなと言われていたのでほぼほぼ手ぶらである。ほぼほぼ手ぶらって意味わからないよな。


「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします~」


 玄関のガラス扉を開けて中に声をかけると、バタバタと音がしておばさんが出てきた。


「おめでとう! 今年もよろしくね~。ところで昇ちゃん、もうあんな豪華でおいしそうなの贈ってこないでちょうだい!」

「おいしそうならよかったです」

「次あんなの贈ってきたら出入り禁止にするわよ!」

「えええええ」


 世話になっているからとお礼を贈ったら出禁になるって意味がわからない。


「ええと、すみません。ニワトリたちは……」

「畑の方まで行っててもかまわないわ。山登りはさせないでね」

「わかりました」


 ニワトリたちにはおばさんに言われた通りに声をかけた。三羽はコッ! と返事をするとツッタカターと畑へ駆けて行った。ああいう姿を見ていると元気でいいよなと思う。庭に面した縁側におっちゃんがいたので挨拶をした。


「おう、昇平か。餅食ってけよ」

「そんなにお餅あるんですか」

「気合入れてつきすぎちまってな」

「ああ……どこの家でも餅ついてますよね……」

「そういうこった」


 これは多少持ち帰らなければならないかもしれない。その頃にはけっこう飽きてくるんだよな。どうしよう。

 そんなことを話している間に相川さんの軽トラが入ってきた。


「確か……相川君の彼女は帰省したんだっけか」

「そうみたいです」

「男二人じゃむさかったろう」


 おっちゃんはガハハと笑った。


「それはそうですけど、しょうがないですから」


 むさいって思うほどくっついているわけでもないのでそんなことはないが、逆らうのもアレなので話は合わせておくに限る。人間関係の基本だ。


「明けましておめでとうございます」

「おう、おめでとう」


 相川さんが荷台から黄色いケースを下ろした。ビール瓶だった。


「お、こりゃあビール飲み放題だな」

「ははは……」


 おっちゃんが機嫌良さそうに言う。俺は苦笑した。もしかしたら明日の朝は二日酔い確定かもしれない。相川さんが玄関からおばさんに声をかける。ビールは倉庫の方にと言われて運んでからこちらに来た。


「こんにちは。なんかいつも遅くなってすみません」

「別に遅くはねえだろう。今日明日泊まってくんだっけか」

「はい、お世話になります」

「彼女はいつ戻ってくるんだ」

「もう少し先ですね。山の上は寒いですし」

「よく付き合ってくれるよなぁ」

「そうですね」


 確かにうちのニワトリたちもそうだが、リンさんもよく付き合ってくれていると思う。おっちゃんが言うのとはまた意味合いが違うが。

 そうしているうちに日が陰ってきた。こうなると一気に暗くなる。冬至を過ぎるとだんだんと日が長くなってくるのだが、1月の頭なんてまだまだだ。


「そろそろごはんよ~」

「おう」

「「はーい」」


 立ち上がって相川さんと共にニワトリたちを呼びに行く。平和だなとしみじみ思った。

 その日の夕飯はおばさんが言った通りごちそうだった。漬物は当たり前として、筑前煮、海老の姿焼き、黒豆やきんとん、昆布巻き、刺身に天ぷら、里芋とイカの煮物にぶり大根とおなかぽんぽこりんラインナップだった。


「うわ~、おいしそう……」

「おいしそうですね~……」

「食え食え~」


 この量はどう考えたって4人で食べる量ではないだろう。


「いっぱい召し上がれ~。明日はお餅よ~」


 しっかり胃薬と友達になれそうである。そんな友達は嫌だ。だが正月なんていうのはこういうものである。


「本当はお煮しめも用意したかったんだけどさすがに時間がなくてね~」

「それはしょうがないですよ~」


 お煮しめもおいしいんだよな。すっごく手間がかかるとは聞いているけど。

 ニワトリたちは野菜だけでなくシカ肉とシシ肉ももらったらしくご機嫌だ。せっかくの正月だもんな。それこそ食え食えだ。

 ビールも一缶は空けたけと飲むどころではない。黒豆ときんとん、昆布巻きも自家製のようでどれもおいしかった。市販のきんとんてどうしても保存の観点からか甘すぎるんだよな。どれも後をひく味なのに料理が多すぎて少しずつしか食べられない。


「おばさん、全部おいしい」

「それはよかったわ~。もっと食べてね!」

「さすがに無理です~」


 なんかもったいなくてあと一口を食べてしまうんだけど、後悔先に立たずになるんだよな。そう思いながらも食べられるだけ食べた。だっておいしいのだ。


「ごはんも炊いたのよ~」

「さすがに死にます」


 ごはんと聞いて白目を剥きそうになった。残念ながら俺の胃はブラックホールではないので。相川さんもおなかを押さえる仕草をした。


「あら~、じゃあどうしようかしら」

「だから飯まではいらねえって言ったじゃねえか」

「足りなかったら困るじゃない」

「こんだけあって足りないわけがあるか!」

「まあまあ……」


 どうもおばさんというのは作りすぎてしまう傾向にあるらしい。そういえばうちの母親もそうだったなと苦笑した。かき玉汁だけでもと言われたけどもう汁物すら入る余地はなかった。明日絶対食べますから! と言って勘弁してもらった。

 で、翌朝は重い胃を抱えて唸ることになった。さっそく胃腸薬というお友達と仲良くなった。困ったものである。

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