242.裏山を一日歩いての考察
「意外と山で暮らしてる奴の方が弱かったりするよな~」
ほーら、おっちゃんに言われてしまった。
「……うちの周りは山倉さんがかなり整備してくれていましたから」
「ま、しょうがねーよな!」
おっちゃんに背をばしばし叩かれて言われた。頼むからおっちゃんと一緒にしないでほしい。正直スズメバチに刺されまくっても平気な人と一緒にされたくない。
「山っつってもただ暮らしてるだけならそれほど動かないだろ。それでも平地にいるよりゃあ動いてるだろうけどな」
陸奥さんがフォローしてくれた。ホント、弱っちくてすいません。
「以前に比べればよっぽど身体は鍛えられたと思いますけど、前はデスクワークでしたからね……」
婚約を解消してからも、ここに来るぎりぎりまで働いてはいた。山暮らしだからって金はかかるはずだと思ってはいたから。
ここに来た当初は寒くて死ぬかと思ったな。そんな中、村に下りた日に祭りがあって……カラーひよこだったポチとタマとユマを買って……。
そう、アイツらひよこだったんだよ! 手のひらサイズのひよこだったんだ! なのになんで今はこんなに大きく……?
「昇平?」
「あ、ああ……いえ、なんでうちのはこんなにでかく育ったのかなぁと……」
おっちゃんに声をかけられてはっとした。
「まあなあ……なんでだろうな。……たぶんだが、昇平が大事なんだろ?」
おっちゃんがユマに声をかけた。ユマはなーに? と尋ねるようにコキャッと首を傾げた。
「ユマは、昇平のこと好きだろう?」
ユマが一瞬嘴を開いたが、それから一旦嘴をつぐみ、それからコッ! と鳴いた。スキーって言いそうになったのをこらえたんだなってことはわかった。本当によくできたニワトリである。
「ほら、大好きだってよ」
「ユマ、ありがとうな」
俺もうちのニワトリたちが大好きだって思う。
午前中と同じように進み、裏山についてから今度は反対方向を回った。木も草も鬱蒼と生い茂り、ほとんど日の光が入ってきていないように見える。これが手入れのされてない山なのだなと実感した。ところどころ木も倒れていたりしてとても危ない。本来なら俺が整備しなければならない山である。来年は少しずつでも手入れをしていこうと思った。
日が陰る前に撤収し、うちに戻ってきた。裏山から出ただけでほっとした。慣れない山はなんとなく怖い。裏山に入ってからはユマが至近距離で寄り添ってくれた。もしかしたら俺の不安を感じ取ったのかもしれない。情けない話だが、午後になって余計にそう感じたのだ。
「お疲れ様でした!」
がくがくした足で台所に立ち、どうにか湯を沸かす。
「明日は佐野君筋肉痛かもな」
陸奥さんがワハハと笑った。さもありなん。道なき道を歩くというのは本当にたいへんなのだなと思った。
「あ~、足痛い~。慣れない山道はやっぱたいへんだよねえ」
川中さんも普段デスクワークのせいか堪えたようだった。でももしかしたら俺に合わせてくれたのかもしれないけどね。
「もう少し運動したらどうだ?」
畑野さんが言う。なんとも耳の痛い話だ。寒くなってきたから無意識のうちに行動範囲が狭まってきている気がする。ここのところ川を見に行っていないことを思い出した。
「そういう畑野はどうなんだよ~」
「うちは出勤前に畑の手入れをしないといけないからな」
畑野さんの家は兼業農家のようだった。朝畑の世話をしてから仕事に行くとかすごいなって思う。
「畑って、けっこう広いんですか?」
「いや? 湯本さんの畑と同じぐらいだよ」
広いじゃん、って思った。基準が陸奥さんちの田畑だと広くはないかもしれないけど、俺からしたら十分広い。
「毎朝手入れしてるんですよね」
「最近はそれほどでもないがな。雪が降ったらほぼほっとくし、うちは温室も作ってないから冬は休耕状態だよ」
それでも毎朝見には行くんだろうし、他にもいろいろしてるだろうしな。更に猟師だし? 兼業農家もなかなかにハードだなと思った。
「川中さんは独り暮らしでしたよね。少し何か栽培してるようなこと言ってませんでしたっけ?」
「うち~? 僕のところは家庭菜園レベルだよ。佐野君とこの畑よりよっぽど狭いし、この時期は何もしてないよ。モグラが出たらお休みだしね」
寒いからあんまり早起きしたくないしね、と言って川中さんは笑った。気持ちはわかる。そういえばうちの畑ってモグラ出たことないな。
うちはまだ青菜を植えている。ニワトリたちが食べるというのもあるが、基本俺はここにいるので手入れがしやすいというのもあるだろう。
やっとお湯が沸いた。みなの湯のみにお茶を注いでいく。田舎の家あるあるで湯のみだけはけっこう数があるのだ。
「茶が沁みるよねえ……」
戸山さんが呟いた。寒いから余計な気がする。
「佐野君は明日はどうする?」
「……やめておきます」
ただの足手まといになってしまうし。春になったらニワトリたちと一緒にゆっくり回ることにしよう。
「そっかそっか」
笑われてもなんでも、やっぱ人の手が入ってない山はつらいってことがよくわかった。そういう無理はしないのだ。だってずっとここで暮らしてくのだから。
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またまたレビューコメントいただいてしまいました! ありがとうございます!
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