229.シカもイノシシもおいしゅうございました

「マニュアル難しい~! おにーさん教えて!」

「……そこはプロに教わった方がいいよ」


 夕方、おっちゃんちに着いたら桂木妹にこう泣きつかれた。運転は慣れだし、クラッチだのももう感覚で動かしてるから説明がしづらいんだよな。


「やっぱだめかぁ~」


 桂木妹ががっくりと頭を俯かせた。


「もうっ! リエってば佐野さんに迷惑かけちゃだめでしょ! 佐野さんすみません……」


 おお、桂木さんが常識人に見える。いや、元から別に常識がなかったわけじゃないけど。


「いやいやいいよ。実際難しいしな」


 俺がマニュアル取ったのだって、なんかマニュアル運転できたらカッコよさそう的な打算がなかったとは言わないしな。それで教習所に通ってみて後悔した。今では重宝してるけど。

 秋本さんが鹿とイノシシのブロックを持ってきてくれたので、そこでその話はお開きになった。切り分けたりとか調理はおばさんと桂木姉妹の管轄だ。今日はそれに加えて桂木さんの知り合いの山中さんも来ている。女性四人でわちゃわちゃしている場所にいる勇気はない。俺はすごすごと退散した。

 寒いけどBBQの準備を庭でして、ビニールシートを端に広げる。ニワトリたちの食事はなかなかにダイナミックなので血が飛び散るのだ。秋本さんが内臓も持ってきてくれたのでニワトリたちは万々歳だろう。

 あとは開始までみなぼーっとするだけである。男性陣は縁側に腰掛けて暮れなずむ空をなんともなしに眺めていた。


「……よくイノシシとか捕れますね」


 山中のおじさんが口を開いた。


「最近増えてるからなぁ。狩猟人口も年々減ってるから狩る人もいないし、陸奥さんたちさまさまだよ」


 おっちゃんが返事をする。


「どうも私は血が苦手でねえ……」

「血が好きってのもいねえだろうさ」


 おっちゃんがガハハと笑う。まぁ好きではないだろうがおっちゃんは苦手ではないだろう。


「そういえばマムシ酒はどうなったんだい? もう半年以上経ってるのもあるだろう?」


 山中のおじさんがコップを傾けるような仕草をした。


「半年じゃあまだまだだ。やっぱ三年は置かないとな!」

「一年ぐらいで我慢できなくなって飲み始めちまうんだよなぁ」


 陸奥さんが頭を掻いて笑う。


「一本ぐらいなら一年ぐらいで飲んでもいいだろうが……残りは死守するぞ」

「何本あるんだ?」


 陸奥さんに聞かれておっちゃんは考えるような顔をした。


「うーん……十本は下らねえんじゃねえか?」

「十本!?」


 みなびっくりしたように声を上げた。十本ぐらいはあるだろうなと俺も思う。なにせ三日に一匹分はおっちゃんちに持ってきていたのだ。うちの周りでマムシがものすごく繁殖していたみたいだから、今思うとすごい危険地帯だったな。ニワトリたちのおかげで一度も噛まれなくて済んだけど。ニワトリさまさまである。ちなみに相川さんはうちのニワトリがマムシを捕っていたことを知っているので声は上げなかった。


「どうやったらそんなに……」


 山中のおじさんが信じられないというように呟く。


「昇平んとこのニワトリたちがよく捕まえてきてくれたんだよ。サワ山の住居辺りでマムシが大発生してたらしくてな。昇平もニワトリたちには助けられただろう」

「ええ、今考えるとぞっとしない話ですね」


 そんなことを話してる間に準備が整ったらしい。シカ肉にはしっかり下味をつけてあるのでそのまま焼いて何もつけずに食べるようだ。脂身が全然ないので温かいうちに食べてね~とおばさんが言う。内臓やら野菜やらをもらってビニールシートの上に広げる。そうしてから畑にいるであろうニワトリたちを呼びに行った。


「おーい、ポチ、タマ、ユマ~。ごはんだぞ~」


 山の近くにいるニワトリたちに声をかけた。なんでアイツらはそんなに山が好きなんだろうな? そんなことを思っていたらニワトリたちがすごい勢いで駆けてきた。どどどどど……という効果音がバッチリである。向こうにいる時は小さく見えたけどどんどん大きくなってくる姿はなかなかに怖い。パニック映画でも見てるようだなと思いながら俺も踵を返して庭に戻った。

 桂木妹がちょうどその光景を見ていたらしく目を丸くしていた。


「ニワトリちゃんたちすごいねー。おっきいから迫力あるねー!」


 怖いとは思わなかったんだろうか。やっぱり桂木妹は面白いなと思った。

 ニワトリたちはビニールシートの方に駆けてくると、一瞬俺の方を見た。


「食べていいぞ!」


 許可を出すと一斉にがつがつと食べ始めた。うん、この光景も怖い。俺はそっと目を反らした。山中のおばさんが目を剥いていた。すみません、うちのニワトリがすみません。

 縁側に近づくと相川さんが缶ビールを渡してくれた。


「相変わらずすごい勢いですね。パワフルで元気をいただけますよ」


 そういう言い方もあるのかと感心した。プルタブを下げるとプシュッといい音がした。ごくごくと飲む。これだよ、これと思った。すでに乾杯は済んでいたらしいのでもう無礼講である。秋本さんと結城さんが焼いている肉を眺めながらああでもないこうでもないと言っている。

 肉が焼けた頃に川中さんと畑野さんが到着した。


「あーもうずるいよ~。なんで平日なんだよ~」


 まだ川中さんが文句を言っていた。仕事をするってたいへんだよなと思う。


「有休とかとらないんですか?」

「うちの会社の場合そんな大そうなものは年末年始とお盆の頃にしかないんだよ~」

「そうなんですか」


 それって労働基準法違反なのでは。まあ俺には関係ないからいいか。

 一晩置いたシカ肉は思ったよりも柔らかく食べやすかった。イノシシは相変わらずうまい。イノシシの肉はまた少し分けてもらえることになった。

 明日は狩猟チームも休むけど、明後日からはうちの山に来るという。まずは様子見だろうがそれもまた楽しみだ。

 川中さんがどうにかして桂木姉妹に近づこうとするのを畑野さんが止めている。結城さんもちらちらと桂木姉妹を見ていたが声をかける勇気はなさそうだった。あの二人かわいいもんな。

 そんなこんなで宴会はけっこう遅い時間まで続いたのだった。

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