217.イノシシ祭りの翌朝も寒かった
……よし、二日酔いにはならなかったぞ。
おっちゃんちでの朝である。俺は布団の中でグッと拳を握りしめた。こっそりのガッツポーズである。とはいえ食べすぎは否めない。布団から出てぶるりと震えた。寒い。急いで着替えて布団を畳んでいると襖が開いた。相川さんだった。相変わらずの爽やかさである。眩しい。
「ああ、起きたんですね。おはようございます、佐野さん。朝ごはんできてますよ」
「おはようございますー。顔洗ったら行きます」
布団を畳み、座敷の中を見回す。陸奥さんと戸山さんはまだガーガーといびきをかいて寝ていた。川中さんが寝ていた布団が畳まれていることから起きているのだなということがわかった。もう帰ったのかもしれない。
洗面所で顔を洗い、居間に顔を出すとおっちゃんと相川さんが待っていてくれた。
「おはようございます。すみません、待たせちゃいましたか」
「おう、昇平、おはよう。別に待ってねえよ」
「はい、お待たせ~。いつもと変わらないけどね」
飲んだ次の日の朝はやっぱりこの梅茶漬けがいい。おばさんに挨拶をした。
「あとこれもよかったら食べてね~」
「?」
みそだろうか。香ばしい匂いと絶妙な焦げ目をつけた肉炒めが出てきた。
「おお、贅沢だなぁ」
おっちゃんが嬉しそうに言う。それにピンときた。
「イノシシですか?」
「そうなのよ。ニワトリちゃんたちのおかげでしばらくお肉には困らなさそうだわ。本当にありがとうね~」
おばさんはご機嫌である。ニラと一緒に炒められた肉をいただく。下処理かみそのおかげか臭みは全くなく、柔らかくておいしかった。
「? これもしかして昨夜のうちに漬けておいたんですか?」
「そうよ~。一晩置くと焼いても柔らかく食べられるのよね」
「そっかぁ……」
もう少し自分ち用に確保してもよかったかなと思ってしまった。まぁでも冬は始まったばかりだからまだイノシシが捕まえられる機会はあるだろう。決してニワトリたちを当てにしているわけではない。相川さんが狩ったら少し買い取らせてもらえないかなと思っているぐらいである。
台所を覗くと桂木姉妹がわちゃわちゃしていた。女の子っていいよな。見てる分にはとてもかわいい二人だ。桂木妹がこちらに気づいた。
「あ、おにーさん。おはよー。二日酔いにはなってないー?」
「おはよう。なってないよ」
手を振って顔を引っ込めた。眩しい笑顔だった。
「……若さって眩しい……」
「何言ってんだ?」
「何言ってるんですか?」
おっちゃんと相川さんにツッコまれてしまった。いや、俺も二人に比べりゃ若いんだろうけど十代の若さにはかなわないし。しかも相手は女の子だし、って別に張り合ってない。みそ漬けのシシ肉炒め、おいしかったです。
今日はタマとユマは卵を産まなかったらしい。おばさんが少し残念そうだった。こればっかりはそういう周期だからしかたない。
ニワトリたちは今朝もシシ肉と野菜を食べるととっとと畑の方に遊びにいったようだった。この寒さの中ご苦労なことである。
「そういえば川中さんはもう帰られたんですか?」
「ああ、とっくに起きて帰ったぞ。寒い寒いとうるさかったがな」
ガハハとおっちゃんが笑う。俺もここに来る前まではサラリーマンだったから川中さんはすごいなって思った。一人暮らしってことは自分で家事もしながら働いているわけで、実家暮らしだった俺にはすごくハードルが高いことのように思える。彼女と婚約してから、「今は男も家事ができないと!」と母に仕込まれたことがここに来て役に立ったのは皮肉なことだった。まぁでも母がそうやって教えてくれなかったら、実家を出るって選択肢もなかっただろうしな。それについては母に感謝だ。
「昇平んとこはうちより寒いだろ? どうしてんだ?」
おっちゃんに聞かれてはっとした。ついついここに来る前のことを思い出してしまっていた。いけないいけない。
「うちの……山ですか?」
「おう」
「うちは……電気代はかかりますけどオイルヒーターが居間にあるんで朝はそれほど寒くないですよ」
「ニワトリのいる玄関口か」
「はい。帰ってきたら朝までずっとつけてます」
「贅沢だな、オイ」
「俺の寝てるところにはハロゲンヒーターしかないんですけどね~」
ハハハと笑う。
「ニワトリ共、愛されてんじゃねーか」
「大事な家族ですから」
「じゃあうちはかなり寒いんじゃねーか?」
「ああ……どうなんでしょうね。家の中ってだけでも違うとは思いますけど」
そこらへんはニワトリではないので不明だ。寝場所が寒いってなると来るのも渋りそうだがそんな気配は全くないし、どうなってるんだろうな。
帰りに冷凍したイノシシの内臓と肉をもらった。今日はさすがに陸奥さんたちも山には入らないらしい。また明日から今度の週末まで回るようなことを言っていた。その後はうちの山に来てくれるそうだ。けっこう楽しみである。
畑にニワトリたちを呼びに行ったらまた山の方を見上げていた。だからだめだっつってんだろ。どんだけイノシシ食べたいんだよ。
「ポチ、タマ、ユマ、帰るぞ。内臓もらったからなー」
ニワトリたちは素直についてきた。だからどんだけ内臓食べたいんだっての。ニワトリたちにケープをつけていたら桂木さんが笑顔になった。
「それ、使ってくれてるんですねー」
「いや、荷台は寒いと思って」
「え? 幌はないんですか?」
「あ」
そういえばこの軽トラを買い取った時についていた気がする。まだ必要な時期じゃなかったから倉庫に放り込んであるかも。
「もしかして忘れてました? ニワトリさんたち可哀想ですよ~」
「面目ない」
みんなシシ肉を分けて持って帰るようだ。よかったよかった。
こうしてまたイノシシ祭りは終わったが、帰宅してからも楽しみがあるのは嬉しいことだった。
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近況ノートに「6月の予定」を載せました。よろしくお願いします。
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