163.山をなめてはいけません
昼食を軽く食べ終えて少ししてから、おっちゃんから連絡があった。相川さんと同じ狩猟仲間の陸奥さんが簡易なクレーン車を貸してくれることになったらしい。ありがたいことである。
「役場なんかに連絡しても、貸し出し中だとしか言わねえしな」
お役所仕事になってしまうのはしょうがないと思う。それでも役場が重機を貸してくれるというはでかいだろう。
「とにかくまず相川君と見に行くわ。状態を見てからどうするか相談しよう」
「はい、ありがとうございます」
「……それから、今日の今日撤去とかは無理だと思っとけ。雨で地盤が緩んでるからな」
「はい、大丈夫です」
台風に備えて買い出ししておいてよかった。幸いまだそれほど寒くはないので虫などもかなりいる。ニワトリたちの餌に困らなければどうとでもなるはずだ。おっちゃんにも麓の柵の合鍵を預けておいてよかった。
一応出る準備だけして、連絡を待った。麓についたという連絡を受けて、またユマと共に軽トラで倒木のところまで下りた。
「よう」
「こんにちは」
「こんにちは、ありがとうございます。この下は大丈夫でしたか?」
倒木を挟んで、おっちゃんと相川さんに挨拶をする。
「あー……草とかはすごかったから、撤去できるものはしておいたぞ」
「ありがとうございます……」
やはり草とか枝が飛んで道が……ということはあるらしい。
「うちの山もそんなかんじでした。でもこれ……困りますね。上で……あそこで折れてますね。あそこまで登ってまずは切らないと……」
相川さんが斜めに倒れている木を眺めながら言う。そうなのだ。しっかり道に倒れているわけではなく、途中で折れてまだ皮が繋がっているのである。だから切る必要があるのだが、足場がしっかりしていないと切ることも難しそうだった。
「まず足場をしっかりさせないとなぁ」
「そうですね」
切りました。落としましたでも困ってしまうのですぐに作業に取り掛かるのは難しい。
「よし、明日だな。昇平はチェーンソーは持ってるんだよな?」
「はい、持ってます」
「じゃあそれで切っていくことにしよう」
翌日、軽トラとクレーン車、チェーンソーを用意して木は折れてるところからまず切り、四等分に切ってクレーンで軽トラの荷台に乗せてもらった。これを乾かして薪にしようという算段である。生木のままだと火もつかないし。
クレーン車を返しに行く相川さんの後をおっちゃんが着いて行き、おっちゃんちで合流することになった。
……山暮らし舐めてた。育ちきった木とはいえ、あんなに切るのがたいへんだとは思わなかった……。
「あー、でもよかった……」
丸太にした木は相川さんが引き取ってくれるというので持って行ってもらっている。それにしても迷惑をかけてしまった。
相川さんが陸奥さんちに軽トラを置いて、クレーン車を借りてここにきて、おっちゃんが一緒に軽トラで来て切った丸太を運んで、また陸奥さんちに行って、クレーンでおっちゃんの軽トラに積んだ丸太を相川さんの軽トラに乗せ換えて、クレーン車を返して……と考えただけでパズルかよというかんじである。なんにせよ、クレーン車は素晴らしい。小型のを陸奥さんが持っていてよかった。今度陸奥さんにもお礼をしなければと思う。そういうことはしっかりしなければいけないのだ。
というわけでニワトリたちを連れておっちゃんちに向かった。……なんか倒木が見たかったらしい。今朝話したらこんな反応をされた。
「トウボクー?」
ポチが首をコキャッと傾げた。
「木が折れて道を塞いでるんだよ」
「ミルー」
「ミルー」
「ミルー」
「えええ……」
そんな、山の中では特に珍しいものではないだろうに、三羽は興味深そうにチェーンソーで木を切るのを見ていた。もちろん木っ端が飛ぶことがあるのでかなり離れてもらったけど。ヘルメットとかいろいろ買っておいてよかった。山暮らしの備えは本当にたいへんである。
「あ、昇ちゃん。木が倒れてたんだって? たいへんだったわねぇ」
おっちゃんちに着くとおばさんが心配そうに声をかけてくれた。
「いえ、おっちゃんと相川さんが撤去してくれたので……」
「撤去できるような量でよかったわねぇ……」
それもそうだと思って冷汗をかいた。いきなり何本も折れて、なんてことも想定されるし、土砂崩れもしないとはいえない。簡易なプラスチックの柵はつけてあるが、それだけではまかなえない場合もあるのだ。もっとしっかり山の管理をしなければならないなと気持ちを新たにした。
ニワトリたちはおばさんの許可を得て畑の方へツッタカターと駆けていっている。
お茶をいただいている間に二人が戻ってきた。車の音がしたので外に出る。
「今日も本当にありがとうございました」
「礼なんか言われるこっちゃねえよ」
「お役に立ててなによりです」
相川さんの軽トラの荷台には倒木を切ったものが載せられていた。
「炭を作られるんでしたっけ?」
「ええ、それもありますがまず薪にしてからですね」
「おかえりなさい。木を持って帰ってきたんでしょう? 見せて」
おばさんが出てきて相川さんの軽トラの荷台を覗き込んだ。
「あらあら、それほど太くなくてよかったわねぇ」
これでもそれほど太くないのか。もっと太いのが落ちてきたらどうしようと遠い目をした。
山を舐めてはいけないのである。
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