148.山を下りて小休止
さっぱりして風呂を出たら昼になっていた。タマに何も言ってきていない。やべ、って思った。
帰ったらすごくつつかれそうで怖い。
そんなことを考えていたら秋本さんたちが戻ってきた。
「いやー、今回はさすがに腕が鳴ったよ~」
すごい上機嫌である。おっちゃんが声をかけた。
「おう、ありがとな。精肉まで頼むぞ」
「それはかまわないけど、先に死んでたのはもしかしたら肉が生臭くなるかもな。けっこう傷がついてたから」
「そりゃあしょうがねえ。相手はニワトリだしな」
「真知子ちゃん、生臭くなっちゃったらごめんな。味噌煮込みにしちまえば多分そんなに気にならなくなると思うよ」
「あらあ、いいのよ。どうせ鍋にするつもりだから。他にも捕まえたんですって?」
「ああ、あっちは焼くだけでもうまいと思う。しっかり冷やしてるから、明日持ってくるわ」
「助かるわ~」
宴会は明日になるようだ。
「佐野君、小さいのの内臓は冷凍したから明日渡すよ。さすがに先に狩ったのは死んでたから処分したけど」
ポチからしたら残念だろうがしょうがない。朝晩冷えると言っても微妙な季節である。死んでしまうとすぐに腐敗し始める。夜から朝までの時間で一気に冷えたのなら問題ないだろうが、川の水に沈めていたわけでもない。その分の 内臓は諦めた方がいいだろう。
「ありがとうございます。助かります」
みなが揃ってから乾杯した。ポチも昨夜ほぼ寝ずの番をしていたらしく、こちらに戻ってきてから肉をもらって寝たみたいだった。土間でもふっとしているのを見て思わず笑顔になった。
「ポチは寝てるが、イノシシを捕ってきたポチに乾杯! だな」
おっちゃんもほとんど寝てなかっただろうにハイテンションである。これ酒飲んだら倒れるパターンだろ。
「潰れたらほっといていいからね~」
おばさんはわかっているらしく、料理を並べながらそう言った。
「何言ってやがる! まだまだ徹夜だって余裕だ!」
焼きおにぎり作ってるの見た時は最強だと思った。ライターは持ってただろうから、あとは枯草や枯れ枝を探してくればいいだけとはいえ周りに影響がないように焚火をしていたのがすごい。この辺りの動物は基本臆病だから煙などを見れば絶対に近寄ってこないという。クマなどももっと奥の方にいるからなかなか遭遇するものではないらしい。
「いいか昇平、クマに遭ったら背を向けて逃げちゃだめだ。逃げるものは追っかけてくるし、アイツらの足の速さは尋常じゃない。クマは二本足で立つこともあるが、基本は四本足だ。だから人間がすごく大きく見えるらしい。ゆっくりと後ずさってその場を離れるのが一番だ。昇平ならクマ撃退スプレーを買っておくといいかもな」
「おっちゃんは持ってる?」
「一本ぐらい買ってあるんじゃないか?」
まるで他人事である。おっちゃんにとっては一応買った程度のものなのかもしれなかった。
「倉庫に一本転がってるわよ」
おばさんもアバウトだった。
「一本確か一万円ぐらいだったと思います。うちにもありますよ」
相川さんが教えてくれた。一万円か。一本ぐらいは買っておいてもいいかもしれない。
「まぁ今となっては出番もそうそうないとは思いますが……」
相川さんは遠い目をした。確かに相川さんの山だと全く出番はなさそうである。
「そういえば大蛇飼ってるんだっけ? クマぐらい撃退できそう?」
秋本さんが食いついた。
「おそらくは。鹿とかも食べているのを見たことがありまして」
「あれだろ? 大蛇っていうとぐるぐる巻きにして……」
「ええ。光景としてはパニック映画ですね」
「すげえな。ちょっと見てみたい」
聞いてるだけで俺は遠慮したいです。おっちゃんはそうそうに撃沈した。さすがに一晩ほぼ寝ていなかったのだ。酒が入ればてきめんだった。
「おーおー、いい顔してらあ」
秋本さんが楽しそうに言う。俺と相川さんは今日一旦帰るのでジュースだ。こういう時飲めないのがちょっとアレだが、飲んで運転なんかしようものなら山では死ぬので気をつけるようにしている。秋本さんは一本飲んでいるが結城さんは飲んでいない。結城さんが運転して戻るのだろう。
「明日の夕方前には精肉して持ってくるから、明日の夜は宴会だな」
「そうね。本当に、昇ちゃんのところのニワトリちゃんたちには頭が上がらないわ~」
おばさんがしみじみと言う。俺自身もうちのニワトリたちには頭が上がらないと思う。
「この辺りに出てたのが、捕まえた奴ならいいんだけどなぁ」
秋本さんが言う。確かに捕まえたイノシシではない可能性も否定できなかった。イノシシの縄張りってどれぐらいあるんだっけ? そもそもイノシシに縄張り意識ってあるのか?(縄張り意識は弱いらしい。だいたい範囲は2kmぐらいだと後日聞いた)
「そうねえ、ただ……あとはワナでも仕掛けるぐらいしかないからね。困ったもんだわ」
俺も気軽にニワトリを貸し出すとはいえなかった。イノシシを探すとしたら夜になるだろう。うちの山であればある程度慣れているから夜でもどうにかなるかもしれないがここは知らない山だ。もしうちのニワトリたちが怪我でもしたらと思ったら気が気ではない。
その日はお昼をごちそうになって、そのまま帰った。俺はそれほど大したことはしていなかったがそれでもかなり疲れた。ポチもユマもお疲れさまでした。
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