126.直接対決です!
「あーおいしかった!」
桂木さんが満足そうにお箸を置き、手を合わせた。
「これからきのこ鍋を出すわよ~」
おばさんから声がかかる。桂木さんは少し考えるような顔をしたが、目的を果たすことを優先することにしたようだった。
「んー、ちょっとナギさんにタツキを紹介するので、その後でいいですか?」
「あらそう? じゃあ終わったら声かけてね」
「みやちゃん、なんなら僕は後でも……」
「いえ、こういうことは早い方がいいんで。……それとも」
ナギさんも桂木さんもにこやかな顔をしていたが、そこで桂木さんが真顔になった。
「……うちのかわいい大トカゲが怖いんですか?」
「そ、そんなことはないよ。……是非見せてほしい」
こわいよーこわいよーこわいよー。相川さーん早く来てえええ!
二人に挟まれて俺はべそをかきたくなった。本当に俺ってば情けなさすぎて泣ける。
「ほら、佐野さんも。ちゃんと見届けてくださいよー」
「ああ、うん……」
気がものすごく進まなかったけど今の桂木さんには逆らえない。俺も覚悟を決めて立ち上がった。
「佐野さんはどうして……?」
ナギさんが邪魔者を見るような目をした。気持ちはわかるけどね。わかってるけどね。一応俺桂木さんのお兄ちゃん役なんだよ。
「えー? だって、うちのかわいい大トカゲがナギさんを気に食わなかったらたいへんじゃないですか。何かあった時止めてもらう為に来てもらうんですよー」
え。ナニソレコワイ。言っとくけど俺なんかじゃドラゴンさんは止められないよ? 止められないからね!
ナギさんは一気に蒼褪めた。
「み、みやちゃん……?」
「なんですかー?」
「そ、そんな危険なトカゲと住んでいるなんて……僕は心配……」
声が震えている。もしかして爬虫類だめとか? だめじゃなくても「止めてもらわないと」なんて言われたらこわいかもしれない。
「ええー? 山で暮らしてたらもっと危険な生き物でいっぱいですよー? なんかクマが出たかもしれないんで今度みてもらいますし」
「ク、クマぁ!?」
山だからね。奥深くにはいてもおかしくないね。絶対に遭いたくはないけどな。
「スズメバチの巣もけっこう見ますしねー」
「スズメバチ!? 危険じゃないか!」
玄関から外に出る。今日もいい天気だ。秋の雲はあんまり固まっていないように見える。
「ええとっても危険ですよね。虫も多いですし。でも……」
桂木さんはナギさんに向き直った。
「自分の部屋で、自分の彼氏に、くだらない理由で何度も殴られるよりはずっとずっと幸せですよ」
声が、出なかった。
守られているはずの部屋で、守られるべき相手に、なんて。
俺は何が何でも、ナギさんを桂木さんに会わせてはいけなかったんだ。
「……み、みやちゃん……」
桂木さんは真剣な表情をすぐに笑顔に戻した。
「なーんてね。タツキは私を守ってくれるんです。だから、タツキを受け入れられない人とは無理なんです。タツキ、ちょっと来て」
家の横の陰にいたドラゴンさんがゆっくりと身体を起こした。頭から尻尾までで2m50cmもある巨大なトカゲだ。尻尾の部分が相当長いから思ったよりスリムだけど。
「え!? ト、トカゲ?」
ナギさんは蒼褪めた。
「ええ、コモドドラゴンじゃないかなーって思ってるんですけどね。ね、大きいでしょう?」
「そ、そうだね……」
「タツキは優秀なんですよ。この間鹿も捕まえてくれましたし」
「し、鹿? 鹿をどうしたんだい?」
ナギさんの動揺が激しい。桂木さんはそれに気づいていないように無邪気に言う。
「生け捕りにしてくれたのでみなさんでおいしくいただきましたよー」
「ええ? 鹿を食べたのか!?」
そんなに驚くようなことだろうか。ナギさんは信じられないというように首を振った。
「そんな野蛮な……」
何が野蛮だというんだ。俺もさすがにムッとした。
「野蛮って何がですか? この辺りの鹿は増えすぎてもう害獣扱いですよ?」
「そうなんですか……ですが……」
「鹿、すごくおいしかったですよ。また食べたいですね、佐野さん」
「うん、そうだね」
空気を読まないかんじの対応、桂木さんはさすがだと思う。
「ナギさん、タツキに挨拶してください」
「あ、ああ……」
さすがのナギさんもこの状況に違和感を覚えたようだった。
「み、みやちゃん、あのさ……」
「なんですかー?」
ちょうどその時、車の音がした。そちらの方を見ると、相川さんの軽トラが入ってくるところだった。窓が開く。
「あ、佐野……いや、実弥子さん。どこに停めればいいですか?」
相川さんはいつも通り俺に聞こうとしたが、すぐに思い直して桂木さんに声をかけた。
「そうですねー、停めるところ……」
いつもより車が停まっているもんな、と思ったらナギさんがあからさまにほっとした顔をした。
「や、やだなぁ、みやちゃん……こんなカッコイイ彼氏がいるなら言ってよ! じゃ、じゃあ、僕はこれで!」
ナギさんは転げるようにして自分の車に戻ると、すぐにエンジンをかけた。
「僕はもう帰りますんで、ここに停めてください! じゃあみやちゃんお幸せに!!」
「……はーい、ありがとうございます……」
ナギさんの車は逃げるようにおっちゃんちの敷地から出て行った。
……あんな人だったのか。
拍子抜けした。
車の音が遠ざかっていく。あの人荷物とか忘れてってないよな。確か手ぶらで上がってきたよな。
相川さんは呆気にとられたような顔をしたが、気を取り直したように軽トラを停めた。ふーんだふーんだ、どうせ俺は顔面偏差値が足りてませんよーだ。
「何アレ」
桂木さんがぼそっと呟いた。
「……あんなのに怯えてたとか、バカみたい」
そう呟いた桂木さんの顔は晴れやかだった。
ふと、おっちゃんちの玄関を見やった。……二人の顔が覗いていた。俺と目が合ったからか、くしゃっと顔を崩して笑い、手を軽く振って引っ込んだ。
もう大丈夫だ、と思った。
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