八月頃
73.祭りの夜のお約束。でもそうはならない
スズメバチの巣があったうろには、相川さんが持ってきた木酢液を撒いてくれた。
「定期的に散布すればまたここに巣を作られることはありません。戻りバチも避けられますよ」
「そうなんですか。ありがとうございます」
よくわからないがスズメバチが忌避するのだという。ちなみに木酢液は炭焼きの際に作ろうと思えば作れるものらしい。炭を作ったことがあったので、思わずおっちゃんを見てしまった。
「器材を用意すればできないことはないぞ。濾過したりって手間はあるけどな~」
「あー、そうですよねー」
そう簡単に作れるなんて話はないだろう。そう考えると自力でいろいろやってる相川さんはすごいと思う。
「器材を作ってしまえばなんてことないですよ。それより一緒にできる木タールの処分に困りますね」
「使い方によってはいい土壌被覆材料になりそうだけどな」
相川さんとおっちゃんは夜はそんな難しい話をしていた。俺にはさっぱりわからなかった。けっこう気が合うようで、よかったなと思った。
そんなこんなで祭り当日である。ニワトリたちの朝食を用意し、明日の朝食は冷暗所に置いた。家の中はさすがに暑いのでエアコンフル稼働である。朝晩は涼しいけど日中は暑いのだ。ニワトリたちが熱中症になってはいけないので今日は一日つけていく。
一晩ニワトリたちを置いて山を空けることを相川さんに話したら、「泊りましょうか?」と心配されてしまった。残念ながらタマはリンさんたちが苦手なので申し出は受けられない。
「一羽より三羽の方が心配はないですよ」
そう言って丁重にお断りした。気遣ってもらえるのはありがたいと思った。
「明日の朝飯はここに置いてあるからな。あんまり夜遅くまで遊びまわるんじゃないぞ? 明日の夕方には帰ってくるからくれぐれも気を付けてくれよ。わかった?」
「ワカッター」
「ワカッター」
「ワカンナイー」
ん?
ユマさん、今わかんないって言いませんでしたか?
「……ユマ?」
ツーンとそっぽを向いている。まったくもってうちのニワトリたちはかわいいな、オイ。
「イイ子にしてたらお土産持ってくるんだけどなー……」
「…ワカッター」
うん、なかなかに現金でよろしい。
家の鍵はかけてない。よーしと指さし確認をして軽トラに乗った。
「じゃ、行ってくるなー」
「イテラー」
「バイバーイ」
「サノーイテラシャーイ」
イテラーってポチ、発音できないのかもしれないけどネットスラングじゃないんだから。なかなか個性豊かな送り出しをされた。助手席の位置の座席はそろそろ外そう。ユマの特等席だし。すぐ横にユマがいないのがもうすでに寂しくて切なかった。
本格的に始まるのは夜だが設営は朝から始める。稲荷神社にまずお参りをして屋台の位置を確認。的屋さんたちが続々とやってきて設置を始めた。俺たちは提灯を下げたりのぼりを立てたりと汗だくになって行った。途中でおばさんたちがおにぎりを持ってきてくれた。こんな時シンプルな塩握りがものすごくうまい。下は高校生から上は七十代のじーさままで手分けして働いた。
そして夕方、浴衣を着た子どもたちがちらほらとやってきた。俺もおっちゃんちで浴衣を借りて屋台の手伝いだ。焼きそばの屋台だがものすごく熱い。ペットボトルを何本も空け、ただひたすらに肉や野菜を焼く。汗が滝のように流れた。
「あっちー!」
「おー、お疲れ。そろそろ休憩したらどうだ。焼きそば持ってけよ~」
「あ、おっちゃん。ありがとー」
さすがに何時間も続けてはやれない。一時間半ぐらいで一旦交替した。食べ終えたらまた焼きそばを焼くのだ。
目玉焼きが乗った焼きそばを二パックもらった。
「おっちゃん、いくらなんでも二つも食えないよ?」
「ばーか。お前だけの分じゃねーよ」
あっちを見ろ、と指をさされた方向を見ると、浴衣姿の桂木さんがいた。彼女はこちらに気づいたようでペコリと頭を下げた。
「……なんで」
「かあちゃんが呼んだんだ。ちょっとだけ付き合ってやってくれ」
ああ、と思う。おばさんが声をかけたなら桂木さんも逆らえなかっただろう。最近仲良くしていると聞いた。
「お疲れ様です」
近づくと桂木さんに声をかけられた。
「いや~、熱くて……こんばんは。焼きそば食べる?」
「はい、いただきます」
ブルーシートが敷かれた辺りに腰掛けて、買ってきたかき氷とペットボトルも一緒に焼きそばを食べた。やっぱ夏はかき氷だよな。
「花火も打ち上げるって聞いたんですけど」
「そういえばそんなこと言ってたね」
神社の境内は広いが、周りは木々が植わっていて鬱蒼としている。ここから見えるのかなと心配したが杞憂だった。
「今夜はタツキを置いてきたので山中のおばさんちに泊まるんです」
「そうなんだ?」
ドラゴンさんも留守番か。でもドラゴンさんなら一人でも大丈夫だろう。
「佐野さん」
「ん?」
「……佐野さんって、私にはその気、ないですよね?」
思わずまじまじと桂木さんの顔を見てしまった。これはどっちの意味にとればいいのだろうか。確かにそんな気は全くないけど、どう答えたらいいのか悩む。
「……うん、ない」
結局わからなくてシンプルに答えた。
「ですよねー……」
なんかおばさんに焚きつけられたりしたんだろうか。
「私、多分男の人依存症なんですよ」
「…………」
いちいち返答に困る。
「タツキと一緒なら何もいらないって思うんですけど、無性に寂しくなる時があるんですよね」
「……それは誰でもあるんじゃないかな」
「すっごい失礼ですけど、この際佐野さんを誘惑しちゃおうかなとかも思ったんです」
「ぶっ!?」
可愛い顔してえげつないこと言われた。噴いたお茶を返せ。
「でも佐野さんてお兄ちゃんみたいだし、私には全くその気がないみたいなのでやめときます。だから、これからも仲良くしてください」
桂木さんはなんのてらいもない笑顔でこう言った。
桂木さん自身誰でもよかったのかもしれない。
「……男ってバカだからさ、誘惑しないでくれればいいよ」
ヤれると思えば恋愛感情なんて二の次だし。でも桂木さんとそんなことしたらこの関係は壊れてしまうと思うから。
桂木さんは困ったような顔をした。
「佐野さんって……ヘタレって言われません?」
前言撤回。この娘、ヤッちまうか。
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