14.隣山の人が山を買った理由
こうして落ち着いてみると、電話でタメ口をきいてしまったことが思い出された。なんだよ俺、超馴れ馴れしいじゃん。桂木さんが気づいてなければいいんだけどな。俺は内心冷汗をかいた。
「あ……すいません。気が利かなくて……今お茶を……」
泣き止んで、やっと落ち着いたのか、桂木さんがバッと立ち上がった。
「おかまいなく」
「淹れてきます!」
お茶を淹れることで桂木さんが落ち着くならいいと思う。それにしてもこの家はなんというか、小ぢんまりしていておしゃれなログハウス風である。洋風っぽいのに縁側があったりして和風? とも思える。なんとも不思議な造りだった。以前いた住人が作ったのだろうか。
「……お待たせしました」
家の内側から桂木さんが現れた。靴を持ってきている。彼女もまた縁側に腰かけるつもりなのだろう。家の中には招きたくないのかもしれない。招かれてもちょっと困るけど。
「ありがとうございます。あの……入口のところの鍵かけてきちゃいましたけど、よかったですか?」
言いながらなんかへんな日本語だなと思った。直せと言われても直せない。
「あ! すみません、ありがとうございます……」
思った通り侵入者を警戒しているようだ。
「いただきます」
お茶とお茶菓子。お茶菓子は煎餅だ。やっぱ煎餅が一番だよなとしみじみ思う。
「……すいません。いきなり呼びつけてしまって……」
お茶を一、二口啜って、桂木さんが小さな声で謝った。
「いいですよ。何かあったんですか?」
別に桂木さんが答えられないようであれば答えなくてもいいとは思った。女性が何をどう考えているかなんて俺にはわからない。ただ男より身体的に強い人はそれほどいないだろうから、それによる苦労などもあるのだろう。家の周りはそれなりに刈り込んであるようで雑多なかんじはない。道の周りも危険だとは思わなかった。さすがに村の人に手伝ってもらっているのだろう。
「……うまく言えないんですけど……大体の話でいいですか……?」
桂木さんは困ったように言う。
「……言いたくなければいいですよ」
お互い事情があって山暮らししてるわけだし。
「いえ……すみませんが聞いてください」
「はい」
話したいらしい。俺は唇をぐっと結んだ。女性の話は遮らない、絶対反論しない。ただ相槌を打つ。これが一番だと父ちゃんが言ってた。それを厳守しなければならない。
桂木さんは言いづらそうにポツリポツリと話し出した。
比較的簡単にまとめるとこういう話だった。
桂木さんはここに来る前は彼氏と同棲していた。付き合っている間は優しかったが、同棲したら彼氏が暴力をふるうようになった。いわゆるDVである。このままでは殺されてしまうと思い実家へ逃げ帰ったら、追いかけてきて警察沙汰になった。彼氏の親が口止め料として高額な慰謝料を払った。そのお金でこの山を買い、引きこもって暮らすことにした。それが約二年前。
元彼には自分が住んでいるところを知らせないようにしていたはずなのに、今日買物をする為に山を下りたら自分のことを聞きまわっている男がいると聞いた。その風体がどうも元彼に似ているようで、彼女はパニックを起こしたようだった。
それは俺でも怖いと思う。
「もしかしたら人違いかもしれないんですけど、すごく怖くて……ごめんなさい」
「それは怖いですよ」
だとしてもどうしてあげたらいいのかはわからない。一番いいのはほとぼりが冷めるまで山を下りないことだろう。金網はしっかり張り巡らされているし……と思ったがここが特定されている場合はあまり意味をなさない気もした。それなりに高さはあるが乗り越えらえないわけではない。かといって俺が泊まり込むわけにもいかないし。
「その……桂木さんの事情を知っている人は他にもいるんですか?」
「村の……山中さんは知っていますけど……」
この前桂木さんを実弥ちゃんと呼んで俺に紹介したおばさんのことだろう。こちらが知らなくても村の人たちはけっこう知っているものだ。俺の名前知ってたし。
山中さんには頼れないだろう。確か旦那さんはドラゴンさんがダメみたいだし。
となると村の駐在さんに声をかけておくぐらいしかできないが、村全体で交番が二か所あるだけで、しかも一か所は山奥の村とも兼用みたいなことを聞いている。だから週の半分は無人なはずだ。桂木さんのストーカーがうろついているみたいだから見回りをしてくれとは言いづらい。
「元彼がこの辺りに来ているみたいだってことは、山中さんには?」
「……まだ伝えていません」
「それは一応伝えておいた方がいいと思う。その上で桂木さんがどうしたいか考えてくれるかな」
「どうしたいか、ですか?」
桂木さんは不思議そうな顔をした。
何をどうするかは当事者が考えるべきだ。でも今は混乱しているだろうから選択肢を上げてみた。
「一、山に閉じこもる。二、山中さんちに避難する。三、いつも通り生活をしつつ、情報を集めて最大限警戒をする。僕が考えられるのはこれぐらいです」
「情報を集めるって……」
よくわかっていないようだ。
「桂木さんのことを聞きまわっているよそ者がいないかどうか。その風体はどうなのか。駐在さんや山中さんにも簡単に話をしておくと動きがわかりやすいと思う」
「……山中さんはともかく……駐在さんには……」
「じゃあこの山に閉じこもる?」
「そうするしか……」
「でもその場合、桂木さんがここにいるって相手がわかった時は金網だって意味はなさないよ。ああでも……タツキさんなら誰か入ってくればわかるのかな?」
うちのニワトリはふもと付近の侵入者にも気づいた。だからきっとドラゴンさんにもわかるかもしれない。
「タツキさんに侵入者を知らせてもらうことにして、その都度僕に連絡をくれてもいいけど毎回すぐに対応できるとは限らないよ」
冷たいようだけどそこまで面倒は看れない。
「……ですよね」
「まぁでも最適解があるわけじゃないから、自分なりに警戒するしかないんじゃないかな。あ、明日の昼は湯本さんちに行くけど桂木さんはどうする?」
「い、行きます! 連絡していただいていいですか!?」
俺と行動を共にするのは悪いことじゃないと思う。俺はすぐにおっちゃんに電話をした。
「隣山の嬢ちゃん? 連れてこい連れてこい」と軽く了承された。
「いいって。じゃあ出かける時にLINEするから」
もちろん向かうのは各自だ。
「はい! いろいろありがとうございます。あの……筍ごはん作ったので持っていきませんか!?」
「ありがとう。いただいてくよ」
「準備しますね!」
桂木さんはそう言うと急いで家の中に入った。
あ、またタメ口になってる。なんだかなぁ。ため息を吐くとユマに見られていた。しっかりしろよと言われているようでちょっと落ち込んだ。
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