21.気分を上げる合言葉
「にゃふっ……」
ネコ様が肩の上で楽しそうに笑っている。猫の笑い声とか初めて聞いたのですが、普通の猫もこんな鳴き方するのですか。教えて、猫飼いさん!
「ネコ、ご機嫌だな」
「誇らしげに胸張ってますなぁ。は、可愛いかよ」
街中をランディと歩きながらネコ様を観察する。と言っても、俺の肩にいるからあまり見えないんだけど。楽しそうに揺れる尻尾と鳴き声で、ネコ様の機嫌はよく分かる。
ネコ様の首にはネックレスみたいな鎖が掛けられ、胸元で護衛官証のプレートが揺れている。なんとこの鎖は伸縮自在の魔法素材らしく、ネコ様がトラ様になっても首が絞まらないように作られているという。
そこに特殊な技術を使う必要があったのかと少し疑問に思わなくもないが、ネコ様は常に護衛官証を付けていられるのが嬉しそうなので良しとする。
「さて、旅路用の馬車とはどんなものかにゃ~」
「噂じゃ、滅茶苦茶高性能な物らしいが」
この世界、普段は魔法なんて希少ですよ、なんて言っている癖に、たまに
マトリックスとの話で旅路の護衛問題が一応解決されたので、急ピッチで旅路の準備が進んでいる。当面必要な物資等も、既に馬車に積込済みのようだ。
これまで足止めされていたのが嘘かと思うくらいの急展開。聖教会はよほどKB教団を危険視しているのだろう。こうしている間にも、KB教団による濃縮穢れ被害が生じている可能性は高く、聖教会の焦りは俺もよく理解できる。
日頃「さぼりたーい」なんて言っている俺だが、浄化師としての志はちゃんとあるつもりだ。人を救う仕事に誇りも感じているし。
「お、ここだ」
ランディが言う。指さした先には柵で囲まれた敷地と厩舎、数台の馬車が並んでいた。
「馬だ! ロバじゃないぞ!」
「……悲しくなってくるから、言わないでくれ」
そんなこと言われましても、ロバより立派な体躯の馬たちを見たら自然と漏れた感想なので。
ここの街まで一緒に来たロバ、無事に村に帰れたかな。村と街の間を行き来している商人に、持ち主への返却を頼んだんだけど。
「お待ちしておりました、ルイ様」
「おお、新キャラ!」
優し気なご老人が現れた。聖教会の資産管理部の人らしい。
俺の言葉に戸惑いつつも、用意された馬車まで案内してくれるようなので、大人しくついて行く。
俺が大人しくしているのは、決してランディに頬を抓られたからじゃないぞ。ただ、ご老人を困らせるのは俺の主義に反するというだけだ! う、嘘じゃないんだからねっ。
「こちらが旅をご一緒する馬です。ルイ様には商隊が同行されないということで、馬自身もある程度魔物に対応できるようにと、
ご老人がまず示したのは、他の馬たちより二回りは大きく厳つい馬二頭だった。人が馴らすことのできる魔物として人気がある種である。
「筋骨隆々とはこのことか! 惚れ惚れするほど美に溢れた馬ちゃんですな!」
「すげぇ、戦闘馬とか、結構希少なはずなのに」
騎士たちに人気の戦闘馬は、案外男の子っぽい感性のランディの心に大きく響いたようである。珍しく目を輝かせて熱心に戦闘馬を見つめている様子が微笑ましい。馬を操るのは主にランディの仕事となるはずだから、存分に騎士気分を楽しんでほしいものである。
「そして、こちらが浄化師専用馬車です」
厩舎の隣の敷地にいくつか馬車が並んでいた。どれも普通の馬車と変わらないように見える。噂に聞く高性能馬車とは一体どういう物なのか。
「内部のご説明をさせていただきます」
ご老人がスッと馬車の扉を開いた。促されるままに中に入ると、部屋があった。意味が分からないって? 俺も分からん! なんでごく普通の馬車の中に十畳ほどの部屋があるんだ⁉ 明らかに大きさが釣り合ってないだろう!
「空間魔法を駆使し、馬車内は拡張されております。こちらは炊事スペース。水も火も魔法で出るようになっているので、燃料になる魔物の核だけを時々入れていただければ、半永久的に使用できます」
「魔法……ヤバくね?」
魔法が使われすぎていてゲシュタルト崩壊を起こしそう。希少価値どこ行った状態だ。魔法とは一体何だったかな……?
俺が虚無顔をしている横で、ランディも呆然と設備を見渡している。たぶん考えていることは俺と同じ。
「洗濯機、浴室が向こうの扉で、そちらの扉は手洗い場です。排水等も魔法で処理しますので、気にせずお使いください」
「これまで暮らしていた部屋よりも凄まじく便利なんだけど、なんでこの技術一般化されないの?」
「一般化できるほど、魔法の技術者は多くないので」
「なるほど……これが特権階級の幸せってヤツか」
ご老人の答えに納得。どの世界も格差は多かれ少なかれあるもんですなぁ。
「当面の間必要と思われる食材は、冷蔵庫と食品庫に入っています。……どちらかは、料理できますよね?」
ちょっと不安げに言われた。料理、料理かぁ……。
「肉を焼くことはできる!」
「それは料理とは言わねえ」
「そう言うランディはできるのか⁉」
馬鹿にされたので、ランディに指を突き付けて睨む。ランディが腕を組んで首を傾げた。
「普通にこっちで生まれてからも飯炊きしてたから、できると思うけど。流石にフレンチコース作れとか言われたら困る」
「なんでこの状況でフレンチとかって言葉が出てくるの? フレンチはお高いお店で食うもんであって、自分で作るもんじゃなくない?」
「ポトフとかキッシュとかは家で食うもんだろ? 日本で俺作ってた」
「嘘やん……」
同じ日本で生まれ育ったはずなのに、常識に格差がありすぎる。ポトフって筑前煮とは違うよね? にら入り卵焼きはキッシュの一種と考えてもよろしい?
「俺だって、お弁当は自分で作ってたもん! ほぼ冷食だけど、めちゃくちゃ美味しいんだぞ!」
「それ、作ってないって言わないか?」
「お前は今、世の中のお母さんを敵に回した! 冷食は立派な料理だ。お弁当箱に隙間なく彩りを考えながら詰めるだけでも、果てしない労力がかかるんだよ!」
「いや、冷食を使うことを否定したわけじゃ……」
ランディが苦笑する。
「そろそろ、よろしいですか?」
圧力のある笑顔でご老人が横入りしてきた。なんか、勝手に騒いでてすまんな。
「こちらが寝室です」
「ちょ、待てヨ? まだ部屋あるの? つまりここはリビングダイニングキッチン?」
部屋の中にはキッチンとダイニングテーブルセット、ソファーセットしかなく、どこで寝るのだろうかとは思っていた。だが、まさかまだ部屋があろうとは。空間魔法の常識破壊力半端ねぇな! 俺の普段の言動が可愛く思えてくるわ。
「おお、ちゃんとした寝室! しかも二部屋!」
「異性の護衛と同室にはいたしませんよ。一応鍵はありますが、非常時に即時解除できるようになっております。それはご了承ください」
「別にいいっすよ~。ランディとは幼馴染だも~ん」
「……コメントしずれえ」
何故かランディが嫌そうな顔をしている。信頼しているって言ったつもりなんだが、何が気に入らんのだ?
「以上、設備の説明でした。他にご希望があれば可能な限りご用意いたしますが」
「う~ん、……お菓子は?」
「おい、それは必需品じゃないだろ」
「お菓子は生きる上で大切だぞ? ランディは甘い物を食べずに一日を終えられるのか⁉」
「おう、普通に」
「嘘だろ⁉ お前は人間じゃなかったのか!」
「いや、むしろ、甘い物にそこまで価値を置く方がおかしいぞ? 糖尿病になる気か?」
「ぐぬぬっ」
甘い物は至高の存在なのに! ランディの理解を得るのは難しそうだ。仕方ない、自費で蓄えておくか。
「あ、説明を忘れておりました。この馬車には魔物避けの香が焚き染めてあります。魔物は近づきにくいでしょうが、弱い魔物にしか通用しないので、過信はしないでください。こちらのランプは魔物の魔力反応を察知して灯ります。ご活用いただければ幸いです」
「昼間は俺が御者席にいるし、夜はネコが警戒に当たってくれるから、問題はないでしょう」
「ネコ様、毎日夜寝れないの可哀想……」
ネコ様を抱きしめたら、きょとんと瞬き首を傾げられた。ネコ様は全く気にならないらしい。
「そいつ基本夜行性らしいぞ。しかもショートスリーパーで、一日に二時間程度の睡眠で大丈夫」
「そういう習性だとしても、働かせすぎは良くない!」
「まあ、それはそうだな。別の街に行ってから護衛を募集してみてもいいが」
……俺たちの旅に初対面の奴が割り込んでくるのはなんだか嫌な気もするが、ランディのためにも、それを考えるべきだろう。昼間の見張りだって、ネコ様もいるとはいえ、ずっとするにはしんどいだろうし。
「ケセラセラ!」
「なんで急に叫んだ?」
ちょっと心がもやもやしていたからだよ! 叫んだら、ちょっと明るい気分になった。
色んなことを気にしすぎていても、どうにもならない。頑張って生きていれば、物事はなるようになるのさ!
「なんくるないさー」
明日は良い出発日和になるといいな!
「にゃんにゃにゃにゃーにゃー?」
真似するネコ様、可愛すぎない? ギュッと抱きしめたら迷惑そうな表情で顔を押しのけられた。ぷっくり肉球の感触は最高でした。
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