20.寄り道こそが俺の生きる道!
美味しいおまんじゅうでお腹を満たし、いざお話の再開だ!
「どこまで話したか、忘れました……」
「えーと……?」
項垂れているマトリックスに対し、ランディが答えようと必死に頭を捻っている。
「KB教団が穢れ祓いの研究の為なら犠牲を厭わないって話までだよ!」
「何故元凶が一番覚えてるんだ……」
失礼だな、ランディ。元凶だからこそ覚えてるんだよ!
「……続きですね。その理念の下、実行犯たちはこの周辺地域で穢れを収集し、濃縮する活動をしていたようです。濃縮するのは、持ち運ぶのに適した状態にするためらしいですね。これにより地域の穢れは一時的に減少しましたが、問題点が一つありました」
「問題点? ここまでは良い技術のように聞こえたけど」
「ええ。ですが致命的な欠点があったのです。濃縮した穢れを長期的に保持できない、という」
「は?」
待って。それはつまり、濃縮された穢れが、どこかで放たれるということ?
「教団では人里離れた地に持っていくようにしていたそうですが、時に人里近くで予期せず放たれてしまうこともあったようです。その穢れは濃縮されることで強力になっていて、すぐに人などの生き物に憑き死を振り撒きました」
「なんか、嫌な予感……」
「最近、周辺の村で確認された穢れ被害のほとんどがこれによるものです。なお、それを実行した教団関係者は、穢れ放出により亡くなったと思われます。それに巻き込まれて多くの村人も亡くなっていて、その被害は甚大です」
やっぱりかよ! それもう自爆テロじゃないか!
「今回の事件の実行犯はその状況を知り、別の運搬法を考えたそうです」
「嫌な予感しかしないね!」
「ええ。穢れが放たれてしまった際に、それを自分が持っていたら自分も死ぬことになる。ならばより速度のある生き物に託して森へと走らせたらどうか、と」
「馬鹿じゃん! その生き物がどこ行くか分かんないじゃん!」
「ええ、その通り。実行犯が濃縮した穢れを託したのが――その魔物です」
「にゃ」
テーブルの上、良い子でお座りしていたネコ様が、真剣な表情で頷いた。ずっと尻尾をテーブルに打ち付けていたから気になっていたんだけど、大変ご立腹の様子だ。
「ネコ様にそんな危険物くっつけるなんて、人の心がない悪魔か!」
「にゃ!」
頷くネコ様の頭を撫でる。この柔く温かな存在を穢れで殺そうなんて、その人間は狂っているとしか思えない。
「……その魔物を普通の猫だと思い込んだ実行犯は、餌で手懐けて濃縮穢れを託し街の外で放ちました」
「えさ」
「……ネコ、お前不審者に餌ごときで釣られてんじゃねぇよ。それでも災害級の魔物か? プライドを持て!」
「にゃう……」
耳と尻尾を垂らして落ち込むネコ様マジ可愛い。だけど、ちょっと今回はランディから庇えないわ。
「もう分かっているでしょうが、その濃縮された穢れは、魔物が街から離れる前に放たれてしまいました。その結果、それを間近で浴びた魔物が穢れに憑かれ、猫の皮を破って凶暴化したということですね。濃縮されていたので、穢れへの耐性を持つ魔物にも憑いたのだと考えられます」
なるほど。あの事件の概要はこれで分かったな。だからと言って、俺にできることはほとんどないというのが実情だ。被害地域一帯の浄化はこの街の駐在浄化師が終えていると聞いたし。周辺の村を回って新たな被害が出ていないか調査するべきだろうか。だが、そのような仕事は、聖教会からの依頼がないと動けない。雇われ人である浄化師の悲しい
「……それで、その話を聞いて、俺はどうしたらいいんだ? この街で俺にできることはもうないと思うんだが」
情けないが、俺が街の復興作業員として働くのはあまりに無意味だ。体力が無さすぎるので。
俺に口外禁止だろう話をした意図が読めず、口籠っているマトリックスを静かに見据える。
「……今回の件を本部に報告したところ、各教会に所属する浄化師に対し、至急周辺地域の調査を行うよう指令がありました。この街近くの村はここの浄化師が担当することになっています」
ここの浄化師さん大忙しですな! 忙しいせいか、まだ顔も見たことないんですがね!
「貴女には、浄化師が駐在していない、ここから離れた地域での調査をお願いすることになります。KB教団の動きと穢れに異常がないかを調査し、地域の浄化作業を進めるように、と」
「それは、まあ、元々の仕事に調査が追加されるだけだから問題ないんだけど、そもそも浄化の旅路の準備は進んでるの? この状況で商隊の募集とか冒険者への護衛依頼とかできなそう」
俺だって元は早々にこの街を出発しているはずだったのだ。ここに留まっているのは、道中の護衛となる商隊が決まらない、という俺にはどうしようもない理由によるものなのだから。
「万全な護衛体制が整わない状態での出発は、俺も反対ですよ。KB教団と相対する可能性も考えると、きちんとルイの安全性を高めるよう努力すべきです」
ランディが言う。自身の安全性には一切触れていない辺り、非常に面倒臭いことを考えていそうだ。一介の冒険者と稀少な浄化師の命の価値の違いとか。意識的にランディへ視線を注いだが、俺の抗議の意思は全く伝わっていないようだ。故意に無視されているのかもしれない。
「ええ、分かっています。ですが、復興に手が必要で、護衛に回す人材の捻出は非常に難しいと言わざるを得ない」
「聖教会本部からの依頼なんでしょう? 浄化師の安全を守るための努力を放棄するつもりですか!?」
ランディが険しい表情でテーブルに手をついて身を乗りだし、声を大きくして責める。それを受けているマトリックスも硬く強ばった表情をしていた。
「ひとまず落ち着きたまえよ、ランディ君」
椅子から浮き上がったランディの体を片手で軽く押し、落ち着いて座らせようとしてみる。……動かない。中腰の体勢にどれだけ力を籠めてるの?
両手を肩においてググッと力を籠めてみる。やばっ、動かないんだけど。これは俺が非力なせい? それともやっぱりランディが化け物なの?
「……なにやってるんだ」
「椅子に、ちゃんと、座れーっ!」
「……はいはい」
なんで呆れた顔なのか! 俺の非力さを馬鹿にしてるのか!?
でも、ちゃんと椅子に座り直してくれたから良しとしよう。素直に従うところは、ランディの数多い美点の一つだよ。
「貴女は本題からずれたことを頻繁にしますね」
マトリックスがため息をついた。俺はそれに対して胸を張る。
「それが俺だからな!」
「自省って単語、辞書で調べてみろ」
ランディが半眼で言う。
「俺の辞書にそんな単語はない!」
「ナポレオンかよ」
「残念なことに、俺に不可能はある」
「そういう意味で言ったんじゃねえ」
「じゃあどういう意味?」
何故そこでため息をつくのだ。納得できないとランディを見つめたら、額を指で弾かれた。
「イテッ!」
「大袈裟だな」
「ランディは、自分の馬鹿力加減を理解するべき!」
痛む額を押さえてランディを睨む。すると、ちょっとだけ心配そうにして気まずげな顔になった。今謝れば許してやらないこともないぞ、騙されやすいランディよ。
「遊びはそのくらいでいいですか?」
「遊んでるんじゃないぞ!」
「それで、護衛なのですが――」
マトリックス、俺の言葉を無視するな!
シレッとした顔で何かを懐から取り出す姿を粘度高めな目で見つめた。全く相手にされなかったけど。
「あなたを、浄化師ルイの護衛に任じようと思います」
マトリックスの指先で支えられ、鎖の輪に付けられた金属のプレートが揺れる。そこには『聖教会所属・特殊護衛官』と書かれていた。そのプレートと共にマトリックスが視線を向けたのは、俺でもランディでもなく――ネコ様である。
「……は?」
いつの間にか口が開いて息が漏れていた。あ、よだれが落ちそう。手で顎を押さえて口を閉じ、気づかれないうちに唇を拭っておく。
「……本気ですか?」
ランディの乾いた声が小さく響いた。相当驚いているようだ。困惑も混じっている気がする。
「……にゃうっ!?」
一番驚いているのはネコ様だったけど。
マトリックスの言葉を聞いて一拍後に漸く意味を理解して、ネコ様が全身の毛を逆立てて飛び上がる。背後に落ちているキュウリに気づいたときの猫みたいな驚き方だ。
あれってキュウリが天敵のヘビに似てるからって説があるらしいね。でも、人間でも背後から気配なく誰かに近づかれたら驚くし、特別変な反応じゃないと思う。わざと驚かせるのは猫が可哀想だから、キュウリをこっそり床に置くなんてやめるべき! 精魂込めて作ってるキュウリ農家も、そんな使われ方したら悲しむだろ!
「ルイ、思考がよそに向かってるだろ」
「何故分かった」
「表情がうるさい」
ランディは読唇術ならぬ読顔術を身につけているらしい。これからちょっと用心しよう。ひとまず意識的に表情を固めてみた。
「なるほど、これが能面」
ランディが平坦な声で言う。
「誰が伝統芸能か」
急募:能面っぽくならずに表情を隠す方法。これ、俺にとっては、授業中に教師にバレないように内職するくらい難しいのだが。
退屈な授業中って、違う教科の課題が捗るよね! だけど、内職職人は心してほしい。どれ程気をつけていようと、教師はお前を見ているぞ。教壇は俺たちが思っている以上に優秀な監視台なのだ。居眠りもまた、発見される運命にある。この悲しみ、誰かと共有したい……!
「ランディ、教師の立ち位置って卑怯だと思わない?」
「急にどこの電波受信した?」
「ルイルイ電波だよ」
「おかしな電波拾うな」
「イテッ!」
頭を叩かれた。暴力で解決しようとするのは平和的じゃない! きちんと言葉で向き合おうぜ! だが、俺に言葉が通じるとは思うなよ! 俺は脳内に宇宙人を飼っているのだ!
何を言っているのか分からないって? 俺も分からない。俺はノリとテンションで生きてるから。ひゃっはー、毎日楽しいぞ!
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