十五膳目
第44話 カキフライと複雑な秋の空・上
明治四十一年、秋も深まった九月の終わり。年が明けたら、俺が体を借りている恭介は十三歳になる。ということは、俺がここにきてそろそろ三年になるということだ。確か、明治時代は四十五年の夏に大正に元号が変わるはずだな。もし俺が元の体に戻れなかったら、明治、大正、昭和を生きることになる。平成生まれの俺が、俺の知らない時代を生きて死ぬのかもしれない。不思議な気持ちだ。
今日は、魚は
俺たちはみんなが食べた後の最後に昼飯を食べて食器を洗い終えて、しのが作った
それに薬研製薬の遠野さんが、あの日以来時々休みの日にまかない食堂を手伝ってくれるようになった。勿論三食全てではないし、薬研製薬の他の人に見つからないように隠れるようにしている。遠野さんは「暇つぶしだ」と言っているが、料理を作る楽しさに目覚めたのかもしれない。今も、俺たちと一緒に鬼まんじゅうを食べている。意地悪い口調も減って、最近は笑顔を見せてくれるようになった。
「そうか、今日はカキフライだったか」
遠野さんは、お茶を飲んでから魚屋が置いて行った桶に視線を向けた。あの桶には、牡蠣が大量に入っている。殻からはがす作業が少し億劫だな、と俺は困った顔をしながら頷いた。昼に油物を使った日は、夜にも油物を使うことにしている。リサイクルしているけど大量に使う油が、勿体ないからね。それに、まかない食堂と定食屋で分けているから、油物が昼と晩続く訳ではない。昼にどちらも揚げ物の時もあったりする。
「恭介さえよければ、殻をはがすのを手伝うよ――もしかして、難しくて俺が手伝ったら邪魔か?」
「いえ、殻の隙間から少し
まかない食堂の人数分、一人三個の予定だから結構多い。俺が殻を外して、しのとりんさんに副菜など頼もうかと思っていた。昔から牡蠣は食べられていたけど、子供に牡蠣は食べさせるのは怖いから、まつさんの息子の清と治郎にはアジフライにする予定だ。
「なら、手伝うよ。お菓子ももらったし」
遠野さんがしのに視線を向けると、しのはにっこりと笑った――これだ、最近俺を悩ましているのは。どうも、遠野さんとしのの距離が近いような気がする。しのも俺もまだ子供だけど――だけど、いつかしのは嫁に行く。それが、この時代当たり前だ。結婚をしなければいけないという、令和では
不思議だな。最初からしのに対しては、恋心を抱かなかった。「家族」って言葉が似合う、不思議な思いで接してきていた。確かに身体は借り物だけど――しのやおっかさんといると、ホッとするんだ。家族って言葉に、違和感がない存在だ。恭介の影響なのかな? いや、でも違うような気がする。
でも、でも――まだ、しのに恋は早いと思う。
「こんなに美味しい鬼まんじゅう食べさせてもらったら、よっちゃんも頑張って恭ちゃんの手伝いしないとねぇ」
遠野さんは、
「恭介は教え方もうまいから、手伝うのが楽しいよ。前の休みの時は、魚の捌き方を教えてくれただろ。今度魚釣りに行って魚を手に入れたら、練習しようかな」
悪い人じゃないのが、また悔しい。俺には負けるけど、結構整った顔をしている――って、駄目だと俺は自分を叱った。今まで通り、遠野さんと仲よくしないと。もしかしたら、遠野さんとしのが結婚するのが正しい歴史なのかもしれない。俺は、小さくても歴史をなるべく変えるべきじゃない。
悩むときは、料理するに限る!
「少し早い目にここに戻ってくるんで、遠野さんも都合がいいときに来てください。勝手口が、いつものように空いているので」
「ああ、分かった。四時過ぎに来るよ」
「ありがとう、遠野さん。あたし達、すごく助かるよ」
……やっぱり、複雑だ。
しのが遠野さんに笑いかけるのを見て、少し俺は肩を落とした。
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