第16話 泣いた顔も笑顔になる和風ポトフ・下

 寝ているしのは起こさず、おっかさんに頼んで寒そうな体に布団をかけて貰った。今日は時間がかかるだけで凝った料理でもないし、俺一人で作れる。

「恭介、あたしが手伝おうか?」

「いいよ、おっかさんは今日から仕事だろう? 俺一人で出来るけど、少し時間がかかるから待っててくれな?」

 おっかさんは、今夜からまた仕事だ。だから俺は、それまでは休んで欲しかった。おっかさんは何かを言おうとしたみたいだが、煙管を手に少し困った笑顔を見せた。


 俺は先に馬鈴薯や胡蘿蔔を竹籠に入れて、空の桶と共に井戸にまで行った。そこで、固まった泥を綺麗に洗う。冷たくてあかぎれに沁みて寒いが、仕方がない。そうして、その籠と水を汲んだ桶を持って戻ってきた。

「おっかさんは、嫌いな食べ物なかったよね」

 冷たい所に置いていた鶏肉は、半分凍っている。俺はその鳥の骨とむね肉を使う為、もも肉と分けた。もも肉は明日使う事にして、切り分けるとまた新聞紙に包んで同じ所に直しておく。手際よくかまどに火を点け、お水を入れた鍋を乗せて沸かす。

「ないよ。嫌いなものがあったら、あたしの子供の頃は、飯抜きになるからねぇ。食べるものも、今ほど贅沢じゃなかったよ。文明開化ってのは、すごいもんだねぇ」

 竈で付けた火種を、長火鉢に少し分ける。そうしなければおっかさんたちが寒いし、煙管に火を点けたいだろうからだ。案の定おっかさんは俺にそう返事すると、煙管に火を点けた。


 少し凍っているのは、有難い。俺は包丁でその鶏肉を小さく切ると、まな板の上でミンチになるように叩く。菜切り包丁だが、これは叩くので特に切れ味は問題ない。そうしてある程度細かくなったら端に寄せて、生姜しょうがをみじん切りにしてそれに混ぜた。本当は大蒜にんにくも欲しかったが、残念ながらない。それらを大きめの器に入れると、卵一個に酒、醤油、塩、片栗粉を目分量でミンチに混ぜると、手を突っ込み揉み込む。

 ソーセージの代わりに、鳥肉団子にすることにしたのだ。今日の献立は、和風ポトフだ!あっさり食べれて、栄養もあるし何より温かい。


 お湯が沸いてきたらそれを、鳥の骨が入ったたらいに少し分けてかける。血管の残りや内臓の残りなどの、味が悪くなる原因を熱湯で洗い取る為だ。

 残りのお湯は沸騰させずに、薪を調節する。この頃には、竈の火加減の調整も上手に出来るようになっていた。そこに、汚れを取った骨と葱の青い部分、生姜を切ったのを入れた。

 しばらくして鶏肉の骨から出た灰汁あくは、白から茶色くなる頃にお玉でなるべく丁寧に取る。美味い出汁が出るのだが、強火で沸騰させてしまうと雑味も増える。本当は三時間くらい煮たいが、流石に時間の掛け過ぎだ。一時間ほど煮て、さらしを乗せた竹ざるで漉した。うん、綺麗な色の鳥のブイヨンが出来た。

 今度は鍋に、そのブイヨンと朝に取った一番出汁を合わせる。酒、醤油、塩で味を調え、皮を剥いた蕪、皮付きの馬鈴薯、同じく皮付きの胡蘿蔔を、しのたちが食べやすい大きさに切って煮込む。本来なら馬鈴薯はスープの色が澱粉デンプンで濁るから、入れない事が多い。だけど家庭料理なんだから、美味しければいい!

 ある程度火が通ってくると、匙で鳥の団子を丸く形取り、煮込んでいる鍋に落とす。これらからも灰汁が出るので、それも綺麗に取った。蕪の皮は、繊維質が多くそのまま食べると繊維が口に残り気分が良くない。しかし勿体ないので、皮は夕食のきんぴらにしよう。


 二時間近くかかって、ようやく出来上がった。

「おっかさん、お待たせ。出来たよ! ほら、しのも起きて」

 俺はポトフを饂飩うどん蕎麦そばの時に使う大き目の椀に一人分ずつ入れると、長火鉢の部屋に来た。おっかさんはしのの上から布団を抱え上げて脇に置いて、ちゃぶ台の用意をする。しのは「うーん」と小さく呟いてから、ゆっくり体を起こした。ずっと泣いていたので、目が赤かった。

「わぁ、良い匂い!」

 狭いこの家の中は、確かに鳥の出汁の香りで一杯だ。竈を長く使っていたから、家の中はまだ温かい。後は麦飯を用意して、今日は十分だろう。

「兄ちゃん、一人で作ったの? ごめんね、あたし寝てた」

「いいよ、今日ぐらい。ほら、早く食べないと冷めるしおっかさんの仕事の準備があるだろ?」

 俺がお盆に乗せた茶碗と箸を並べると、しのはすまなそうに「ごめんね」ともう一度言った。こんなところも、健気可愛いと思う。

「ほら、食べるよ。恭介、これは――洋食かい? 何だか、見た事がある様な気がするんだけど……思い出せないねぇ。すぅぷの一種かい?」

 ポトフはフランス料理だ。だが、イギリスの父親と一時期一緒に洋館で住んでいたのなら、その時に出されて食べていたかもしれない。

「ポトフっていう料理を、和食風に作ってみたんだ――仏蘭西ふらんす料理だよ」

「美味しい!」

 俺がおっかさんに説明している間に、しのはふぅふぅと吹いて冷ました鳥団子を齧った。さっきまでめそめそと泣いていたのに、途端にひまわりの様な笑顔になった。まだ寒い冬なのに、温かな花の様な笑顔だ。温かなポトフの湯気の中、一段と可愛らしかった。

「お醤油の味がするね。お醤油使ってるから、和風なの? 出汁の味がすごく濃くて、ご飯が進むね! えい!」

 冷たくて固い麦飯を、しのはポトフの中に入れた。「おやまぁ」とおっかさんは笑って、俺はしのの為に匙を取りに台所に行った。

「うん、鳥の味が濃いけど獣臭くない。昆布のお陰かい? 野菜も柔らかくて、食べやすい。醤油を使い過ぎてないから、全体的にしょっぱくなくてちょうどいい塩梅あんばいだよ。確かに、洋食のすぅぷに大きな具が入っている料理だ。蕪が甘くて、とろり、ととけるよ」

「この鳥団子美味しいし、野菜にも味がうつって、どれを食べてもいしいね。やっぱり、兄ちゃんの料理は最高だよ!」

 おっかさんとしのに絶賛されて、俺は何だか気恥ずかしくなった。

「兄ちゃん」

 しのに呼ばれて視線を向けると、まだ赤い目のまましのはにっこり笑っている。

「健太殴ってくれて有難う。とっても格好良かった。でもあたし、もう虐められても泣かないよ! 兄ちゃんがいるからね」

「ああ。俺達は、ずっと兄妹だからな! いつでも、俺がしのを守ってやるからな」

 頷くしのの頭を撫でて、俺はそう励ました。


 もうすぐ、二月になる。この寒い冬が、早く終わってくれるといいな。大人になれば、おっかさんやしのをもっと守れる。二人がもっと笑顔になるように、俺は頑張る。


 そう、決意した昼飯の日だった。

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