二膳目
第5話 しのも喜ぶ南瓜コロッケ・上
俺がタイム・スリップしたあの日から、数日経った。俺はここでの生活に慣れるべく、毎日周りを見て頑張って生活を送った。
俺たちが住んでいるのは、三軒長屋が共同の井戸を挟んで向かい合って合計六件の家がある。俺が住んでいるのは、多分西向き並びの端の家。俺たちの隣の家には、現代で言う雑貨屋さんを営んでいる小浜松吉さんとまつさん夫婦。そして三歳と五歳の子供がいる、賑やかな一家が住んでいた。このまつさんが世話焼きな上、俺達の母親であるさよの事を気に入っているらしく、なにかと面倒を見てくれていた。その奥は、八百屋の磯野源三さんが住んでいる。
俺達の朝は早かった。学校に行く前に、しのは井戸の前で洗濯。俺は朝飯の用意をする。釜で麦飯を炊き蒸らさないといけないので、五時には起きていた。と言っても、俺は毎日しのに起こして貰っていた。
朝飯の用意は、大変なのは麦飯を炊くだけだ。蒸らしている間に、出汁を取って大根や菜っ葉で味噌汁を作り、
朝から昼までは、尋常小学校で懐かしい授業を受けた。算数は小学生と変わらないので苦ではなかったが、読み書きに使われている旧漢字とか古い文体には
そうして学校から帰ると、大抵朝炊いた麦飯が硬くなっているのでお茶漬けにしてそれを食べた。その頃にそよも起きてきて、眠そうに俺達と並んで一緒に食べる。
風呂は、適当にそよが休みの日に一緒に銭湯に行った。
そうして、寝る時。俺は長火鉢の部屋で寝て、しのはさよの部屋で寝ていた。まだ雪が時折降り、薄い布団では隙間風を防げずに随分体が冷えた。
しかし、俺の人物像があまり分からない。俺はどうやってしのから聞くか悩んで悩んで、夕ご飯を一緒に食べている時に聞く事にした。
「なあ、しの。俺、馬に蹴られてからおかしいだろ?」
今日の晩飯は、南瓜と小豆のいとこ煮だ。「売れ残りだから安くするよ」と、同じ長屋で八百屋をしている源さんから、とても売れ残りと思えない大きな南瓜を買ったのだ。彼も、俺の事を心配してくれていたようだ。
「そうだねぇ……うん。兄ちゃん、当たり前の事まで聞くようになったね」
しのは困りながらも、そう答えてくれた。
「俺さ、あの衝撃で頭を強く打ったみたいであんまり記憶がないんだ」
俺の訊ね方は間違ってないか、しのの顔色を見ながら何度も考えた言葉を続けた。俺の言葉を聞いたしのの箸から、ポロリと小豆が茶碗に落ちた。
「え!? 兄ちゃん、お医者さんの所に行く!?」
しのは茶碗と箸を置いて、身を乗り出して俺に話しかけた。やっぱり、しのは不安に思っていたようだ。本当に心配した顔をしていた。
「いや、身体は大丈夫なんだ。でも、本当に記憶だけなくてさ……俺たちの事とか、教えて欲しいんだ。そうしたら、思い出すかもしれないからさ」
俺は慌てて首を振り、しのを安心させる。事実、馬に蹴られたというのに身体に異常は感じなかった。
「……おとっつあんの事も、覚えてない?」
しのが、少し悲しい顔をした。俺は申し訳なく思いながらも、頷いた。
「それじゃあ、あたしが知ってること……兄ちゃんも知ってたこと、話すね」
しのはそう言うと、長火鉢の上で沸かしていたお湯を、二人分の湯のみに入れた。
「おっかさんと、おとっつあんの出逢いから話すね。あたし達が産まれたきっかけだから、あたし達の人生の始まりだよ」
しのは、温かいお湯を飲んで話し始めた。
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