第12話 ダブルデート

 テレビ出演をきっかけに、お互いを意識した美来と理久は、何となくくっついた幸樹と渚紗のカップルと一緒に、ダブルデートをすることになった。

 今まで一緒にいたのだから、変わらないはずなのに、歩くときも座るときも、自然と二対二に分かれるところが、美来にはくすぐったい。


「ねぇ、理久。そろそろどこへ行くのか教えてくれない?この辺は普通の住宅街で何も無いんだけど」


 美来が、四人で入れそうなお店屋さんやレストランなどの看板を探そうとしても、古い家並みの中に、ぽつぽつと建て替えられた新しい家が目立つ住宅街があるだけで、理久が目指す場所の見当もつかない。


「あ、見えた。あれだ。あの古民家に行って、みんなで謎解きをするんだ」


 渚紗が理久の指す焦げ茶色の木造の家を見て、渋っ! と声を上げたが、思い当たったように隣を歩く幸樹を見上げる。


「幸樹は古い建物の中が見られるから、楽しみでしょ?」


「いや、今回は中に入れても見えないんだ。懐中電灯で照らして進むそうだから」


「へぇ、そうなんだ。何だか面白そうね」


 幸樹の趣味を理解して声をかけた渚紗に、美来は心の中でその調子と声援を送った。渚紗と幸樹がくっついたきっかけは、理久が後押しをしたせいもあるけれど、渚紗の気持ちを知っていた美来は、何とか幸樹に気持ちが届けばいいとずっと願っていたのだ。


 幸樹は、味覚障害であることを隠す美来を助けようとしてくれたが、その度に渚紗に誤解を与えることが、とても心苦しくて堪らなかった。

 だから二人がくっついたと聞いた時は、どんなに嬉しかったことか!


 渚紗が彼女になれた喜びを隠しきれない様子で、幸樹に話しかける姿は、一途でかわいくて、見ているこちらまでが、気恥ずかしいような、それでいて心が温まるように感じられ、幸せな気分になれる。

 視線を感じてふと横を見ると、理久が眩しそうな目をして美来をみつめている。理久に笑いかけようとした美来は、幸せそうな渚紗たちを見て、既に自分が自然の笑顔を浮かべていることを知った。


 いつも無理をして笑顔を貼り付けていたのに、最近意識しなくても、自分が微笑んでいることに気が付くことがある。今もそうだったようで、無防備な自分を見られて少し照れ臭くなり、俯こうとした瞬間、理久が美来の長い髪の毛に触れた。

 幸樹と渚紗が、こちらを見て目を丸くしている。美来は頬がかっと熱くなるのを感じた。


「美来の髪は本当に長いな。今から行くお化け屋敷でバイトができそうだ」


「は? お化け屋敷? 理久は、さっき謎解きって言ったじゃない」


「お化けが徘徊している屋敷の中で、謎解きをするんだよ。スリルありそうだろ?」


「で? どうして私がそこでバイトできるわけ?」


「だから、髪の毛をこうして前に垂らして、顔が見えないようにして……痛っ! 叩くなよ。やめろってば」


 理久がその場を逃げ出して、お化け屋敷を目指して走っていくのを、美来が追いかける。仲良くじゃれ合う二人の後ろ姿を見て、渚紗が笑いながら言った。


「いい雰囲気だったのに、ぶち壊しちゃうんだから」


「あれは、理久の照れ隠しだよ」


 幸樹と渚紗が理久のことを話しているとも知らず、立ち止まって笑っている幸樹たちに、理久が早く来いよ! と声をかけた。


 お化け屋敷に外付けされた受付の前に立ち、代表で予約をした幸樹が名前と人数を告げると、受け付け係から一本のペン型の懐中電灯と、最初の謎解きの紙を渡された。

 お化けは音がするところに寄ってくるので、お化けがいるところでは音を立てないことと注意をされて、四人はおっかなびっくり古びた玄関を入っていく。


 最初のミッションは、分電盤の中にある大きな懐中電灯を取り出すことだ。

 分電盤のカギを見つけるため、美来たちはの子やすだれで作られた沢山の仕切りがある暗い家の中を探し回った。

 そうしているうに、何体かのお化けが大きな音を立ててやってきて、人間の臭いがすると騒ぎ出し、どこにいるんだと叫びながらうろつき始めた。


 見つからないように、少しずつ移動していた四人だが、渚紗の顔がすだれに当たり、渚紗の悲鳴が暗がりに響く。途端に、人間がいるぞとお化けたちが近寄ってくる音がして、演技だと分かっていても背筋が凍った。

 真っ暗の中、恐ろしいメイクを施したお化けに追いかけられると、ただ逃げることしか考えられなくなる。四人は簀の子で区切られた六十㎝幅の通路のような細長い部屋に駆け込んで入り口のすだれを下した。

 

 地図には、この部屋は緊急用の避難部屋だと書いてある。

 後ろの壁に背中をつけて一列に並んで息を殺していると、簀の子板の向こうを、お化けが足を踏み鳴らして行ったり来たりする。急にぴたりと止まったかと思うと、簀の子を掴んで顔を寄せ、板と板の隙間からギロリと光る眼で中を覗き込んだ。


 差し迫る緊張感に、美来の心臓が自分の耳に届くほど大きな音で鳴り出す。

 もうダメだ! 見つかってしまうと思った時、離れた場所で何かが倒れるような大きな物音がして、美来を含めた四人は飛び上がらんばかりに驚いた。

 お化けは音に反応すると聞いていたとおり、簀の子から離れ、物音のした方へと去っていく。姿が見えなくなったところで、四人が、ほぉ~っと息を吐いた。


「理久、怖すぎる! 私こんなところでバイトなんかできないよ。それに、さっきのお化けはみんな短髪じゃん。私に後ろを刈り上げろっていうの?」


「笑わせるなよ。奴らがきたらどうするんだ?」


 四人はあまりにも緊張し過ぎて、張り詰めた感情がピークに達していた。

 その時に美来が冗談を言ったので、緩和を求めていた脳や身体が敏感に反応して、幸樹や渚紗までが、必死で笑いをこらえ、身体をプルプルと震わせている。 


 本当に笑いだすとお化けに捕まってしまうので、責任を感じた美来が、気を逸らすために、先に進もうとみんなを促す。簀の子の部屋の入口にかかったすだれを捲って、美来が通路へと足を踏み出したその時、闇に潜んでいた一体のお化けが飛び出してきた。

 美来を捕まえようとして、ガッと手を上げ襲い掛かろうとする。

 頭の上に勢いよく伸びてきた手を見て、美来はパニックになり、悲鳴を上げて後ろにいた理久に抱き着いた。理久が慌てて美来の口を手でふさぎ、すだれを閉めて簀の子の部屋に連れ戻すと、お化けは去っていったが、美来の様子が変だった。


「美来?どうした?しっかりしろ」


 頭をかばって震えている美来を見た渚紗の脳裏に、美来と初めて会った時のことがフラッシュバックした。


「理久、うちの母が初めて美来に会った時に撫でようとしたの。美来は頭を庇ってしゃがんだわ。幸樹が花冠を美来の頭に載せようとした時も、美来は幸樹を突き飛ばした。水に落ちた音で美来は正気に返ったけれど、これって原因が同じよね?」


「虐待の後遺症か! お化けが手を出した時に、殴られると思ったんだな?」


 理久は自分の愚かさを呪った。面白いお化け屋敷があると幸樹から聞いたとき、単純に美来が怖いと言って抱き着くのを想像してにやけたのだ。

 他人に甘えることを知らない美来と少しでも距離をつめたいと願い、ダブルデートの場所に選んだのだが、手を繋ぐどころか、美来にとって思い出したくないことを再現してしまった。

 抱きつかれたら嬉しいと思っていたはずなのに、こんなに震えてしがみつく美来を見たら、辛いだけで、申し訳ない気持ちで一杯になった。


「幸樹、悪いが渚紗と二人で先に進んでくれ。俺は美来を連れて外に出る」


「ああ。分かった。その方がいい。だけど入り口まで送らせてくれ」


「美来、大丈夫? いざとなったら、私が大声を出して反対方向へお化けをおびき寄せるから、心配しなくていいからね」


 幸樹を先頭にした四人は、最初に入ってきた方向へと、そろりそろりと辺りを確かめながら進み、完全に入り口の明かりが見えたところで別れることにした。


「ごめんね。みんな。私のせいで……」


「気にしなくていいよ。それより、ここを選んだ理久に、思いっきり当たってやればいい」


「美来、元気出してね。悪いなんて思わなくていいから。だって、幸樹と二人っきりで探検できるんだもん。ありがとうって感じ」


 わざと明るく振舞う渚紗に、美来がお礼を言うと、二人は手を振りながら、再びお化け屋敷の暗闇の中に溶けこんで行く。

 見送った理久と美来が入り口を出たところで、受付係が心配してどうしたのかと尋ねにきたが、理久が一言だけリタイアしますと告げると、元の窓口に戻っていった。


 閑静な住宅街を二人でとぼとぼと歩き、大きな木で囲まれた公園を見つけて入っていく。何の変哲もない滑り台やブランコの脇に、ベンチがポツンと置かれていた。

 理久が美来の手を引いてベンチまで連れていき、美来を座らせ、自分もその横に腰かける。


「理久、ごめんね。……何か自分が情けない」


「あのさ、美来は全然悪くないから。悪いのは美来の親で、美来じゃない。我慢してきた美来が、突然過去を思い出して怖くなったって、誰も責めないよ。だから美来も自分を責めるのをやめろよ」


「だって、せっかくダブルデートを計画してくれたのに、台無しにしちゃったんだよ?」


「あ~それな。下心のあった俺が悪い」


 頭をかきながら俯いた理久を、美来が首を傾げて何それ? と尋ねると、理久が上目遣いに美来を見つめた。


「俺さ、美来に頼って欲しかったんだよ。いつも美来は幸樹に助けを求めるだろ? だから、お化け屋敷で美来が怖がった時に、俺が美来をリードして頼れる男をアピールしたかったわけ。だから、謝るのは俺の方。美来ごめんな。辛いこと思い出させて悪かった」


 頭を下げた理久を見て、美来は自分の取った行動が、理久を追いつめていたことを知り、悲しくなった。

 Des Canaillesの活動は、あと三、四か月ほどだ。本当はこのまま黙っていたかったけれど、理久にはきちんと知ってもらった方がいいのだろう。

 でも、今は話したくない。さっきのショックが残っているのに、理久にどうして味覚障害になったのかと聞かれたら、怒りと悲しみをコントロールできずに、もっとひどい姿を晒すかもしれない。理久が私に良いところを見せたいように、私だって理久に良いところを見て欲しいのだ。


「理久のせいじゃない。おばけが襲ってくるまでは、すごく楽しかったもん。それより、誤解させちゃってごめんね。ちゃんと心では理久を頼っているから」


 うんと頷いた理久が、ベンチの背もたれに上半身を預け、上から降ってくる赤い葉を見上げた。


「すっかり紅葉してるな。美来が作った秋のミルフィーユみたいだ……なぁ、美来はデザートを作っていて楽しいか?」


 急に話題が変わったのに戸惑いながら、美来が頷くと、理久が良かったと呟いた。


「父に言われたんだ。俺が美来をDes Canaillesに強引に誘ったからか、自分がその気でも、相手の気持ちはそうではないかもしれないって……美来に無理強いしていないなら安心した」


「アレンジや創作は私にはハードルが高いけれど、レシピ通りに作るお菓子は好き。理久のお父さんが試食するときの顔が違うもの。もちろん失敗だなと思うときも表情に出さずに食べてくれるけれど、レシピ通りの時は美味しいと言ってくれるから分かるんだ]


 そういえば父が、美来はアレンジや創作のスイーツよりも、レシピ通りの方がいいと言っていたっけ……と理久は思い出し、美来が父の心をしっかり読み取っていたことに驚いた。


「理久のお父さんが認めてくれたスイーツをお店に出すときには、とっても誇らしい気分になるの。それで、お客さんが私の作ったものを食べて、美味しいと思ってくれたら最高に幸せだなって思いながら並べていくの」


 美来の話を聞いた理久が、ベンチの背から身体を少し起こして、嬉しそうに笑った。


「俺、早く大人になりたい。親の店じゃなくて、自分の店で腕をふるいたいんだ。その時は、美来、手伝ってくれよな?」


 まるでプロポーズのような言葉に美来は驚いた。

 大好きな理久のそばでお店を手伝う姿を想像すると、幸せで震えそうだ。

 例え子供同士の約束でも、ずっと未来まで大切にしまっておいて、時々取り出しては甘い思い出に浸れそうな嬉しい言葉だった。


 でも、本当のことを知ったら、理久は同じ言葉をかけてくれるだろうか?

 きっと理久は私に失望するに違いない。

 首を縦に振りたいのに振れなくて、甘い夢を期待したくなる言葉を聞く前に、どうして味覚障害のことを打ち明けなかったのだろうと後悔した。


「……そうね……その時は、Des Canaillesいたずらっ子達って名前を変えなくっちゃね」


 確かにと頷いた理久が、それ以上将来の話を続けないよう、美来は話題を変えるべくベンチの前に座り込んだ。何をするのかと覗き込む理久に、落ち葉を重ねて作ったミルフィーユを差し出す。


「どうぞ召し上がれ」


「やるな。俺も何か作りたい」


 それをきっかけに、二人は公園中にある材料をかき集め、実際に作ったら絶対に食べないだろうと思うヘンテコ料理を作って笑い合った。

 時間はあっという間に過ぎ、お化け屋敷を探検し終わった幸樹と渚紗に合流した美来たちは、流行りのB級グルメでお腹を満たし、ウィンドウショッピングを目いっぱい楽しんでから家路についた。



























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