第3話 進まない話
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「お、落ち着きましたか?」
若干腰が引けてしまうのは勘弁して欲しい。マジで。突然『女神様ガー!』『神の愛ガー!』となっちゃう人に、どう接して良いかなんて知らないしさ。
『……あ、あぁ。す、すまない。どうしても……湧き上がってくる高揚感を抑えられず……しゅ、醜態を晒してしまった……』
と、とりあえず、ノアさんが辛うじて話ができる状態に戻ったため、諸々の確認をするために船室で話をすることに。……うん、貨物室の一画に設けられたなんちゃって客室で、突然神の愛に目覚めて大騒ぎしてたところを船員に見つかり、船長から『悪いが目の届く範囲にいてくれ……大事な荷を傷付けられちゃかなわん』と、静かにだけどメチャクチャ深~く怒られた。すまぬ。
ま、まぁ……船長がそんな判断をするほどに、ノアさんが〝キマってる〟感じだったわけなんだけどね。
この世界では、日本なんかよりも宗教や神様が身近なものらしいけど、流石にさっきまでのノアさんの様子は、この世界基準でもヤバかったみたいだ。……うん。さっきまでのノアさんが普通に受け入れられる世界があったとしても、僕は絶対に行きたくない。
パーティ登録の影響によってかどうかは定かじゃない(ほぼ確定)にしても、とにかく、女神の深い愛とやらに感銘を受けたらしいノアさんは『女神の愛を皆に説いて回る!』と叫びながら貨物室を飛び出して行こうとしたため、グレンさんとジーニアさんと僕の三人で押さえ込む羽目になった(最終的にはぶん殴った)。
で、ノアさんに一体何があったのかって話だ。
「……そ、その、高揚感というのは、女神の声を聞いたとかですか?」
『そ、そうだ! 私はイノ殿の〝眷属〟となったことにより、女神の啓示を受けたのだ……ッ!』
あ、ヤバいな。なんかまたノアさんが興奮しそう。いや、でも……彼の語る〝女神の啓示〟とやらが何なのかを確認しないことには話が進まないし……あぁ……ノアさんのテンションが乱高下する度に、グレンさんとジーニアさんからの視線が痛い……明らかに二人が知ってるノアさんじゃなくなってる感じだよ、これ。
「あ、あのですね、僕らはそもそもラー・グライン帝国で信仰されてる宗教を知りません。急に女神様と言われてもさっぱりなんですけど……? もちろん、僕はその女神様の使徒になった覚えもありませんよ?」
ノアさんの(ヤベェ)言い分を聞く限りでは、僕は女神様から使命を与えられた御使いなり使徒という存在なんだそうだ。
ノアさんの中では、僕が使命を授かったという異界の門こそが、女神様の奇跡の御業を現世に示すための通り道なんだと。
……いやいや、そもそも異界の門云々は、ダンジョンゲートやシステムをそれっぽく脚色したでっち上げストーリーなんだけど? 女神はどこから出てきたんだよ?
『ふ、ふふ……ふはははッ! 謙遜しなくても良いのだイノ殿よ! 女神の奇跡を隠したくなるのは分かるが、今の私には視えている! 貴殿らが女神の御力を行使する御使いであるのは、まさに一目瞭然なのだからッ!』
あぁ……まただよ。ちょっと落ち着いたかと思えばコレだ。この繰り返し。
「えぇと……一向に話が進まないんで……すみません、グレンさんにジーニアさん、ノアさんが言ってる女神というのは、ラー・グライン帝国で信仰されてる存在なんですか?」
もう何度目かのトリップ。またもや訳の分からない事を叫びだしたノアさんは無視して、僕はグレンさんたちに話を振る。
ちなみに、今のノアさんは、鎖でぐるぐる巻きで床に転がらされてる状態なので、煩いのを我慢すれば問題はない。いや、ビジュアル的には酷い有り様だけどさ。
『コイツを船室から出すな』と厳命されてるから仕方ない。次に問題を起こせば、その場で全員海に放り捨てる……と、船長から穏やかな笑顔のままで宣言されたしね。僕らに次はない。
『……帝国では、聖ジョアンが女神エリノラより神託を授かり
色々と思うことはあるみたいだけど……諸々を飲み込んで、一先ずは僕の質問に応えてくれるジーニアさん。
「その……女神エリノラなりオウラ教の敬虔な信仰者は、今のノアさんみたいだったり……?」
『んなわけねぇだろうが! 確かに帝国じゃオウラ教の信徒は多いが、今では特段に強い影響力があるわけでもないし、熱心な信徒がこんな風になるなんて聞いたこともない!』
僕への苛立ちを隠さなくなったグレンさん曰く、かつてのオウラ教は政治にも強い影響力を持っていたそうだけど、一部の過激派の暴走が目に余るようになり、当時のオウラ教は、連中の傀儡と成り果てていた皇帝諸共に排除されたらしい。
で、その混乱に乗じて成り上がったのが今に続く皇室ってことみたい。
皇室と聞くと、神話の時代から絶えなく続く系譜……みたいに思ってたけど、どうやらラー・グラインの皇室というのは、皇帝の血族に違いないけど、そもそも皇帝という立場が世襲ではなく、議会によって選出される国の代表という感じらしい。
とはいっても、ノアさんを含む今の皇室はすでに百周期以上は皇室で在り続けており、実態としては皇帝も世襲のようなものなんだとか。
まぁそんな経緯もあってか、今のオウラ教会には、教義の解釈を声高に叫ぶリーダーや熱烈な信徒などがほぼいない……緩やかな連帯や民間伝承的なものが人々の間に溶け込んでいる程度らしい。
『もちろんオウラ教にも熱心な信徒はいますが、グレン殿が仰るように今の若様のような……女神の愛がどうのこうのを人前で大仰に語る方は少ないかと。また、これまでの若様にしても、女神やオウラ教の教えに傾倒していたような素振りはありませんでしたので……』
語気は控えめながらも、ジーニアさんの瞳には『間違いなくお前の所為だ』とはっきり書かれてある。目は口ほどに物を言うってやつだね。ははは……はぁ……。
「はじめから疑いようはないんですけど……やっぱり、ノアさんがこうなったのは〝パーティ登録〟の所為でしょうね……」
鎖で雁字搦めの状態にもかかわらず、今も神の愛だの、いつぞやのヨウちゃんみたいに光を見ただのを恍惚の表情で繰り返すノアさん。
うーん……かつてヨウちゃんやサワくんを平然とブチのめして、後々に罪悪感に苛まれた事があったけど……今はあの時を上回る勢いの〝やらかしてしまった感〟がある気がする。
「ねぇイノ。流石にこんなのは想定外だろうけどさ。ノアさんの変化や言い分はともかくとして、まずは〝システムチェック〟をしない? とりあえず、イノのステータスウィンドウではどんな感じ? パーティメンバーとして、メイ様とノアさんに違いはあるの?」
「あ、あぁ……う、うん。そういえば、まだちゃんと確認してなかった……」
おっと。罪悪感を抱く僕よりも、レオが先に平常モードに戻った模様。あまりのできごとに僕も確認が抜けてた。
さっそくにステータスウインドウを起動してみる。
『ッ!?』
『チ……ッ!』
突然にグレンさんとジーニアさんが反応して飛び退いた。これは……かつてのメイちゃんと同じ反応か?
「あの……もしかして、二人とも僕の目の前に急に出てきたこの半透明の板……みたいなのが見えました?」
『……はい。思わず反応してしまい、申し訳ございません。それはイノ殿の〝異能〟でしょうか?』
やはりステータスウインドウを認識してのことか。そりゃいきなりこんなのが見えるようになったら驚くわな。
ジーニアさんが警戒を薄くして応じてくれるけど、グレンさんはその横で警戒を逆に強めてる。
何だかんだと言いながらも、この人たちは本当に軍人というか、戦う人たちなんだろうね。さっきの反応もだけど、たぶん普通に強い。流石にルフさんほどの強さはないと思いたいけど、バズさんとはいい勝負をしそう。
いや、それどころか、ラー・グライン帝国の独自の魔法やスキル……僕らにとって未知なナニかがあれば……状況によっては僕らよりずっと強い可能性だってあるのか。
クエスト的にこの三人は味方側として認識してたけど、相手にとってはそうじゃない。普通に僕らと敵対することもあり得る……うん、ちょっと気を抜き過ぎてたかも。
いやいや、今はそんな先々の不安よりも、ステータスウインドウを何で二人が認識できてるんだって話だ。
「えっと……この半透明の板みたいなのは、〝ステータスウインドウ〟と言いまして、僕の〝異能〟に間違いはありません。他者が認識できない類のものなので、構わずに発動してしまいました。すみません。一応の確認なんですけど、お二人とも、今までは認識できてなかったですよね?」
『は、はい。ソレを認識したのは今が初めてです』
『……俺も同じくだ』
まぁここは普通に考えて、ノアさんをパーティ登録した影響だろうね。もし、それ以外に理由があるなら完全にお手上げだけど。
「どういうこと? ノアさんだけじゃなく、二人もパーティ登録したってこと?」
「い、いや……僕のパーティメンバーの欄には、メイちゃんとノアさんの名前しかない。グレンさんやジーニアさんの名はどこにもない……と思う」
隠しウインドウとかがない前提だけど、今のところ、僕が確認できるステータス画面に二人の名はない。だけど、二人は現に僕のステータスウィンドウが視えてる。
どうなってるんだか。
パーティメンバー以外もステータスウィンドウを認識できるようになる隠しコマンド的な仕掛けがあり、僕が知らず知らずに設定しちゃったとか?
まさかね。流石にないだろ。
もしそうなら、レオにも僕のステータス画面が視えてるはず。
「ちなみに、レオは僕のステータス画面は?」
「……視えないよ。これまでと同じ。そりゃステータスを呼び出してるんだろうなっていうのは何となく分かるけど、そのものは視えない。今、私もステータスを呼び出してるけど……イノもメイ様も、グレンさんたちにも視えてないでしょ?」
そう。〝同盟〟を組んでたとしても、〝
実例が乏しいけど、設定なしのデフォルトでステータス画面の共有ができるのはパーティメンバーだけのはず。
『ふははは! グレンもジーニアもついに気付いたか! イノ殿が呼び出すその板こそが〝神の窓〟! 女神はその窓から我らに恩寵を与えて下さるのだッ!』
……もしかして、ノアさんには状況が分かってる?
嘘だろ? このわけの分からない電波発言を撒き散らす、今のノアさんから話を聞かないと駄目ってこと?
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『あーはッはッはッ! イノ殿よ! 安心なされよ! 私は貸し与えられたこの恩寵を私欲のために使わぬと誓うぞ! 女神の御意思に逆らうような真似はせん!』
鎖から解放されたノアさん。相変わらずテンションがおかしい。
いや、だから、その女神って何なんだよ。
あと、妙にテンプルにカチンとくるから、その振り切った高笑いも止めてくれ。平均的サラリーマンの友人かよ。あの人のカムバックはあるんだろうか? ……って、なんだこの記憶は?
「……えぇと……ノアさん、とりあえず、その……女神様はなんと仰ってたんです? えっと、異界の門や女神様は僕らを超越した存在なのは間違いありませんが、使命を授かった僕らは矮小な人族に過ぎません。慎重に、正確に、女神様の御言葉を吟味しなければ、その真意を間違って解釈してしまうかもしれません。また、僕とノアさんでは授かった使命に違いがあるかもしれませんので、まずはノアさんが聞いた女神様の啓示を具体的に聞かせて欲しいのですが……?」
今のノアさんにまともに言っても通用しなさそうだから、ソレっぽく水を向けてみる。ただ、ペラペラとテキトーに語る僕を見る、他のメンバーからの視線が痛い。……いや、この嘘吐き野郎……みたいに見てるけどさ。今のノアさん相手だと仕方ないでしょ?
『ん? た、確かにそうだな! これは失念していた! いかに女神様が偉大であろうとも、矮小なる私がその御意思を歪曲してしまう可能性は確かにある! いや、イノ殿! やはり使徒として遣わされるだけのことはある! その慧眼、見事なり!』
うーん。どうしよう? いちいち大仰に声を張り上げるノアさんを見てると……段々ぶん殴りたくなってきたんだけど? 〝プレイヤーモード〟じゃなくて、僕の素の感情として。
『……若様。これまでの発言から、使徒であるイノ殿を通じて、若様が女神の恩寵を貸し与えられたのだと理解しましたが、その恩寵は私やグレン殿にも影響があるのでしょうか?』
お。ジーニアさんが事情聴取を手伝ってくれるみたい。
『おう! その通りだ! 私は女神から問われたのだ。恩寵を共有する真の仲間がいるかと。いるのであればそれは誰だとな。……だから、私は答えた! 〝ジーニアとグレンこそが真の仲間であり、今は生きるも死ぬも二人と共にしか考えられない〟……とな! すると、女神は応じて下さったのだ! その結果として、恩寵の一部が私を通じて二人に分け与えられたようだぞ!』
『……は、はぁ、い、生きるも死ぬも共に……ですか……』
非正規の捕虜という明日の命も知れぬ扱いを受けて過ごしながら、こうして生き延びたんだ。そりゃノアさんたちに強い仲間意識や連帯があるのは当然だと思う。
でも、僕らという部外者のいる場で、真正面からあけすけにそんな事を言われると……流石に言われた側は戸惑っちゃうでしょ? グレンさんなんか『お、おぅ……』とか言ってるし。
まぁそれはそれとして、ノアさんを通じて恩寵が分け与えられた?
もしかしてノアさんって……パーティメンバー通り越して、〝
「つまり、グレンさんとジーニアさんも、女神からの使命を受け取ったということですか?」
『た、確かにそうなるのだが……くッ……! す、すまないイノ殿! 本来は使徒である貴殿の赦しを得てから行うべきだった! しかし、我らはか弱き存在でしかないのだ! 身を守る術として! 故郷へ帰り着くまでの間だけでも、二人に恩寵を分け与える許可を頂きたい! この通りだイノ殿よッ!』
「ちょッ!? ノアさん! 急にどうしたんです!?」
いきなりノアさんのDo・Ge・Za! 正座して、思いっきり額を床に擦り付ける感じのガチなやつ。
『わ、若様!? 我らのために、そ、そのような真似までッ!?』
『おい! いくらおかしくなってても、それはないだろうッ!?』
一瞬、へぇ~この世界にも土下座文化があるんだなぁ……ってくらいだったんだけど、明らかに悲壮な表情を見せる二人から察するに、ちょっと僕らの知る土下座とは違うのかも?
『くそッ! イ、イノ殿よ! 俺の命をくれてやるから、ノア様の〝
『グ、グレン殿!?』
……はは。これも異(世界)文化交流か。何やらグレンさんまで土下座しだすし、なんだか場がわちゃわちゃだな。
この調子だと、やっぱりラー・グラインでの土下座には命懸けの意味があるらしいね。でも、今は知らん。確認する気にもなれない。
あー……なんだか面倒くさくなってきたな……とっととノアさんの〝システムチェック〟をして、女神云々の話を聞きたかっただけなんだけど……なッ!?
「ッ!?」
「うふぇッ!?」
『……ひ……ッ!』
『なッ!?』
『お、おぅ……こ、これは……ッ!』
大声での威嚇や注意喚起もなし。いきなりの《威圧》。それも殺気込みのバリバリ本気のやつ。
わちゃわちゃした場が一瞬で静まり返る。鎮静する。い、いや、今は動いたら死ぬ……。
僕はなるべく身動きしないように、視線だけをずらして見る。殺気の主を。
メイちゃん。
いつの間にか、フルパゥワァーな《甲冑》を発動してる。
あと、
「あ、あの……メ、メイさん……? きゅ、急に、ど、どど、どうし……ました……?」
お、思わず〝プレイヤーモード〟になっちゃったけど……『絶対に逆らうな』って警鐘が鳴り響くのみ。動けない。し、しかも、ちょっとチビったし。マジで。
「…………皆、いい加減にして。今はノアさんの変調について確認する時間。ノアさん、女神への感謝や感動とかは要らないから、聞かれたことに、端的に私たちにも分かるようにちゃんと答えて。あと、グレンさんもジーニアさんも、いちいちイノ君に突っ掛かるのは止めて…………分かった………?」
『『『……は、はい……ッ……!』』』
グレンさんやジーニアさんはともかく、女神がどーのこーの言ってたノアさんすらも、流石に命の危機を感じ取ったらしい。今のメイちゃんに逆らうような真似はしない。
「……イノ君。ノアさんたちに気を遣うのは良いけど、ダンジョンシステムやクエスト絡みについては……ちゃんと確認しないとダメ……ッ!」
「は、はいッ! わ、分かりましたッ!」
ダメ出しは僕にも。
こ、怖いよ……メイさん……。
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