第14話 発見(された)後……
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半地下に設置された堅牢な石造りの部屋。
その部屋を仕切る扉は、これまた堅牢そうな鉄の扉。扉の上部には鉄格子がはめ込まれており、外から中の様子が窺える仕組みになっている。
部屋の中は、外から覗けば監視できる造りであり、扉の鍵は内側にはない。外からしか施錠と開錠ができないようになっている。閉じ込めるための部屋。ようするに牢。
そんな牢部屋が、通路を挟んで並んでいる。
牢部屋が並ぶこのフロアへのアクセスは一つだけ。当然のように、その出入り口の扉も強固な造りであり、鍵も掛けられている。その前には監視者たちの詰め所があり、常に二人以上の兵が看守として配置されている。
現在、牢部屋のフロアに収監されているのは三人だけ。もちろん、武器や暗器の類は没収され、
部屋もそれぞれに別。ある程度の会話は可能だが、あまり長く話し込んでいると看守から制されるが、ことさらに暴力を振るわれることはない。粗末ながら食事と水も与えられている。
ただ、種族が違うために表情などが読みにくく、言葉も通じていないため、看守と囚人はお互いに何を考えているのかが分かりにくいという状況。
それが、ラー・グライン帝国の士官改め、〝海賊〟として虜囚の身になっている者たちの現状。
ダンジョンシステム……クエストのオーダーによる、イノたちの救出目標。
『……若様。結局、
静まり返ったフロアに囁くような女の声が響く。虜囚の身となったラー・グライン帝国の兵であり、皇子の護衛を務めていた妙齢のジーニア。
『さてな。ただ、アークシュベル側の慌てようを見るに、連中にとっても想定外だったのだろう。このリ=ズルガは
同じく囁くような声量で応じるのは年若い男。ノア。ラー・グライン帝国において、皇位継承権のない傍系の皇子様という立場。
虜囚の身である彼らの声は、いかに囁きのような声量であっても、看守には聞こえている。しかし、特に騒がしくしないのであれば、看守たちもいちいち目くじらを立てない。そもそも積極的に囚人と関ろうとはしない。あくまで囚人たちを逃がさないようにと監視するのみ。
実のところ、看守たちにはこの任務についてやる気や熱意などないのだ。
言葉も通じず、土地勘も皆無なヒト族が、仮に牢を脱したとしても、そこから先はどうすることもできないと知っているから故に。
むしろ、囚人たちが積極的に逃げる素振りを見せれば、看守たちはこれ幸いにとノアたちを八つ裂きにして、この茶番のような任務を終わらせる。
看守を担当する兵たちは『丁重に扱う必要はないが、接触は最小限にした上で決して殺さないように』と厳命を受けているが、囚人たちを生かしてここまで連れてきたのは、リ=ズルガ側への嫌がらせに過ぎないことも兵たちは知っている。
末端の兵からすれば、くだらない任務という認識でしかない。
軍の規律で厳しく縛ったところで、全員が全員、唯々諾々と品行方正に軍規に従うわけもない。個々の判断で〝どうでもいい任務〟を嫌う兵というのは、どこの世界にもいるということ。
『〝故郷へ帰りたいと願うか?〟……でしたか。ふっ。帰れるものなら帰りたいと願うのは当然のこと。しかし、所詮は淡く儚い夢物語だ。……一瞬期待してしまった自分があまりに無邪気で笑えてきますよ……ははは……』
また別の声。自嘲気味でどこか投げやりな男の声。ジーニアとは違い、皇子の護衛という立場ではなく、単にノアが指揮する砦に配属されていた下士官。名をグレン。
『……グレン殿が状況を嘆くのも致し方ないことでしょう。確かに我々が絶望的な状況であることに変わりはない。しかし、言葉が通じるヒト族がこの地にいるというのは、たとえか細くとも我らにとって光明なのは間違いないことです。……僅かな希望に縋って何が悪いのですか……! 私は諦めません……ッ……!』
看守に怪しまれないようにと抑え気味ではあるものの、ジーニアの声には断固とした意思が込められている。諦めない。皇子の護衛という職務によるものだけではない。彼女には故郷へ帰らなければならない理由がある。こんなところで死んでたまるかという火が、その胸の内に燃え盛っている。
『ま、ジーニアが諦めないのは自由だ。精々頑張ってくれや。……悪いが、俺はもう期待することにも疲れたぜ……』
『グ、グレン殿……?』
ふと零れたグレンの弱気な言葉。それは彼の本音。「もう無理だ」「助かるはずもない」「あとは殺されるだけ」……そんな言葉を口にしていたが、彼とて、ただ殺されるのを待つだけという状況を認めたくはなかった。諦めたくなかった。当たり前の話だ。
しかし、どうやっても、自分たちの力だけで今の状況を引っ繰り返すことは無理だというのも分かっていた。
本国から助けが来ることはない。可能性があるとすれば、アークシュベルの慈悲や気まぐれに縋るしかないという、何とも情けなくなる選択肢しか残っていないのも十分に理解していた。
『……グレン、ジーニアも。あの少年が何者なのかは分からないが、アークシュベルにとっても不測の事態が起こったのは間違いない。もっとも、だからといって、我々にとって都合の良い機が訪れるとは限らない。……しかし、もし万が一にでも機が訪れるのであれば、私はその機を逃したくはない……ッ!』
皇子であり上官でもあるノア。どちらかと言えば、彼もグレンと同じ側。もはや生きて本国へ戻れるとは思っていなかった。
しかし、あの
ノアの胸には思わず『もしかしたら……』という希望が灯る。そして、その希望の灯は一気に燃え上り、自分でもわけが分からないままに『あの少年は我々を助けるための遣いだ!』と、強く感じるようになる。
それは、心が疲弊し、弱気になっていたことによる一種のすり込みのようなものかもしれない。
あるいはダンジョンシステムによる何らかの思し召しか。
淡い希望と祈りを胸に、静かに待つだけしかできないノアたちだったが……数日の間に彼らの状況も動く。
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『……イノ殿。当初は確か、人知れずにイノ殿が単独で領事館内へ潜入し、最小限の戦闘で例のヒト族たちを連れ出すという手はずではなかったかしら? その間、私はアークシュベル側の要人たるハルべリア殿を相手に適当な時間稼ぎをすれば良いと……そういう段取りだったはずでは? もし、どこか間違っているなら、指摘してもらえるかしら?』
リュナ姫が真っ直ぐに僕を見つめながら……曇りなき
「ええ。確かそんな手はずでしたね。どこも間違ってはいないと思いますよ」
敢えて目を逸らすことなく、僕も真っ直ぐにリュナ姫を見つめ返し、正々堂々と言い返す。
『なるほど。てっきりイノ殿は、初めからこの状況を想定していたのかと疑ってしまったんだけど……どうやらそれは私の思い違いだったようね』
「そうですね。まさかこんな事態になるとは、僕もまったく想定してなかったです……はい」
くッ! 思わずリュナ姫の圧に屈して目を逸らしてしまった! あ、圧が……圧が強いんだよ!
『……さて。では、お互いに思い違いが無かったことを確認したところで……イノ殿。この落とし前はどのようにつけてくれるのかしら?』
あくまで冷静に、素朴な感じで問い掛けて来るけど……腹の中ではめちゃくちゃ怒ってるよこのヒト! くそ! リュナ姫って、激昂すると静かになるタイプなのか!? この前の時は、普通に怒ったり焦ったりする感じだったのに! あ、あるいは、キレ過ぎて逆に冷静になっちゃった……とか?
『者ども出合え! 曲者はリ=ズルガの姫を人質にして潜んだぞッ! 決して領事館の敷地内から逃すなッ!』
『ハ、ハルベリア様! ミナイの間付近で曲者を見つけたのですが、その後にまた姿を消しましたッ!』
『まだ確認は取れていませんが、追放されたジ氏族の入れ墨があったとのことです!』
騒然となる領事館内。
なんでも、かつて二つの王国の決定に異を唱え、反乱を起こてして追放となったジ氏族のゴブリン戦士が、あろうことかアークシュベルの領事館内にまで侵入し、たまたま来訪していたリ=ズルガのお姫様一行に出会し、護衛を打ち倒した上でお姫様を攫って逃げてるらしい。
いやはや、なんとも物騒な事件が起きたものだね……はは……。
はぁ……ダンジョン式の魔法やスキルの方が優秀か……。
そりゃ確かにアークシュベルご自慢の結界魔法とやらは、マナを集中して慎重にやれば気付かれずに無事にすり抜けられたんだ。
でも、領事館内をウロウロしてる時に、警備兵に普通に見つかってしまった。バカバカしくなるほどの凡ミスぅ……。
くそ! 自分が間抜けだっただけに余計に腹が立つ!
なにが潜入は【シャドウストーカー】の本領発揮だよ!
一人でフラグ立てて、自分できっちり回収するなよ! バカか僕は!?
レオにはテレパスで散々罵倒されるし、メイちゃんからは完全に〝無〟な反応を投げつけられるし!
『くッ! 外の連中に知られる前に、何としてでもリュナ姫を奪還するのだッ! 王都に潜入しているジ氏族がいないか、改めて調べさせろ!』
あの高慢ちきな軍人エルフが、叫ぶように部下たちへ指示を出してる。広場で見かけた時のような余裕はまったくない。
ま、それもそのはず。考えれば当たり前か。
いきなり現れたゴブリン戦士の侵入者(つまり僕だよ!)に掻き回され、賓客であるリュナ姫を目の前で攫われたんだ。
焦りもするだろうね。
僕が咄嗟にリュナ姫を連れ去ったのは、別に軍人エルフを困らせてやろうとかの意図はない。ただ、リュナ姫の手引きだと疑われないようにと、敢えて護衛のヒトたちを強めにブチのめしたんだけど……そのついでというか、その場のノリというか……まぁ何となくの勢いでしかなかった。
レオには〝その行き当たりばったりをやめろッ!〟とテレパスで更に怒鳴られたけど。
自業自得ではあるけど、リュナ姫を攫ったことで更に事が大きくなってしまった。流石にアークシュベル側も引くに引けなくなった模様。まぁ……これも当たり前か。
もともとアークシュベルは、嫌がらせや挑発を繰り返すことによって、リ=ズルガの激発を煽ってたみたいだけど……流石に〝領事館内でお姫様が行方不明〟なんてのはあからさまで直接的過ぎる。
あくまでアークシュベルが狙ってるは、不満を募らせた民衆による抗議活動や小規模な反乱程度で、リ=ズルガ側もその辺りの狙いは理解していたらしい。
これで、もしもお姫様が領事館内で死んだりしたら……リ=ズルガの敵意がすべてアークシュベルへと向く。事故だとか、犯人はゴブリン戦士だから関係ないとか……流石にそんな弁明も通じなくなるだろうしね。
軍人エルフとしても、大規模な武力衝突や自分たちの過失による糾弾なんかは避けたいらしい。
アークシュベルが優位なのは間違いないんだろうけど、武力を背景にした外交っていうのも、微妙なさじ加減が難しくて大変そうだ。
ちなみにだけど、今現在、僕とリュナ姫は軍人エルフの近距離に潜んでいたりする。
《影渡り》というスキルの効果により、慌ただしく動く領事館の状況を影の中から観察している。
このスキルは、文字通り影のある所に入り込んで移動できるという……説明だけを聞けば、ものすごく便利そうなスキルなんだけど、移動できる距離が短い。最大で五歩。影が繋がっていない場所だと一歩踏み出した時点で終了。
また、潜んでいる影に触れられると、強制的にスキルが解除されて影の外へ放り出されてしまう。更に更に、ダンジョンの魔物たちにはスキルの気配がバレバレなのか、百発百中でどの影に潜んでるのかを看破されるというクソ仕様。
ダンジョンにおいては、影の中を移動して、密かに間合いを詰める的な使い方はほぼ不可能。
ただし、敵の攻撃を避けたりするのに、緊急避難的に影の中に隠れるという使い方はできたので、まったく役に立たないというほどでもなかった。
〝普通のダンジョン階層〟においては、そんな感じの微妙なスキルだったんだけど……今は有効に活用できてる。
歩きさえしなければ、そのまま影の中に潜んでいられる上に、外の様子も見たり聞いたりはある程度は可能。
それに、ダンジョンの魔物と違い、この世界のヒトたちには、潜んでる影をなかなか判別できないときた。要はバレにくいってこと。
影の中を移動するという本来の用途じゃないけど、潜伏スキルとしてはかなり優秀。
「えぇと……どうしましょうね? とりあえず、リュナ姫様一行が僕を手引したというのはまだ気付かれてないみたいですし、いっそリュナ姫はこのまま人質設定でいきましょうか?」
『是非そうしてもらいたいわ。私が手引したことは当然に怪しまれているだろうけど、はっきりと露見しなければ誤魔化しようはある。……リ氏族の私を害し、その罪をアークシュベルに擦り付けるという自作自演的な謀略というのは、リ=ズルガの性質的に実行は難しい。もちろんアークシュベルも我々のそういう性質は把握しているから、私や護衛に危害が及んだ時点で、私とイノ殿がグルになっているという〝確証〟にはいたらないはずよ。……ただ、イノ殿が姿を借りたというジ氏族の者は……すでに割りを食ってしまってるけど……』
「ま、まぁ……一応、姿を借りるのは
む、胸が痛い。苦しい……。めちゃくちゃバズさんに迷惑掛けてるよ。
他人が化けてること自体はバレなかったけど、バズさんの姿からジ氏族の戦士だというのは呆気なくバレた。
い、いや……なにを言っても言い訳にしかならないんだけどさ。戦士階級には、氏族固有の入れ墨があるなんて知らなかったんだよ。
そりゃ、入れ墨してる戦士がやたらと多いな〜とは思っていたけどさ。まさか、それぞれの入れ墨が〝家紋〟みたいな役割を持ってるなんて……。
今の僕はバズさんの姿をそっくりそのままコピーしてる。
当然に氏族固有の入れ墨というのもコピーしてるわけで……領事館襲撃&リュナ姫誘拐事件の容疑者がジ氏族となってしまった……すまぬ。
『……イノ殿、こうなっては例のヒト族どころの騒ぎではないわ。一旦、この場を離れるのが先決でしょう』
「えぇ。流石にこの状況で、アレもコレもと欲張る気はありません。一先ず、僕の仲間もこちらに向かっています。〝外〟から騒ぎを起こして気を引くと言っていますので……うぇ……ッ!?」
『なッ!?』
突如として轟音が響く。建物が……領事館が揺れる。
『な、何が起こった!? 何だ今の衝撃はッ!?』
『ハルべリア様! ま、魔法による攻撃を受けましたッ!!』
『け、結界魔法はどうしたのだ!?』
『わ、分かりません!!』
リュナ姫の誘拐騒ぎとはまた別の意味で騒然となる領事館内。
……レオが領事館に向けて魔法をぶっ放したみたいだ。騒ぎを起こすっていうのはこういうことか……。
うーん。凡ミスを重ねた上に、考えなしの行きあたりばったりの僕ではあるけど……秩序とルールのある街中で魔法をぶっ放すようなレオに、あーだこーだととやかく言われるのは……どこか腑に落ちない。
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