第7話 再振り分け
:-:-:-:-:-:-:-:-:-:
野里澄教官に見つかってから半年が過ぎた。
僕は教官との密約通りに動いている。というか、教官が裏から手を回した結果に従っている状況だね。
まず、十号棟の寮へ移ることになり、同室者が居ない部屋が割り当てられた。
進路としては「発掘品、ドロップアイテム関連」がメインのH組になった。
ちなみに、A・B組は「探索者」、C組は「ダンジョン内活動」、D組は「武器や防具関連」、僕や風見くんが初めに振り分けられていたE組は「アイテム関連」、F組は「スキル関連」、G組は「ダンジョン全般の研究」、H組は「発掘品、ドロップアイテム関連」となっている。
ただ、組によって傾向はあるとはいえ、他と重なっている分野もあるし、全てに共通するカリキュラムだってある。当然のことながら、義務教育課程の勉強はみんな共通だしね。
その中でもH組は「その他組」とも言われているらしい。アイテム関連はE組がメインだ。
基本的に親和率が一定以上はあるけど、得意分野やダンジョン関係に興味がない子たちが割り振られるという噂だ。まぁ教官が言うくらいだから真実が混ざっているとは思う。
なので、授業は普通に中学校の学習がメインで、学園の独自カリキュラムは「ドロップアイテムの検定作業」くらいだ。
あと、大幅な編成のやり直しのどさくさ紛れで、僕たちは教官や先輩たちにダンジョンへ連れて行ってもらい、パワーレベリング的にレベル【二】にしてもらった。たとえ【一】レベルとは言え、レベルアップの恩恵は凄かったね。
レベル二の状態で特異領域内で勉強すると、もの凄く効率が良い。もしかすると、本当に頭が良い人っていうのは、この状態が基本なのか? なんてことを考えると、そりゃ差が拡がるのも当然だと実感した。
なので、義務教育課程の勉強は午前中の週三日だけとか、そんな感じだ。それでも半年でほとんどの子が中学一年生の課程はほぼ消化している。
この調子で勉強すると、僕みたいな平々凡々な頭脳でも、一角の人物になれそうだ。このダンジョン学園が、世間からはエリートの集まり扱いされるのも分かる。
実態としては、優秀な人が集まるんじゃなくて、学園で半強制的に勉強の成績を良くするって訳だ。ビバ! ダンジョンドーピング。
まぁ諸々の理由から、僕が所属するH組はかなり時間の余裕がある。本来はその与えられた時間で、各々が興味を引く分野を見つけるというのがこの組の主旨となるようだ。そのためか、クラスメイトたちとも一緒に何らかの活動をしない限り、あまり仲良くもなれない。ただ、この組に割り振られる子たちは、割と自由気ままな性質も加味されているのか、別にそれでも問題はない感じだ。
時間的な余裕。
あまり詮索されない環境。
僕がこの二つを得ることが、教官の目的には必要だった。
:-:-:-:-:-:-:-:-:-:
「僕が言うのもなんですけど……教官って割とヒマなんですか?」
「ヒマな訳ないだろうが。元々探索者が本業だと言っただろ? そもそも学園の教官としては、仕事の振り当てが多くなかったんだ。教官として忙しいのは、新入生を篩に掛けたり、ダンジョン内で実習があるような時期だけだ」
日課であるダンジョンダイブ。
不定期で野里教官から継続的に指導を受けているけれど、最近はその頻度が多い。
僕と教官との取引の一つがコレだ。
「ふむ。ゴブリン単体相手なら、もう後れを取るようなことはないみたいだな」
「ええ。一階層のゴブリン相手なら素手でもいけますね。でも、同じゴブリンでも階層によって違いがあるんでしょ?」
「そうだ。特に五階層以降に出現するゴブリンは、姿形こそ同じだが、その強さや賢さは比ではない。マニュアルで指摘されているにも関わらず、油断から多くの探索者が命を散らしている。……ほら、そんなことを言っているとまた出たぞ」
教官の言葉通り、右方向の通路から足音と何かが這うような音が聞こえてくる。
ゴブリンとスライムのペア。配置はゴブリンが前、スライムが後ろのようだ。
僕は大振りな短剣を脱力した状態で構えながら、まずはゴブリンに向かって駆ける。
「ギガッ!?」
相手が気付く前に出来るだけ距離を縮める。今の僕に、気付かれる前に一撃を加えるほどの速度はない。でも、ゴブリンがちょっとビックリする位の速さで踏み込むことはできる。
ゴブリンが慌てて振り回す、その粗末な棍棒を搔い潜って短剣で一閃。
まだ首を両断するほどの力や鋭さはない。でも、喉を掻っ捌いたので致命傷だ。哀れなゴブリンは紫色の血を口からも吐き出しながら、ガボガボと苦しげに溺れる。もうまともに動けない。次はスライムの方だ。
スライム。
ドロドロの粘液状の魔物。別名はダンジョンの掃除屋。
絶命すると魔物たちは光の粒になって消えるけれど、人間はそうじゃないし、人間がダンジョンに持ち込んだ物品も同じだ。そういった物を取り込み、時間をかけて溶かしていくのがこのスライム達だと言われている。
接敵すると、身体ごと体当たりをしてきたり、溶解性の粘液を弾のように飛ばしてくる。溶解性といっても、一階層で出るスライムはそれほど強力ではない。スライムの中に素手で手を入れても、数秒程度ならさほど痛みはなく、一瞬なら痒みすら伴うことはない。深層では話が別らしいけど。
倒すには粘液状の体の中に浮かぶ核を壊すか、体である粘液を何らかの方法で消し去るかだ。オーソドックスなのは火系の魔法スキルで粘液を燃やしてしまう方法。今の僕に魔法スキルはないため、核を壊すしかない。
どういう方法なのかは知らないけど、スライムが僕の存在を感知したようだ。
距離的に近いと判断したのか、ブルっと体を震わせたかと思うといきなり飛んできた。慌ててその場にしゃがんでスライムの体当たりを凌ぐ。
スライムはそのまま壁にぶつかり、粘液体が壁に沿って円状に広がったため、すかさず僕は壁を蹴るようにして核を潰す。もう少し高い位置だと足が届かないところだった。
スライムの対応をしている間に、先ほどのゴブリンは絶命して光の粒となる。ドロップアイテムはなし。だろうね。まぁ一階層のゴブリンじゃドロップしても大したアイテムじゃないから別に良い。
「ほう。レベル三の割には動きが良い。もしかすると、A・B組の連中よりも様になっているかもな」
「はは。流石にA・B組でもずっとダンジョンダイブしている訳じゃないでしょ? 単にその差ですよ」
教官……いや、探索者:野里澄の目的は単純だった。
僕の異常性に確信を持ったという「成長限界測定」だけど、これはその名の通りで、その人のレベルの上限値を測定するらしい。
ただ、そもそも上限値までレベルアップできる者は少ないから、あくまでも成長の目安として活用されているみたいだ。僕のように測定不能という結果についても、中等部のA・B組なら何人か居るらしいしね。
例えば野里教官の限界値は【四三】だけど、今現在、公式での世界最高レベルは【三五】だ。野里教官が限界までレベルアップすれば最高レベルの更新となるけど……そうはなっていない。
実際の野里教官のレベルは【一六】。
思ったよりも低いと感じたけど、それでもこの世界では人外レベルであり、探索者としてはランクBで上から二番目だという。
この学園の高等部を優秀な成績で卒業後、すぐに探索者として本格的に活動を開始したらしい。
現在は二十四歳であり、年齢を加味すると相当に優秀。日本の探索者協会において野里澄は期待の星だそうだ。
実はこの世界の探索者はダンジョンダイブに対して慎重で消極的。まぁそれも当たり前か。ここがゲーム的な世界だとしても、現実に違いはない。命を落とせばそれまでだ。コンテニューはないし、デスペナルティでのやり直しもない。死ねば終わり。
また、ゲームなら「HP 10/100」という状態でも、コマンドや操作へのレスポンスは変わらないし、キャラクターも全力で動くことができるだろう。でも、それが現実だったら、生命力が十分の一になるっていうのは、云わば危篤状態だ。まともに動けるわけがない。あと、生命力や体力が十分に残っていたとしても、足を骨折すれば走れないし、片腕が千切れたらまともに武器を振るうのも難しいだろう。
そんな現実としては当然の事情もあってか、ダンジョンの深層域はその大部分が未踏破のままとなっている。いや、もしかすると、いま深層と呼んでいる領域ですら、まだまだ表層に過ぎない可能性だってある。
探索者:野里澄の目的。
ダンジョンの最深部を目指す。
ただそれだけ。シンプルだ。
野里教官曰く、今の日本の探索者協会やこの学園のやり方は、安全にダイブし、一定の成果を継続するやり方。
勿論、コレはコレで秀逸なシステムだけれど、未知の領域へ辿り着くには心許ないやり方らしい。教官は『良い子ちゃん量産システム』なんて呼んでいた。自分だってそのシステムで育成されただろうに……
まぁあくまで教官が言ってることだけど、今のダンジョン学園で育成された探索者では、未知の領域はおろか、二十階層を超えることも難しく、レベルは【二〇】位で停滞してしまうとのこと。
ダンジョンによって造りや構成は勿論違うけれど、大規模ダンジョンの難易度は概ね世界共通らしく、世界規模での深層記録は公式には三十八階層。このダンジョンはアメリカ合衆国に存在し、記録を保持しているチームもアメリカ人たちだ。ちなみに第二位の記録は三十六階層。こっちは中国にあるダンジョンで中国人のチーム。大国同士が威信を掛けてバッチバチなのはこの世界でも同じみたい。
いまの日本の深層記録は二十六階層。格落ちな印象は否めない。
これには事情もある。日本は四つもの大規模ダンジョンを抱えており、これは国土規模を考えるとかなり多い。その為、整備や管理の負担が大きく、そういう側面もあってか、ダンジョン関連で人材を失わないように安定性や安全性を重視する傾向が強くなり、未知の領域へ踏み出すような踏破力のある探索者が育ちにくい環境だと言われている。
ダンジョンは階層が進むごとに広大になっていき、五階層の時点で東京都を超えるとも言われている。なので、比較的低階層と言われる十階層未満でも未踏破の部分は多いらしい。
そんなダンジョン事情の中、野里澄は自身の探索者としての停滞を覚悟の上で、学園の指導教官を受任した。
その目的は後進の指導なんかじゃない。青田買いだ。
自分と同じく、ダンジョンの深層部へ向かう気概のある者、その資質がある者を見極めて、勧誘するために指導教官となった。恐らくどこぞの組織のエージェント的な感じなのかな?
彼女は、目的のために必要とあらば、探索者協会や学園を欺いたり、違法行為だって厭わない。
正直に言うと、危険思想のヤバい人だ。何が教官をそうさせるのかは知らないけれど、狂信者的な雰囲気すら感じる。ダンジョン狂い。
でも、良くも悪くもその実務能力は高い。
この学園では、学生証によって生徒は監視されているけれど、教官は学園に知られず、密かにダンジョンダイブが出来るようにダミーの学生証まで用意してきた。ダミーと言ってもその機能は正規の物と同等だ。あと、僕の時間を作るために寮の部屋、組の配置にすら手を回した。
もしかすると、野里教官の背後には何らかの組織がついているのかも知れない。いや、もしかしたらとかじゃなくて、ほぼ間違いないだろう。流石に個人だけで出来る範囲を超えている。
学園の敷地内にダンジョンゲートは複数あるけれど、その全てが管理されている訳じゃない。
野良ゲートと呼ばれる未管理のゲートもかなりの数に上り、生徒や学園都市内の関係者が、知らずに野良ゲートを潜ってしまう事故も毎年数件は起きているそうだ。恐らく、学生証の監視は、そのような事故やダンジョン資源の違法発掘を防ぐ意味もあるんだろう。
教官あるいは背後の組織は、学園都市内にある、他者に見つかりにくい野良ゲートの場所を網羅しており、僕はその情報に基づいて、場所を日々変えながら違法ダイブを繰り返しているという訳だ。
何だかんだ言いつつ、僕も吹っ切れた。
こうやってダンジョンで活動していると、何となくダンジョンの深奥から喚ばれている気がするしね。教官が言っていた与太話も今なら信じられる。
野里教官もどこまで信用できるか分からないけれど……この学園でひっそりとプレイヤーキャラをやってやるさ。
……
…………
………………
「こうやって安定的な違法ダイブの段取りは出来ましたけど、次はどうするんですか?」
「次の目標はソロで三階層の踏破だ。レベル【四】くらいが妥当だと言われている。悪いが、これからA・B組のダンジョン内の野営訓練の科目が入っているから、しばらく私は来れん。三階層のマップや魔物のデータは、ダミー学生証の方に入ってあるマニュアルで確認しておけ。くれぐれも無理はするなよ。悪いが、早々に死なれるとコッチが大損害だからな。とりあえず、中等部一年の間にレベル【五】を目指すくらいで良い。コレはA・B組と同じ程度だ。差別化を計るのは中等部二年からとしよう」
この学園のやり方を批判する割には、野里教官の育成や指導も割と慎重派だ。まぁ僕にはその方が都合が良いけど。
「分かりました。……ところで、B組のヨウちゃんとサワくんは元気にしてますか?」
「B組、川神陽子と澤成樹か……確か同郷だったな。二人とも筋は良いし、ガッツもある。何よりダンジョンに対しての意欲が素晴らしい。B組在席で手を出せないのが惜しいくらいだ」
「……いや、こんなアンダーグラウンドな道に誘い込まないで下さいよ。あの二人は王道が似合うんですから。というか聞いた僕がバカでしたよ。そう言えば次の休みに会う約束だし……野里教官は変な性癖があるから近付くなって言っときますよ」
「ふん。大人しそうなツラして言うじゃないか。まぁお前は思ってたよりも活きが良いから、嬉しい誤算だったがなぁ〜」
そのニヤニヤを止めろって。
:-:-:-:-:-:-:-:-:-:
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます