奇妙な旅人・2

◇◇◇


「すみませんね。どこぞの馬の骨ともわからぬ私のような怪しい男が、こんなに可愛らしいお嬢さんたちのお住まいにお邪魔してしまって」


 傾き始めた陽がまばらに射し込む廃墟の広場で、シイハは起こしたばかりの火に砂をかけて弱めた。ぐらぐらと煮える鍋からは薄くスープの匂いが立ち昇り、そこに群がる少女たちの空腹を刺激する。


「はい、どうぞ。味は保証しませんが」


 ひと掬いのそれが注がれた椀を震える手で受け取りながら、先ほど奇襲を仕掛けた先導の少女──リラと名乗った──が赤い目を輝かせた。こうして近くでよく見ると、確かに不健康そうに痩せている。


「貴方は命の恩人だわ。行商人が最後に食べ物を売ってくれたのは、もう随分と前のことよ。何故か近頃はぱったりと訪れなくなって、皆困っていたの」

「恩人だなんて大袈裟ですよ」

「それにしても博識ね、旅人さん。貴方の言う通り、この辺りの砂礫の大地は草木の芽すら息吹かないし、野性の動物は生きていけない厳しい環境よ」


 リラはそっと口をつけて、感嘆したように「美味しい、」とこぼした。


「私たちは家族。血のつながらない姉妹も同然なの。死んだ妹たちにも、せめて一口食べさせてあげたかった……」


 震える手で椀を置き、深く頭を垂れる。ふわふわとした白い髪が、大粒の涙とともにはらりと地に落ちた。周囲の少女たちも、共鳴するようにふるふると小刻みに震えている。


「そいつは嬉しいやら悲しいやら、なんだか複雑です」


 割れた窓ガラスの外に視線を遣れば、荒廃した砂塵の大地と瓦礫の山が映る。


「だからこそ、こんな場所に旅人なんて珍しいわ。いったい、どこからきたの?」

「今は形すらもない、亡国から。色々と訳ありでしてね」

「そう。理由はきかないけれど、辛い想いをしたのね。目的地はあるの?」


 炎がパチパチと爆ぜる。


「世界の果て」

「世界の、果て?」


 リラが、反射的にシイハの言葉をなぞった。


「そこには、この世の誕生から終焉を見守る大樹があると。その御名みなを〝ユグドラシル〟。幹に触れた者の願いを、ひとつだけ叶えるのだそうです」


 よっ、と椀を持って立ち上がり、石壁の裏側に回ってみる。そこには襤褸を着た裸足の少女が、膝を抱えて座っていた。皆とお揃いの白い髪がぼさぼさと乱れ、痩せた身体は泥で汚れている。


「君はどうしたのかな。そんな所に縮こまっていたら、食べるものが無くなっちまいますよ」

「要らない」

「えっ」


 この極限に近い状況で食料を拒否されるとは思わず、シイハは面食らった。不味そうな匂いがするのかな、と椀の中身を確認してみる。そりゃあ、お湯で戻した干し肉と粘土のような薄いスープじゃ、お世辞にも美味そうには見えないが。


「……ああ、ユイ。またそんなところに隠れていたのね。ごめんなさい、この子はいつもこうなの」


 リラが困ったように眉を下げた。


「…………」


 シイハは、椀を少女の目の前の地面に置いて元の位置に戻る。そんな非常食でも好評だったらしく、鍋の中はすっかり空になっていた。


「夜の砂漠が危険なのは本当よ。私たちのことが信用できるのなら、ここで火を焚いて、朝まで休んでいくといいわ」

「ありがとうございます」

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