第4話 【強制終了】のホワイトアウト

「よし、見えてきたな」


 ブルーの言葉を聞いて目を向けると、もうすぐ都市に入るというところだった。遠目ながら先ほどイエローがひっくり返した偽パトカーの集団も見える。


「ん……なんだ? 様子が……」


 小僧、とブルーに呼び止められて立ち止まる。


「そうだ。そのまま力を抜け」


 ちゃんと力を抜けていたかどうかはまでは、わからなかったけど僕は言われるがままにするようにつとめた。


「よし、いいぞ。特に、足は楽にしておけよ」


 何なんだろうと思いつつ、また言われた通りにしていると急にぐらり、と僕の体はバランスを崩す。ブルーに足払いをされたのだとわかったのは一瞬遅れた後だった。


「ふええっ!」


 倒れることを覚悟してギュッと目を閉じる。しかし、僕の体は地面に落ちるどころか重力を無視するように浮遊する感覚に襲われた。


「さっさと目を開けろ」


「えっ……!」


 おそるおそる目を開くと、僕はブルーに抱きかかえられているのだとわかった。だが、しかし、これは……!


「お……お姫……」


「早く俺の首に手を回して軽量化につとめろ。残念ながら、姫と呼んでやれるほどお前の体重は軽くない」


「な……な!」


「俺はふざけていない。早くしろ。ドレッドたちが、危ないかもしれない」


「……!」


 僕はその強張った調子で発された一言によって、恥ずかしさをこらえることにした。両腕で輪を作るようにして彼の首の後ろに手を回す。ブルーの顔が、数センチ単位で近い。


「上出来だ」


 それだけ呟くと。彼は僕を抱えたまま走り出す。しかし、先ほど大柄な男から逃げた時のような加速はない。そのことを疑問に思って聞くと、


「俺の異能は特定の人物を対象として発動するものだ。対象から距離が離れすぎたり、対象が死んだ時点で能力によって付与した機能は失われる」


 という回答が返ってきた。『相手の嫌がること、怖がることができる』という強力な能力だが、それなりに制約はあるようだ。


「スピードを上げるぞ。決して腕を離すなよ」


 僕は足手まといにならないように、彼に顔を近づける恥ずかしさを我慢しながら、腕により一層力を込めた。




「これは……!」


 ブルーが僕を素早く下ろしてから、声を漏らす。僕たちは、とうとう先ほど大柄な男に連れ去られる直前の地点まで戻ってきた。


「イエロー! 攻撃が当たった様子は!」


「だめっ、こいつ、ぼくとあいしょう、わるい!」


「ぜぇ……はぁ……」


 ホワイトとイエローが声を掛け合っている。二人は見えない何かと戦っているようで、ドレッドは身をていして彼らをかばうように立ち回っていた。


「どうしたことだ、この状況は!」


「ブルー!」


 声を荒げるブルーの存在に気づいたホワイトは、すぐに彼に呼びかける。


「あなたは 坊っちゃまを守りなさい! おそらく敵は透明化能力者の本体! あなたのその……」


「……ホワイトッ!」


 ドレッドがホワイトを突き飛ばし、小さく土埃が舞い上がった方向に銃を向ける。しかし、その腕は──次の瞬間には根元から切り飛ばされていた。


「ドレッドさんッッッ!」


「刃物か!」


 体勢を崩したドレッドは、見えない何かに押し倒されるようにして転ぶ。そして今度は、その胸に透明な刃を突き立てられた。


「がッ……ゴボッ……」


「やめ、てよ……っ!」


 イエローがドレッドに馬乗りになっているであろう存在に向かって手をかざす。彼の念動力で何かしたのだろう。だが、やはり相手が透明なので攻撃が当たったかどうかもわからない。


 周囲をうかがうようにイエローが瞳を揺らしているうちに彼の胸からも血が噴き出した。


「いっ……ぎっ……」


「イエローくん……まで……」


「敵の能力は透明化。先ほどホワイトは俺に何か……」


 僕の隣にいるブルーは目の前の一大事に目もくれず、何やらブツブツ言っている。


「ブルーさん! しっかりして……」


「そうか! なるほどな!」


 すっかり気が動転していたのかと思っていたブルーが突如顔を上げ、眼鏡を外した。


「目当ての物だ! 受け取れッ!」


 彼はメジャーリーグのピッチャーのように勢いよく、それを投げる。その距離は決して短くは無かったはずだが、しっかりと──ホワイトにまで届く。キャッチャーは素早く眼鏡を受け取り、自らの顔にかけた。


Grazieグラーツィェ!」


 ブルーの眼鏡を身につけたホワイトが銃を何もない空間に向ける。それでも、その照準は僕たちには視認できない何かをしっかりと捉えていることを確信させた。


「ぐっ……ごっ!」


 弾が発射され、誰のものでもないはずのうめき声と血が漏れ出した。ホワイトには襲撃者の姿が見えている──そうとしか思えない振る舞いだった。


「どうして……」


「俺の眼鏡に『透明化能力を無視して姿が見えるようになる特性』を付与した。冷静に考えてみれば当然のことだ。透明化の能力者なんだ。


 いい気味だ、ブルーは口角を上げて笑う。


「俺の仲間を傷つけたバチが当たったんだろうよ! やってしまえ、ホワイトッ!」


「言われなくともッ!」


 彼にとっては、もう襲撃者の様子が手に取るようにわかるのだろう。続けざまにホワイトは襲撃者の動きに合わせるように銃を右に左に向け、その度に発砲した。


 だが、襲撃者は弾を受けながらも急所に当たることだけは何とか阻止しているようで、流れ出す血の動きから着々とホワイトとの距離を詰めていることがわかった。時々、手に持っているらしい刃物で弾丸をはじくような金属音も聞こえる。


 弾が切れたのだろうか。ホワイトが銃を投げ捨てた。そして──彼の目の前で襲撃者の血が落ちる。


「ほ、ホワイトさん!」


 それはきっと数秒にも満たない戦いだった。倒れたのはホワイト──ではなく、見えない襲撃者のほうだった。


「驚いた顔をしていますね。やはり、私の推測は正しかったようだ」


 襲撃者は、きっと地に伏しているのだろう。ホワイトは見下ろすように語りかける。良く見ると、彼は何も持っていないはずなのに先ほど銃を持っていた時と同じ、何かに指をかけるような手の形を作っていた。


「これはあなたが作ったオモチャです。最初、あなたが私たちのいる工場に仕向けていた『透明な刺客』が持っていた。ちょっと拝借したんですよ」


「えっ……!」


 僕は驚き、声を上げながら数十分前の出来事を思い出す。確かに、あの時現れた刺客を彼は尋問していたようだった。その時に奪った……ばかりなのにもう使いこなしている?


「先ほど偽の検問で止められ、銃撃戦になった際にこっそり二丁拳銃で練習させてもらったんですが、お気づきになられませんでしたか」


 まあ、無理もありませんね、とホワイトは続ける。


「あなたが透明にした物はのでしょう?」


 今度は襲撃者のほうが声を漏らしたのだろう。なっ、という言葉にならない声が一瞬聞こえた。


「もし、見えるなら自分の姿や武器だけでなく私たちの姿も透明にするはずです。そうしてしまえば、私たちチームは互いの姿を見失い、今よりずっと苦戦していたはずだ。ともすれば、同士討ちもありえました。なのにそれをしないということは『透明にするモノの数に制限がある』か、『透明にしたものは術者にも視認できない』などの制約があるはず。まあ、私が『透明な銃』を持っていることに気づかなかった時点で少なくとも後者は確定したわけですが」


 あなたはずっと私たちのことをうかがっていたのでしょう。高速移動の能力者を使い、戦力を分散させたタイミングで襲ってきたことから考えてもそれは明らか──。


「ホワイト」


 滔々とうとうと語られる説明をブルーがさえぎった。


「なんでしょう」


「話が長い」


「──すみません」


「イエローの様子を見に行くべきだ。アホドレッドは放っておけば再生するが、ヤツはそうはいくまい」


「そう、ですね」


 ホワイトは恥じるように目を伏せた。だが、彼が説明を──それも怒りを込めた声に乗せて──していたのも、きっと仲間を傷つけられたのが許せなかったからだろう。僕はそう解釈した。


 僕はイエローのもとに向かうブルーに並走しながら尋ねた。


「それにしても、異能力ナシで倒しちゃうなんて……でも危ない状況だったのにホワイトさんはどうして使わなかったんでしょう……?」


「ホワイトに異能力はない」


 ブルーの言葉に僕はまた目を見開いた。


「いや、厳密に言えばあるんだがな。全然戦闘に役立つ能力じゃないんだ」


 だが、それでも──とブルーは自らの仲間を誇るように続ける。


「ヤツの観察力と対応力はチーム一だ。異能持ちでもヤツの前では弱点を見抜かれ、大した見せ場もなく退場させられてしまう。ゆえに、ついたあだ名が──【強制終了】のホワイトアウト。俺でも、ヤツに勝てるかどうかはわからない」




 ブルーの言う通り、ドレッドのほうはすでに回復が始まっているらしく斬られた腕も治りかけているようだった。だが、イエローは……。


「いたい……いたい……」


 目は虚ろで、呼吸もわずかにうめき続ける。もうながくないことは僕のような素人から見ても明らかだった。


「イエローくん! イエローくんッ!」


 それでも、僕は彼に呼びかける。それをやめてしまったら、その時点で彼がいなくなってしまうような気がしたから。


「僕のことを好きだって言ってくれてありがとう! そう言ってくれたキミが死んだら僕は……!」


 ──突如、ひひひと不快な笑い声が僕の耳に届いた。


「そうか、死ぬんだな。おれも死ぬが、そいつも死ぬ! 良いことだ、めでたいことだなぁ!」


 声のしたほうを向くが、あるのは血だまりだけで誰の姿も見えない。おそらくはさっきまで戦っていた透明な襲撃者が言葉を発しているのだろう。かすれた声であおるかのようにイエローの不幸を喜んでいる。


「なんだって!」


「まぁ、そう怒るな小僧。むしろ、俺たちは感謝しなければならない」


「ええ、もっともありがたい祝辞しゅくじをいただけたのですから」


 ブルーとホワイトの二人は楽しそうに笑う。こんな時に何を……。


「ヤツは今、イエローが死ぬことを願っている。心底面白そうに。つまり、ヤツにとって今一番嫌なことは……」


「あっ」


「そういうことだ。少し待て」


 ブルーはイエローに向けて手をかざす。すると次第にイエローの胸の傷は回復し、呼吸も安定していった。


「まぁ、ある種の賭けでしたがね。仕事に感情を持ち込まないタイプの暗殺者なら、回復はきっと叶わなかったでしょう。助かりましたよ。あなたが自身の死を嘆くよりも、他人の死を喜ぶ外道で」


「ありがとう。お前のおかげで尊い命が救われた」


 ホワイトとブルーは透明な襲撃者がいるらしいほうに、してやったりといった笑顔を向ける。


「う、うう……うぅぅぅうう!」


 悔しさを噛みしめるような声が響いて、すぐに途切れた。きっと、彼のほうは力尽きたのだろう。


「……むふー、ふっかつ!」


 反対にイエローは、すっくと立ち上がり胸を張る。服の破れた箇所がなければ、どこを怪我していたのかさえわからない見事な回復ぶりだった。


「ありがとう、ときや」


 そうして、僕のほうに笑いかける。でも、どうして僕に……。


「お礼なら、ブルーさんに……」


「要るものか。俺はただ『嫌がらせ』をしただけだからな。礼ならイエローのことを呼んでやったお前か……」


「あー、ちくしょう! やられたぁ!」


「……たった今起き上がったアホが受け取るべきだろう。気に入らんが、俺が戻るまで戦線を持たせたことは確かだしな」


 そう言って完全に傷が治ったらしいドレッドのほうを指差した。


「ドレッドさんも! 良かった!」


「おう! 時也も無事で何よりだ!」


「何よりだ……じゃないんだが」


 ブルーが責めるような言葉と視線をドレッドに向ける。


「護衛メインのお前が、ぼうっとしていたから小僧がさらわれ、俺が追いに行くハメになったんだろうが。きちんと反省しろ」


「それは……その」


「ときや」


 ドレッドとブルーが言い争っているうちに、僕はイエローに抱きつかれた。


「い、いいいイエローくん⁉︎」


「ぼくのこと、よんでくれてうれしかった。だいすき!」


 彼は僕に頬ずりした。彼のほっぺたは、すごく柔らかくて何というかその……!


「こらこら、坊っちゃまが困っているではありませんか。そこまでにしておきなさい」


 ホワイトが助け船を出してくれたおかげで、頰を膨らましながらも彼は僕から離れてくれた。今さらだけど、イエローの距離感は何だかちょっと壊れている気がする。


「それでは出発しましょう。もたもたしていると、また追っ手が来るかもしれない」


「おう!」


「うん」


「了解だ」


「は、はい!」




「……って! また僕はこの位置ですかー!」


 僕は再び後部座席の下で横たえられる羽目になった。


「申し訳ありません。やはり、そこが一番安全な場所なので」


 運転席に座るホワイトの本当に申し訳なさそうな声が聞こえる。


「小僧、酔い止めならいつでもくれてやる。だがら、耐えろ」


 ブルーが半笑いで言った。この人、本当は弱い者いじめも好きなんじゃないかな!


「ぼくのからだも、いつでも、かしだす。ときやになら」


 イエローは相変わらず微笑みかけてくれる。でも、キミはなんかもう危ない! 色んな意味で!


「まぁ、我慢だな。我慢。そのうち慣れてくるって」


 ドレッドは……ドレッドは!


「死ぃ……ねえェェェェェェェェッッッ!」


 ──車が発進する。僕はどこに向かっているのか、そもそも誰に狙われているのか。その答えは、彼らとともに行動していれば知ることができるのかもしれない。


 まだわからないことだらけで、怖くてしょうがないけれど……彼らが一緒ならちょっぴりだけ、笑えるかもしれなかった。

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イケメン四人に守られてます……が! こういうのって普通女の子が守られるもんじゃないんですか! 僕、男なんですけど! 犬鳴つかさ @wanwano_shiba

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