九〇番目 002
先刻、突然襲ってきた異変の正体がスキルによるものだったと気づいたのは――今の私が、全く同じ状況に陥っていたからだ。
数秒前までクオンさんの隣にいたはずのモモくんが、消えた。
正確には、米粒くらいの大きさに見える位置まで離れてしまったのだ。
相手を吹き飛ばす能力、だろうか? それにしては、モモくんがあの位置まで飛んでいく過程が見えなかったけれど……。
「お前のスキルじゃ俺には勝てないよ」
声――モモくんの声だ。
またもや一瞬のうちに、彼は離れた場所からここへ戻ってきた……そして懐から取り出したナイフを構え、クオンさんに向けて振り下ろす。
「ちっ、【
だが、クオンさんは再びスキルを発動し――モモくんの姿は、私の視界の端に消えた。
目まぐるしく行われる攻防……これがスキルを使った戦い。正直、何が起きているのか私にはさっぱりわからない。
「相変わらず厄介な能力だ……ですが、今回ばかりは私に分があるようですね!」
クオンさんはそう言うと。
未だ地面に座ったままの私の頭を――強く掴んだ。
「いっ……」
「あなた、不死身なんですよねぇ? なら、少々手荒に扱いましょう! 【拡大拡張】!」
スキルを使われたのだと理解した時には。
私の身体は――空中に投げ出されていた。
「うそっ⁉」
地上から遥か遠く……不死身の私でも死んでもしまうのではないかと思わせる程の高所。
やっぱり、対象を吹き飛ばす能力なの? でも、衝撃を受けた感覚も何もなく、さながら瞬間移動みたいに空へと移動していたけれど……って、落ちる落ちる落ちる!
「っ~~~~~――――‼」
いくら不死身といっても、怖いものは怖いし痛いのは嫌なのだ。
声にならない叫び声をあげながら、私は自由落下をし――ていなかった。
「……あれ?」
いつの間にか、地上に戻ってきている……落下死してから生き返った? いや、だったら耐えがたい苦痛と吐き気がするはずだ。私は今、生き返ったわけじゃない。
……駄目だ、さっきからこのポンコツな頭じゃ理解できない現象が多発し過ぎて、パニックになりそう。
「やはり助けましたか、モモ!」
クオンさんが叫ぶ。
助けた? 空中に投げ出された私を助けたのは、モモくんってこと?
「【拡大縮小】‼」
上機嫌に笑う彼が、スキルを発動すると。
目の前に――モモくんが現れた。
パンッ
その乾いた音を、私は一度聞いたことがある……いつだったか、家に強盗が押し入った時、その犯人が私に向けて放った銃声。
でも、今回は私の身体に風穴は開いていなかった。
開いたのは――モモくんの胸にだった。
「……クソが」
そんな悪態をつきながら。
少女のように小さな身体が――地面に倒れる。
◇
「モ、モモくん……?」
地に伏した彼の周りに、真っ赤な血が流れ出していく――その光景が意味するのは、恐らく死。
彼は――死んでしまった。
あれ?
死ぬって、どういうことなんだっけ?
「……まさかここまで上手くいくとは思いませんでしたよ。ありがとうございます、レイ・スカーレット」
倒れたモモくんを見下しながら、クオンさんは私に向けて感謝の言葉を述べた……なぜ、この人は私にお礼を言っているの?
「ふふっ……私のスキル、【拡大縮小】は、ある二点間の空間を自在に広げたり縮めたりすることができるんです。例えば、私とモモの間の空間を広げれば彼を遠ざけることができ、地面とあなたの間の空間を広げれば、遥か上空に移動させることができるんですよ」
モモくんを殺した彼は、とても上機嫌に饒舌に、勝利の余韻を噛みしめているようだ。頼んでもいないのに、ぺらぺらと自分の能力のことを語り出した。
そんなこと、私は聞きたくないのに。
「そしてモモのスキル……あれはとても厄介でした。ほとんど最強の能力と言ってもいい……彼はね、時間を消すことができたんですよ」
時間を消す?
「私がスキルを発動したとしても、彼はその発動した瞬間をなかったことにできる。いくら彼との空間を広げようとも、その事実を消すことができるんですから、これはもう対処のしようがありません」
そうなんだ。モモくん、すごいスキルを持ってたんだね。
「ですが、強大な力には弱点もある。危険を承知で何度も戦うことで、知ることができましたよ……彼がスキルを発動するには、三秒のクールタイムが必要という弱点をね」
三秒のクールタイム……ほとんど、あってないような弱点だ。
「スキルを使わせてから三秒……その間に彼を殺すことは、非常に難しい。スキルなどなくとも、モモは充分に最強の殺し屋ですから。それに、今までの彼は自分の弱点をしっかりカバーするように戦っていた」
モモくん、能力がなくても強いんだ。女の子みたいなのに、かっこいい。
「そこであなたの出番だったんですよ、レイ・スカーレット。モモは、自分が守ると決めた相手に危険が及ぶことを是としない。だからこそ、私があなたにスキルを使った時間を消したんです。その時間を消せば、あなたが落下するという結果もなくなりますから」
そっか……私のために、スキルを使ってくれたんだね。
「お陰で、三秒のクールタイムが生まれました。人を助けるために止む無くスキルを使った、隙だらけの三秒がね……あとはモモと私の空間を縮め、間合いに入った彼を撃ち抜くだけでした」
そろそろ黙ってほしい。
私はこれ以上、あなたの話を聞きたくない。
「本当にありがとう、レイ・スカーレット! あなたのお陰で、あなたがモモの守るべき相手だったお陰で、彼を殺すことができた! 不死身のあなたのことなんて放っておけばよかったのに、あの甘ちゃんにはそれができなかった! ああ、今日はなんていい日なんでしょう!」
クオンさんはその場で踊り出しそうな勢いで、全身を使って喜びを表現する。
「……」
モモくん。
私の所為で、彼は死んでしまった。
「あれ……」
人が死ぬことなんて、何とも思わないはずなのに。
私の頬に――何かが伝っていた。
「さあ、この喜びを忘れぬうちに、もう一つの用事も済ませてしまいましょう! 恩人であるあなたを攫うのは申し訳ないですが、これも仕事ですからね!」
言って、クオンさんはもう一つの用事――私を「変革の魔法使い」に引き渡す仕事を済ませようと、こちらに近づいてくる。
「……」
モモくん。
モモくん。
モモくん。
どうして――人は死んでしまうの?
「余裕ぶっこいてギャアギャア騒ぐところが、お前の弱点だよ。昔から教えてやってただろうが」
ストンと。
私の目の前に――クオンさんの頭部が落下する。
噴水みたいに溢れる血液が降り注ぎ、私の真っ赤なワンピースをさらに赤く染めていく。
「……」
「なに驚いた顔してんだよ。お前だって、死んでも死なねえ不死身だろうが」
そう言って。
モモくんは、いつも通りの意地悪な笑みを浮かべたのだった。
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