理由 002



 例の教会を後にした私たちは、一路隠れ家を目指して歩いていた。山を下りるのにはまだまだ時間がかかりそうだし、辺りは薄暗く陰ってきたが、モモくんといると不思議と不安はない。



「足元気を付けろよ……まあ、怪我してもすぐ治るんだろうがな」



「うん、ありがと」



 随所に気遣いを見せつつも、それを素直に表せないところは実に彼らしかった。その不器用な優しさは、私に信頼を持たせるには充分過ぎる。


 なにせ、十七年間誰からも優しくされていなかった女なのだ……我ながらちょろい。



「このペースだと、まだ二時間はかかるな。もっと早く歩けねえのか」



「ご、ごめん。でも、結構限界というか……」



「……けっ。まあ倒れられても面倒だし、ここは大目に見といてやる。ただ、明日から毎日体力トレーニングしてもらうからな」



「え、どうして?」



「俺らと一緒に行動するなら、それなりに動けてもらわなくちゃ困るんだ。あんた不死身だろ? 死ぬ気で毎日走ってりゃ、意外とすぐ体力つくんじゃないか」



 きっと意地悪く笑っているであろう彼の背中を睨みながら、私はマイペースに山道を下る。まあ確かに、運動ができない所為で足手まといになった日には目も当てられないし、自分の身を自分で守るという意味でも、走り込みくらいはした方がいいかもしれない。


 ほんとは死ぬ程嫌だけど。



「……モモくん、いっつもこんな山奥まで一人で来てるの? 歩きで?」



「走ってな」



「どっちでもいいけど……もう少し街に近いところにした方がいいんじゃない? その方が、私もこれから通いやすくなるし」



 彼らを匿うという理由があるにしても、ここまで便の悪い場所にする必要はないと思う。それこそ、街の外れには人の寄り付かない森だってあるし……定期的にこの山まで来るのは骨が折れそうだ。



「無理だ。いろいろあるんだよ」



 私の提案を、しかし彼は即座に却下する。


 まあ、モモくんだって好き好んであの教会を選んだわけではないのだろう。私には話せない事情だってある。


 優しくしてもらってはいるが、どこまでいってもレイ・スカーレットは部外者なのだ。知るべきことと知らなくていいことの線引きは、明確になされているらしい。



「じゃあせめて、私が荷物を運ぶ時は馬車を使ってもいい?」



「ダメだ。そう何度も使ったら、あそこに何かがあるのがバレるだろうが」



「バレるって、誰にバレるのよ」



「それは言えない。察しろよ」



「そうだよね……」



 うん、わかってはいるけれど、素気ない態度を取られると悲しいものがある……そんな私を見て、彼はケタケタと笑っていた。いじめっ子気質だ。



「まあ、あんたにはヤジのことで迷惑をかけたから、少しは教えてやってもいい……いや、それで言うと五分五分か。今回のあいつはあんたを狙ってたからな」



「ヤジさん……一つ前の隠れ家を滅茶苦茶にした人だよね」



「ああ。あいつに聞いたと思うが、アッパーとダウナーは相容れねえんだ」



 百人の子どもにスキルを与えたナンバーズ計画……その五〇番目までの被験者をダウナーと呼び、それ以降をアッパーと呼ぶらしい。


 ヤジさんは、ダウナーであるニトイくんやマナカさんのことを試作品と言っていた。自分たちアッパーは、試作品に比べて圧倒的に格が違うと。


 事実、彼はいとも簡単に二人を捻じ伏せていたし……同じ研究の被害者同士なのに、互いにいがみ合うのを見ると遣る瀬無い気持ちになる、部外者ながら。



「アッパーの中には、ダウナーの存在自体を許せねえって過激な考えの奴もいる。そいつらに見つからないよう、できる手を打ってるんだよ」



 モモくんは少しだけ、理由を教えてくれた。


 山奥の崩れた協会に彼らを匿うのも、マナカさんにもらったという結界魔法の施されたお札を貼っているのも、そうした人たちにから仲間を守るため。


 ……やっぱり、彼は良い人だ。そんなことを言えば、悪態をついて否定するだろうか。


 しかし、一連の話を聞いた私にはある疑問が残った。答えてもらえるとは思わないが、モヤモヤするので訊いてしまおうか……こういうところが、デリカシーない。



「ねえ、モモくん」



「何だよ。これ以上は喋らねえぞ」



「モモくんって、ナンバーズ計画の百番目なんだよね? だったら、えっと、その……」



「自分から質問しといて気まずくなってんじゃねえ」



 彼は呆れながら小石を蹴り飛ばした。私の言いたいことを察し、不機嫌になってしまったのかもしれない。



「……確かに、俺はアッパー側の人間だ。本質的には、ヤジと変わらない」



 モモくんはこちらを振り返ることなく言った。


 五一番目以降の被験者――当然、最後のナンバーであるところのモモくんも、そちら側の人間のはずである。



「俺とイチは、違うんだ」



 彼は歩くペースを落とすことなく、普段の会話のように続けたが。


 ほんのちょっと、俯いているようにも見えた。



「『最初に作られた異能には倫理がなく、最後に作られた異能には希望がない』……俺が言葉を覚え始めた頃に、ナンバーズ計画を取り仕切っているとかいう奴に聞かされたよ」



「希望が、ない……」



「ま、俺とイチは特別ってことだ。ダウナーでもアッパーでもない、異質な立場なのさ」



 モモくんはニヒルに言うと、早足になって先を急ぐ。


 異質というのは、つまり通常とは異なっているということ。


 不死身な私と彼らは――やっぱり、同じだった。


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