イチとモモ



「あ、気がついた? 結構時間かかったね」



 意識が覚醒した私の目の前に、吸い込まれるような銀色の瞳が映り込む。


 ……どうやら、私はまたイチさんに殺されたらしい。吐き気と頭痛の感じからして、相当丁寧に身体を壊してくれたようだ。ただ気遣いからかはわからないが、身につけているドレスには目立った損傷は一か所しかない。


 左の胸部――ここを貫かれたことで、私は殺されたのだろう。



「すぐに生き返ったら困るから、頭を潰しながらここまで運んだんだ。元の可愛い顔に戻って良かった」



 さらっと怖いことを言う彼は、嬉しそうに私の顔を眺めている……なんだろう、普通に恥ずかしい。


 暗がりの中てもわかる端正な顔立ちだったけれど、こうして明るい場所で見るとそのイケメン具合が一層引き立つ……ん?


 あれ、そう言えばここはどこだろう?


 上半身を起こしてぐるっと周囲を見回したが、どうやら古い木造の家であるということしかわからなかった。つまり何もわからないということだ。


 私は机の上に寝かされていたらしい……よく見れば、一部屋しかないこの家にはベッドをはじめとした家具類がほとんどなかった。あるのはこの机と二脚の椅子、大きめのタンスが一つに、寂れた台所と床に毛布が数枚。


 とてもじゃないが快適な暮らしを送れる家ではない……建付けの悪い壁から、隙間風が吹いてくる。




「ほんとに生き返りやがったのか」




 ふと、聞き馴染のない声がする方へ目をやると――外に通じる扉の奥に、十二、三歳くらいの女の子が立っていた。


 女の子は腕を組み、私のことを睨みつけてくる……どうやら、あまり歓迎されている雰囲気ではないらしい。



「言ったろ、モモ。この子は不死身なんだ」



「ふん。どうやら嘘じゃないみたいだな……わかった、お説教はなしだ」



「やったー!」



「はしゃぐんじゃねえ、家が壊れる……イチ、表で水汲んできてくれるか? 百リットルくらい」



「そんなに飲んだらお腹壊すよ、モモ」



「席外せって意味だよ。早く行け」



 モモと呼ばれた少女に促され、イチさんは慌てて外へ出ていった。随分とまあ、高圧的な態度を取る子どもである。


 それに相手は、私を二回も殺した殺し屋だ……とてもじゃないが、舐めた口をきけない。



「あんた、レイ・スカーレットで間違いないな」



 少女が私に話しかけてくる。

 改めて見ると、イチさんに負けず劣らず整った顔をしている子だ。


 全てを塗りつぶしそうな程黒く大きな瞳に、陶器のように白い肌。髪は女の子にしては短いけれど、艶のある綺麗な黒髪をしている。ダボッとしたパーカーを羽織る姿はともすればだらしなく見えるが、彼女はそのスタイルが決まっているようだ。全体を通して、まるでお人形さんのような印象を受ける。



「……おい、聞いてんのか」



「え? ああ、うん。そうだよ。私はレイ・スカーレット」



「……ったく。。イチと一緒に、殺し屋をやってる……つっても、現場にはほとんど出ないんだけどな」



 ……ん?


 あれ、おかしいな……今何か、彼女が殺し屋一味っていう情報より衝撃的な言葉が聞こえたような……。



「なに人の顔じろじろ見てんだ。見世物じゃねえぞ」



「……モモちゃんって、男の子なの?」



「どう見ても男だろうが……つーかちゃん付けしてんじゃねえ。こう見えても、あんたと一つしか違わねえんだからよ」



「一つしかって……十六歳ってこと⁉」



 この子――モモくんが、十六歳の男の子?


 いや、見えない見えない。



「まあ、この見た目じゃガキに見えるのはしょうがないけどな……で、レイ・スカーレット。もうわかってると思うが、俺とイチは今回あんたを殺すよう依頼を受けた」



「……ちょっとまだ目の前の事実を消化しきれてないけど、うん、わかった。モモくんとイチさんは殺し屋で、誰かに依頼されて私の命を狙ってるってことだよね?」



「くん付けしてんじゃねえ……まあ、その理解で概ね正しい。より正確を期すなら、俺たちのグループに依頼がきて、イチが担当になったんだけどな」



「グループ? 殺し屋の組織みたいなものがあるの?」



「組織じゃねえ」



 モモくんは強めの語気で組織と言う表現を否定する。そこには、彼なりの信念があるようだ。



「俺たちは『カンパニー』っていう名で、裏社会で人殺しを請け負ってる……ただまあ、今回の仕事は失敗だな。不死身の令嬢相手じゃ、殺し屋は何もできない」



「……ごめんね。私が死ねない所為で、二人に迷惑かけちゃって」



「ああ? 何わけわかんねえこと言ってんだ、あんた」



 確かに、我ながらわけがわからなかった。


 ただ、何となくイチさんとモモくんの二人が悪い人には見えなくて、彼らの邪魔をしてしまったことが申し訳なく思えたのだ。



「……ちなみに、私を殺すよう依頼したのが誰かって、教えてくれるものなの?」



 正直、それがとても気になっていた……私みたいな何の取り柄もない凡庸な一般人を殺したところで、メリットなんてあるはずないのに。


 強いて言えばお父さんの事業に影響が出るだろうか……? いや、あの人は私のことなんて気にしていないし、ほとんど意味をなさないだろう。



「まあ、イチが気に入ったみたいだし、本来あんたは死んでるはずだからな……教えてやる。ただし、他人に吹聴しないでくれよ」



「あの人が私を殺そうとしましたって? 言わない言わない。そもそも、言って信じてくれる相手もいないしね」



「それはそれでどうかと思うけどな……あんたの殺人を依頼したのは、ここらじゃちょっとした有名人だよ」



 そう前置きして。


 モモくんは――つい数時間前まで私が恋しようとしていた、元婚約者の名前を告げたのだった。


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