百花

山広 悠

第1話

「やべ、可愛い……」


いつものだるい通学途中の電車の中から何気なく窓の外を見ていた陽希(はるき)は、あるビルの屋上にでっかい看板があるのに気が付いた。


そのでっかい看板には、陽希の超タイプの女の子がこれまたでっかく描かれていたのだ。

名前は……。

慌てて目を凝らしたが、確認できる前に無情にも電車は看板の前を通り過ぎて行ってしまった。


まあ、いいや。帰りに確認しよう。

そうひとり呟くと、陽希はドアにもたれかかったまま目を閉じた。



あれ、この辺だったような……。

帰宅途中、電車の中から今朝見たあの看板を探した陽希だったが、いくら探しても見つからなかった。

せめて名前だけでも分かればネットで検索できるのに……。


その後、一週間ほど毎日毎日車窓から外をガン見していたが、やはり看板は見当たらなかった。


最初に名前を確認しそびれたことが心底悔やまれる。

分からないと尚更知りたくなるもの。

とうとう週末に近所の図書館で調べてみることにした。


土曜日。

陽希は昼食を済ませると、図書館に向かって出発した。

図書館は自転車で10分くらいの所にある。

途中、大きな公園があり、通常なら遠回りをしなければならないが、公園の中を突っ切るとかなり時間も距離も短縮できる。

陽希は公園の中に自転車を乗り入れた。


噴水の周辺に来た時、見覚えのある姿が目に入った。

あ、あれは!

間違いない。あの看板の娘だ!

噴水近くのベンチに腰掛けて本を読んでいる。

千載一遇のチャンス!

プライベートだろうから邪魔をしては悪いかな、と思いつつも、これを逃すと二度と会えないかもしれないと考え直した陽希は、意を決してその娘に声をかけた。

文字通り心臓が口から飛び出しそうになる。


「す、すみません! お、俺、メチャメチャファンなんです。名前を教えてください!」

最初陽希を怪訝そうに見ていた女の子だったが、陽希のセリフにプッと吹き出した。

「ファンなのに名前も知らないんですね。普通はサインか握手を、って言うところですよ」

そう言われた陽希は、自分の発言を思い返して真っ赤になった。


「私の名前は桜木(さくらぎ)百花(ももか)。これからも応援してくださいね」

百花はニッコリと微笑むと、手を差し出してきた。


「桜木、百花さん……。あ、ありがとうございます! ずっと応援します!」

差し出された手を握り返した陽希は、大声でお礼を言うと自転車に飛び乗った。


「推しと握手ができたので一生手を洗わない!」なんて言っている奴を見ると、

「けっ」とバカにしていた陽希だったが、今ならそいつの気持ちがよく分かる。

「俺も絶対洗わないぞ」

そう決心して帰宅した。


だが、その思いは儚くもコロナに打ち砕かれた。

帰宅早々、鬼の形相をした母親に強制洗浄されてしまったのだ。

まあ、いいや。

少し凹んだものの、まだ握手をした感触はしっかりと残っている。


いや~、それにしても可愛かったな。実物は写真より何倍も可愛かった。

そうだ。早速インスタをフォローしよう。

グッズなんかもあるのかな?

いや、その前にまずはプロフィールをチェックしよう。


推し活、楽しいじゃん。俄然やる気が出てきたぞ。


陽希はスマホを取り出して、桜木百花を検索した。


えっ。


桜木百花は20年以上前に既に亡くなっていた。


                                 【了】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

百花 山広 悠 @hashiruhito96

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ