彼女特製週末の目覚ましブランチのドリア

郷野すみれ

ドリア

 私たちカップルは付き合ってから数年が経ち、将来を見据えて同棲し始めた。

 同棲を始める上で色々話し合った結果、主な家事の、料理は私、洗濯は拓実がやることになった。適材適所だ。


 同棲してからも、付き合った当初と変わらず甘い言葉を吐き続ける拓実たくみは、朝に弱い。特に週末なんて、なかなか起きてこない。

 拓実は寝ぼけていても「美玲みれいちゃん……好き……」などと呟いている。私が言うことではないかもしれないけれど、どれだけ好きなのだろう?


 日が昇りきった週末。さすがに午後になったので私は拓実を起こしにかかる。


「ほら、拓実。起きて!」

「うーん……」


 布団の上からゆさゆさ揺さぶっても、目をギュッと閉じてごろんと寝返りを打って別の方向を向いてしまう。こうなった拓実は起きないので、私は早々に諦める。あまりしつこくすると、私ごと布団に囚われてしまうからだ。実際に……あった。


「起きたらお願いを一つなんでも聞いてあげるよ」という言葉も効き目はあるが、拓実に起きてこないという非があるのに、どうして私が身を挺さなければいけないのかわからないのでやらない。違う時に使ったことがあるのだが、その後どうなったかは思い出さないのが吉だ。


 さて、作戦を変更して匂いでおびき寄せることにする。

 私も拓実も好きな、チーズの匂いで起こすことにする。そうと決まればドリアを調理だ。


 私は、家の冷凍庫内にある、冷凍してあった一口大ベーコンとほうれん草を、バターを溶かしておいたフライパンに入れる。ホワイトソースを一から作ってもいいけれど面倒くさいので、文明の利器に頼ることにする。ベーコンとほうれん草を炒めて解凍が終わった頃に、ホワイトソースの素のルーと牛乳を入れて煮詰める。


 炊飯器の予約炊飯で炊いてあったご飯を、二人分の大きめなグラタン皿に盛って、軽くコンソメをふりかけて混ぜる。ご飯の完成だ。


 弱火で火にかけていた作りかけのホワイトソースに、ふつふつと泡が出てきたのでスパチュラでかき混ぜる。いつだったか、誕生日でも記念日でもなんでもない日に、拓実が使いやすいスパチュラを買ってきてくれたのだ。正式名称を知らずに「ゴムベラ」と呼んでいた拓実が。


 いい感じにとろみがついたので、先程のご飯の上にホワイトソースをかける。チーズで色が隠れてしまうのが勿体無いが、彩り豊かな気がする。

 そして、その上にチーズを振りかけて敷き詰める。まだ食べていないのに、これからのことを想像するとよだれが出てきそうだ。


 あとはオーブンに入れて焼くだけだ。ついでにその間に飲み物も用意する。


 オーブンからチーズの少し焦げた匂いが漂う。私は腰をかがめてオーブンを眺める。焼いているドリアは、グツグツとホワイトソースとチーズが温められて盛り上がっている。

 チン! という軽やかな音が焼けたことを知らせる。焦げ目もついて好みな感じに焼き上がったので、ミトンを手にはめて慎重に取り出す。


 お盆に飲み物と一緒に乗せる。いつもはダイニングで食べているけれど、わざと、拓実が寝ている寝室兼リビングに持っていく。


「ほらー。拓実の好きなドリアだよ。チーズもいい具合に焼き上がって焦げと伸びが共存してそう。いい香り! 嗅ぐ? 残念、そこからだとわからないかな。食べないの? 『彼女特製週末の目覚ましブランチのドリア』だよ。ほら、私待てないから熱々のうちに食べちゃうよ。いただきまーす!」


 もぞもぞと動き始めている拓実を無視してスプーンを入れる。サクッと、焼けたチーズを破るいい音を立てて、スプーンが沈んでいく。

 ホワイトソースを通り抜け、コンソメご飯の下までいく。かつっとグラタン皿の底まで行ったので、スプーンをすくい上げる。

 そのまま口に入れると、コンソメご飯と、あつあつとろとろのホワイトソース、そしてチーズが口の中で重なり合い、ハーモニーを奏でている。


「う〜ん、おいしい!」


 私は、はふはふと口の中で冷ましながらドリアを味わう。ほうれん草のわずかな苦味とベーコンの塩気もいい味を出している。


 何やら眼鏡もかけずにフラフラと歩いてくる人が視界の端に映ったような気がするが、きっと気のせいだろう。

 もう一口、とスプーンですくって食べようとしたら手首を掴まれた。


「わあっ!」


 犯人は拓実だ。そのまま自分の口に持っていって食べてしまう。


「あつっ。うん、美味しい」

「ちょっと! 何するの! ほら、起きたんだったら自分でスプーン持ってきて食べてよ」

「やだ。食べさせて」


 私たちは見つめ合う。いや、私の心境的には睨み合っている。


「そんな顔もかわいいね」


 絆されそうになる。危ない。私はむくれたままそっぽを向く。


「残念だな、口の端とかにホワイトソースが付いてたら、おはようのキス代わりに舐めて取ってあげたのに」

「食べんの、食べないの⁈」


 私はスプーンを振り上げて目を吊り上げる。


「食べるよ。作ってくれてありがとう。スプーン取ってくるね」


 拓実は、私の頭をぽんぽんと撫でて台所に向かった。私は思わず首をすくめる。不意打ちは未だ慣れない。

 ……あと一口くらい食べさせてあげてもよかった。


「お皿は後で俺が洗うね」

「チーズとか取りにくいから、水に漬けてから洗うといいよ」


 少しむすっとしたままドリアを口に運んでそう言った私を見て、拓実は忍び笑いを漏らした。

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彼女特製週末の目覚ましブランチのドリア 郷野すみれ @satono_sumire

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