第5話 ロリババア
ロリババア――
俗に言うネットスラングの一種。いわゆる見た目は完全に可愛い系であるが、年齢が少し高めの女性を指すらしい。
と。
いうより。
日本は高齢者社会に既に突入。現時点で65歳以上のシニアが全人口の30%を占めるのだから、これからこのようなジャンルはもっと流行るに違いない。だって、アイドルだって30歳以上がいる時代だよ。若い子だけをもてはやす文化そのものがナンセンス。そんなロリコン文化は日本だけ。世界では、円熟を増した女性ほど魅力的に映り、映画やドラマの主演を飾るのはいつだってアラサー、アラフォーの女性。本来それが正しい世界の在り方ではないのか。
こんな、自分のなかでつくりだしたAさん、Bさんを討論させながら、ひとり、うんうん頷き満員電車に揺られている。なぜ、こんなフレーズをスマホで検索してしまったかといえば……。
「なあなあ、飛田さんって可愛くない?」
飛田さんがうちの会社の幹部に就任してからというものの、この話題で持ち切りだからだ。
当然、色々な意見が交わされる。特に男しかいないような職場では尚の事。上司は分別をわきまえて下世話な会話に加わろうとはしないが、止めようとはしない。黙って彼女のあれこれを詮索するのを認める。
つまり、黙認。
以上、終了だ。
「飛田さんは独身らしい」
ぶっと、飲みかけのコーヒーを噴き出す。
ちょっと、待てよ。飛田さんが就任してから、わずか1週間でもうそんな情報が下々まで届いているのかよ。
「彼氏もいないらしい」
そう得意気に話すのは10歳上の先輩だ。ちなみに、俺が言うのもなんだが仕事は出来ない。わざとしか思えない程、ゆっくり仕事をすすめて、必要最低限のことしかやらないもんだから、いつもしわ寄せがこちらまでくる。そして、言動も適当。この話も眉唾ものだ。
ストーカーじゃあるまいし、そんなプライベートなことまで知れ渡るものなの?
いずれにしても、今、一番の関心事は彼女であることは間違いない。しかし、今までも上層部が変わることはあったが、ここまで皆が関心を寄せてしまうことはなかった。
幹部のことは雲の上の出来事で、どこか他人事。口には出さずともそう考えている社員は多い。では、なぜこうも飛田さんが皆を夢中にさせているのか。
それは――これだ。
「今日もいい天気ですね。今日、通りすがりに桜の木が綺麗に咲いてました。綺麗な桜を眺めていると、一日がとても良い日になりそうな気がするから不思議ですね。皆さんの癒しはなんですか? わたしは毎日のちょっとしたことに幸せを感じることが趣味でもあります。それでは、今日も頑張りましょう」
これは彼女が発信するデイリーニュース。通称「DOK(デイリーオブカヤ)」。
つまり、彼女のプライベート日記のようなものを業務日誌として、社内のイントラに掲示しているのだ。このDOKには特にこれといった業務指示はない。今月の売上はどうだとか、あと幾ら足りないとか、この作業の改善が図られて生産性が向上したとか、そんな無粋な話題もない。
業務日誌のようで、業務の「ぎ」の字もない。単なる彼女のつぶやきに近いものをデイリーで発信しているのだ。
最初は、この試みに皆が困惑した。うちの部長ときたら、何かのメタファーかもと本気で謎を読み解こうと躍起になったもんだ。とかく、上層部が刷新されるということは、社内の人事も上に倣えで真新しくされる。当然、抜擢人事とも呼ばれる若手の台頭がでてくるので、既存の課長、部長は気が気じゃないのだ。
そのため、DOKの発信当初は中間管理職を中心に、彼女の顔色を窺おうと様々な動きがみられたが、いつしかその動きは鎮火した。
だって、このDOKにはそんな意味も意図もないとわかったからだ。
彼女が就任してからそんな人事は何もなかった。また、これといった新しい動きもなかった。俺にはどんな意味があるかわからなかったが、このニュースは次第に社内全体に好意的に捉えられるようになった。
密かに、というか半ば公然と、DOKを楽しみにする者が現れ始めた。
当然、この俺も。
つまり――飛田香耶さんのファンクラブのようなものができ始めたのだ。
「こんにちは。今日のお昼はコンビニのサンドイッチです。皆さん、ご存知ですか?サンドイッチの名前の由来を。この呼び名の発祥は18世紀に実在したイギリスの「サンドイッチ伯爵」ことジョン・モンタギューからきているそうです。忙しい伯爵がカードゲームをしながら食事をしようと考案した結果、二枚のパンを挟んで、作業をしながら食べやすく発明されたと言われています。でも、カードゲームって伯爵は本当に忙しかったんですかね(笑)。わたしは今日も報告書とにらめっこです。手が汚れないからサンドイッチは重宝しています。それでは、今日もがんばりましょう」
たまに、彼女のオフショットのような画像も添えられている。こんな何気ない彼女のプライベートに、
「今日のDOKみた?」
と話題に上がるが、同時にナイショのネット掲示板では――
冒頭の「今日のロリババアも最高!」というフレーズもちらほら出てきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます