第7話 少女vs.王太子
アレキサンダーの耳にも、甲高い声は聞こえてきた。言葉遣いは丁寧とは言い難く、話す内容に子供らしさの欠片もなかった。昨日からの態度は無礼極まりなく、不敬だと切り捨てるには十分だった。だが、たかが子供だ。不敬を問うような大人げない真似もためらわれた。
昨夜、父からは、少女の持つ情報が有益かどうかを見定めるまでは、アレキサンダーが身柄を預かるようにと命じられた。
「町を閉鎖するように伝えている。君の言うとおりなら、数日で病人たちの様子に違いが出るだろう。早馬が戻るまでまったらどうだ」
振り返った少女が、大きく息を吸い込んだ。
「何ということを。馬の蹄に土がつくわ!乗り手が感染していたらどうするの。国の中枢に疫病を持ち込むことになるわよ!」
少女の叫びに、アレキサンダーは怒りを覚えた。子供相手だが、無礼極まりない相手の態度に腹が立った。
ロバートが一歩踏み出し、自分と少女の間に割って入った。少女は、ロバートの影になり、完全に見えなくなった。ロバートも、父からの命令を知っている。ここで、子供相手に腹を立て、父の命に背いてはいけない。
「町の閉鎖方法くらいは、判っている。馬鹿にするな」
アレキサンダーの口を突いて出たのは、自らが意図していたより情けない言葉だった。
「でしたら、具体的に説明していただけますか」
ロバートの影から出てきた少女は、腕組みして仁王立ちになった。冷静だが詰問調の口調は無礼極まりない。人の上に立つことに慣れた威厳すらある。粗末な身なりと、その身長さえなければ、立派なものだ。
アレキサンダーの視線を受けても動じない。妻である王太子妃グレースの名を冠した孤児院は、子供相手に何を教えているのか、後で確かめなければならない。
少女に怒りを一瞬で収められては、子供相手に大人であるアレキサンダーが怒るわけにもいかない。
アレキサンダーは昨夜、父アルフレッドと発した命令の内容を少女に伝えた。
アレキサンダーの話の間、少女は一切口を挟まなかった。値踏みするような視線で話を聞いている。
「それは行政側の町の閉鎖ですね。人と物を遮断するには、あなたのおっしゃる通りです。大きな声を出して、すみませんでした。お詫びします」
少女の口調が少し柔らかくなった。
「いや、かまわぬ」
少女に素直に謝られては、アレキサンダーはその謝罪を受け入れざるを得ない。
「これから私が申し上げたいのが、閉鎖された町の中、感染者数を抑制し、被害を最小化するための方策です」
少女の話は、朝食の支度が出来たことが告げられ中断となった。
アレキサンダーの朝食には、少女も同席させた。襤褸同然だった服から、まともな服に着替えさせられ椅子にちょこんと座っていた。
食事中、少女の手が止まった
「このまま何日待てば、何の情報が手に入る予定ですか」
食事中にふさわしくない話題だ。だが、この奇抜な孤児の娘に食事にふさわしい話題など求めても無駄だということくらい、アレキサンダーにもわかってきた。
「君の言った、沸騰したお湯に塩と砂糖を少々加えた液体を飲ませたら、病人がどうかわるか、の報告だ。ただ、早馬でも町まで片道数日かかる。往復の移動だけで1週間と見積もってもらえばいい」
少女が考え込んだ。
「だいたいの濃度も先方に伝える必要はありますね。他にも付け加えたい情報があります。あちらに医師はいますか?出来れば医師から提供してもらいたい情報もあります」
少女の態度は、先ほどの激高に比べればましだが、無礼なことには変わりない。孤児が医師を相手に情報を提供しろなど、立場をわきまえていない。食事中にふさわしいとは言えない話題を口にするなど、作法を完全に無視している。だが、躾もされていないだろう孤児院育ちにしては、カトラリーを扱う手つきに大きな問題はなかった。
「わかった」
アレキサンダーも応じた。国を護るため、少女の持つ情報が有益かを確かめる必要がある。少女の不敬にはあえて目をつぶることにした。礼儀も作法も教わる機会のない孤児だ。所詮、子供だ。役に立つならそれでよい。役立たぬなら追い返せばいい。
「食後はお茶の時間ですので、その時にお話をされたらよろしいでしょう」
ロバートの発言で、朝食はあるべき姿に戻った。
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