第2話 少女と王太子夫妻

王太子は、紅茶を飲む仕草も優雅だった。

「子供の言うことではないね」

少女は反論しなかった。


「国王陛下に申し上げるのもはばかられました。とはいえ、私だけでとどめていい話とも思えませんので、お時間を頂きました。国境のあの町のことをこの子が、封鎖してほしいなどと」

王太子妃の言葉を聞いた王太子と、少女の目があった。王族と視線を合わせるなど不敬と言われても仕方ないが、少女は目をそらさなかった。


「国境の町で疫病が流行っていることを耳にしました。症状に関しては伝聞です。でも、私はそれに類似した伝染病を知っています。感染力が強く、致死性の伝染病です。町を封鎖し、疫病の国内への蔓延を防ぐこと、町を調査し、感染源と感染経路を特定し、防疫体制を整える必要があります」


あの町と言った以上、すでに王太子と王太子妃の間では、疫病のことは共有されているのだ。少女はあえて、子供らしい言葉遣いを避けた。


「あなた誰」

「私は私です。ですが、私は私が知らないことを知識として知っています。何故かわかりません。その知識に基づいて、申し上げております。時間の猶予はありません。国内に広まったら、最早止めようがありません。歴史上、多くの町や国が滅びました。どうかお願いいたします」


国を治める二人には、聞き捨てならない言葉をあえて少女は使った。王太子夫婦が顔を見合わせ、王太子の傍に立つ背の高い男の目が鋭くなった。


「返事になっていないわ」

「承知しております。私が誰かということは、この際問題になるのでしょうか。私は、今の私が暮らし、この年まで育ててくれた、この国のために申し上げております。私の言葉に耳を傾けてくださりありがとうございます。実行していただけるのでしたら、お話しできるところまではお話しします」


「この国の世継ぎ相手に取引するつもりかい?」

「今の疫病に関して、流行を食い止めうる数少ないかつ手段、時間的に最早瀬戸際の段階で打てる手段を知る人間として、お話しさせていただいております。取引のつもりはございません」


 少女は乾いた唇をなめた。何かを知っていると匂わせて王族の時間を確保しようというのだから取引だ。不敬罪という単語が頭の中に木霊する。でも、助かる人を見捨ててはいけないという強い衝動があった。方法を知っているのだ。完全に同じ方法は不可能だが、応用はできる。ただし、それを知る理由を知られたら、異端審問におくられるかもしれない。孤児院に帰りたい。シスターに会いたい。そう思う度に、助かる人を見捨てるのかと、己を責める声がする。孤児院で、死んでいった子供たちの姿が目に浮かぶ。


「話にならないね。なぜ知っている」

王太子は鼻で笑った。


「わかりません。でも知っているのです。白い下痢が主な症状と聞いています。病人は、枯れ木のようになって死んでいく。治療法は経口補水液による脱水の補正。感染経路は主には経口感染。まずはこんなところでしょうか」


情報を小出しにした少女の言葉に王太子は眉をひそめた。粗末な衣服を身にまとった少女が知るような言葉ではない。


「君の年齢は」

「推定十二歳ぐらいだろうと聞いています。孤児ですから、誕生日がわかりませんので、あくまで推定です」


子供の口調ではない。語彙も子供のものではない。


「打てる手の一部についてお話ししました。町を閉鎖してください。感染源の調査をしてください。防疫体制の整備が必要です」

「具体的には?」


少女は、王太子に座るように促された。王太子は、隣に立つ背の高い人に、もう一人分、少女の分の紅茶も用意するように命じた。話を聞く気になってくれたのだろう。これからが、本番だと少女は自分に言い聞かせた。




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