魔女と騎士
健杜
第1話 始まりの日
唸りをあげて目の前に迫りくる攻撃を両手で握った剣で受け止めるが、完全に力負けしているので徐々に押し込まれていく。
赤髪の目の前の相手は力自慢のアベル・フロストで、この試合中すでに重い攻撃を幾度も受け止めているせいで腕の限界が近かった。
「最後まで俺の勝ちだなノア」
「いや、今日こそは俺が勝つ!」
これ以上押し込まれないように力を込めながら、ノアと呼ばれた白髪の少年は闘志を燃やす。
互いに握るのは命を奪う真剣ではなく木刀だが、まともに食らえば骨などはたやすく折れてしまう。
その想像を現実にさせないためにアベルの木刀を受け流し、そのまま前に踏み込んで相手の腹を攻撃する。
「このっ!」
「遅い」
攻撃を流されたアベルは体勢を崩しながらも、追撃を行おうとするが、それよりも早くノアが剣を振りぬき、木刀の当たった音が周囲に響き渡る。
「そこまで。勝者ノア・イクシード」
静寂を打ち破る審判役の先生の言葉を聞き、静まり返っていた周囲が歓声の声をあげる。
「ノアがついに倒しやがった」
「アベルが負けたのか……信じられん」
多くの友人たちが二人の戦いの結果に驚愕していたが、それも仕方のないことだ。
なにせ、この騎士学校へ入ってからノアは一度も目の前の相手、アベル・フロストに勝利したことがなかったのだから。
しかもその勝利が騎士学校へ登校する最後の日となれば、盛り上がるのも無理はない。
「くっそーもう少しで俺の不敗神話が完成したのによ。まさか最後の日に負けることになるとはな。強くなったなノア」
悔しさを滲ませながらアベルはノアに話しかけるが、当の本人から返事はなかった。
「おい、ノア?」
再び話しかけると、ノアが震えていることに気づいた。
そして近づこうとするとノアは両手を振り上げて叫んだ。
「よっしゃあーーーー!!! やっと勝てたー!」
勝利の雄たけびを上げながら、全身で喜びを表現していた。
そんな二人に近づいてきくる一人の空と同じ色の髪を腰まで伸ばした女性がいた。
「おめでとうノア。残念だったねアベル」
同じクラスのフラウ・フィルハートに二人はそれぞれ返事をするが、その様子は正反対だった。
「ありがとうフラウ」
素直にお礼を言うノアに対して
「慰めはいらねぇよ」
アベルは悔しそうに乱暴に言い放つが、すぐに切り替えてノアに宣戦布告をする。
「次は負けねぇからな」
「俺だって次も負けない」
ノアも負けじと言い返しながら二人は握手をする。
戦績こそこの試合以外全てノアが敗北しているが、二人は入学してから切磋琢磨しあった仲であり、親友だった。
「はーいみんな集まって」
しばらく試合後の余韻に浸っていたが、時間も迫っていたようで先生が集まるよう呼び掛ける。
「話はまた後でな」
「ああ」
二人も疲れた体に鞭を打ちながら先生の元へ向かう。
全員が集まったことを確認した後に、このクラスの最後の先生の話が始まった。
「まずはおめでとう。よくぞ今日まで脱落せずについてきた。辛く厳しい日々だったが、これを乗り越えた君たちならばどんなことがあっても大丈夫だろう」
ノアたちが通うこの騎士学校は厳しいという評判で有名な学校だった。
入学直後は百人近く存在したクラスメイトも今では、二十人しかいない。
「明日からは各々違う道を進むだろうが、決して折れることなく前に進んで行って欲しい。君たちの行く末に幸多からんことを。私から言うことは以上だ。これにて君らは卒業とする」
通常の学校ならば卒業式などを行うのだが、この学校は珍し宇卒業式を行わない。
普段通り授業を行い、終わったらそのまま帰宅してそれで終わりなのだ。
なので先生も普段通り職員室へ帰宅しようとするが、その背中に生徒たちは大声で感謝を伝える。
「「「今日までお世話になりました」」」
それでも先生は振り返らずに歩いていった。
雫が零れていたのは気のせいだろう。
先生の話も終わり後は帰るだけなのだが、皆すぐに切り替えることができないのか、その場にとどまっていた。
「これで卒業か、あんまり実感湧かないね」
「そうだな、今まで通ってきたのに明日からはこないって考えると、寂しくなるな」
フラウの呟きにノアも同意する。
そんな中アベルだけは帰宅する準備を行っていた。
「アベルもう帰るのか?」
「ああ、明日からすぐに騎士団へ入団が決まっているからな。やることが山積みだ」
学校を卒業したからといってすぐに職が見つかるわけではないのだが、阿部宇田家は別格だった。
持ち前の強さを生かし、学内の大会を多く優勝してきたのでその強さを気に入られて騎士団にスカウトされていた。
「すごいなアベルは」
「フラウだって、実家の仕事を手伝うんだろ」
「うん。そのつもり」
フラウの実家は武器開発を行っていて、魔物から身を守ることができる道具を数多く生み出していた。
「ノアは……聞くまでもないよね」
卒業後はアベルのように騎士団へ入団するもの、魔物を討伐する冒険者になる者、フラウのように実家を継ぐ者など様々だが、ノアだけはそのどれでもなかった。
「ああ、俺は師匠……ブランシエル様と契約をする」
ノアは卒業後は魔女と呼ばれる、クーリア・ブランシエルと契約をする予定だった。
ノアが騎士学校へ入学したのもクーリアとの約束があったからだ。
「本当にいいのか? 魔女と契約をしても」
アベルは心配そうにノアに改めて問うが、ノアの意思は変わらなかった。
「もちろん。俺はそのために今日まで頑張ってきたからな。今後は師匠のために俺は生きる」
「そうか……わかった。頑張れよ」
「ああ、アベルもな」
アベルはノアの意思が変わらないと理解して応援するが、フラウはそうはいかなかった。
「ノアも騎士団に入ればいいのに」
「フラウ……」
「だってブランシエル様は魔女だよ。私たち人間とは違う存在なんだよ。怖くないの?」
フラウもアベルと同じようにノアを心配するが、その思いはアベルよりも強かった。
それもそのはず、ノアが契約しようとしているのは魔女なのだから。
魔女とは魔力を持って生まれた人間のことを指す呼び名だ。
その魔力を用いて、強力な術を行使することができる、人間とは異なった生物だ。
その力は強大でひとたび暴れるようなことがあれば、止めることは人間には困難だ。
なので、そんな魔女と契約することを心配するのは必然だった。
「フラウの心配する気持ちはよくわかった」
「なら……」
「でもごめんな。師匠と契約することは昔からの夢なんだ。こればっかりは譲れない」
ノアは幼いころに魔物に襲われて両親を亡くし、自身も死にかけたところをクーリアに助けられ一緒に暮らすことになった。
その恩を返すためにノアは強くなり、今日この日まで生きてきた。
「うん。分かった。でも、何かあったら私を頼ってね。私は何があってもノアの味方だからね」
最後にはフラウも折れて、微笑みながらノアを応援した。
「ありがとう。二人も頑張れよ」
ノアも心配してくれる二人に微笑みながらお礼を言い、帰る準備を始めた。
準備と言っても荷物は少なく、すぐに終わってしまった。
「じゃあ二人とも。元気でな」
まだ話していたいが、いつまでもそうするわけにはいかないので、二人にお別れを言う。
「ああ、次会う時はもっと強くなってるからな覚悟しとけよ」
「俺も負けないからな」
最初にアベルと別れる。
「ノア、怪我だけはしないようにね」
「大丈夫。フラウも風邪ひかないようにな」
次にフラウと別れ、一人になる。
名残惜しいが、最後に後者に向かってお辞儀をして家へ帰る。
学校を出て多くの人たちで賑わう街中を抜けて、人通りの少ない町はずれにある森へ向かう。
何度も学校へ向かうために歩いた道を戻り、森の中を歩くこと数分、一つの家が見えてきた。
「落ち着け俺」
高鳴る心臓を鎮めようとするが、家が近づくにつれてどんどん鼓動は早くなっていった。
他の人たちは卒業をしたことで今日は一区切りだが、ノアはむしろこれからが本番だった。
家の周囲に貼られた結界を通り抜けて、家の中へ入る。
「師匠今帰りました!」
大声で挨拶をして、部屋の奥にいると思われるクーリアへ呼びかける。
数秒後にリビングの奥の扉が開き一人の女性が現れる。
髪の毛一本一本に光を蓄えたような金髪の長い髪の毛を揺らしながら、白いローブを着た短い杖を持った女性がノアに近づいてきた。
人ならざる美貌を持ち、魔女と恐れられるこの人物こそがノアの師匠である、クーリア・ブランシエルだその人だ。
「ノア、準備はできてる?」
美しい声に思わず聞きほれそうになるが、確かな強い意志を持って力ずよく返事をする。
「いつでも大丈夫です」
「そう、わかったわ。今から行いましょう」
クーリアはそう言うと、手に持った杖を軽く振った。
すると次の瞬間ノアとクーリアは家から少し離れた森へ移動していた。
「今日こそ認めさせます」
ノアは腰に携えた真剣を抜いて、倒す相手であるクーリア一挙手一投足を夢逃さないように観察する。
「そうね、そうなるといいわね」
クーリアも戦闘状態に意識を切り替えて、ノアを見つめる。
クーリア・ブランシエル――破壊の魔女と恐れられる相手との戦いが今始まった。
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