推し活され三昧(月光カレンと聖マリオ2)

せとかぜ染鞠

第1話

 面会の予約帳には既に同じ曜日の同じ時間帯に別の信者の名前が記載されている。

 月曜の21時から22時――今夜は彼女のリザーブしていた最後の時間だ。

 さあ,弔い合戦のはじまりだ! 標的は芸能プロダクション社長だ。政治献金のために用意していた違法な金をそっくり頂戴し,政治家との密会現場を生配信した。

 地下アイドルわたし愛弗あいどるの青春が搾取され,若い命が自ら害された。

 別に推しというわけでもなかった。むしろ推し活をしていたのは愛弗だ。彼女は毎月多額の寄付金を振りこんでくれた熱心な信者だった。

 毎週月曜の21時から22時に教会の懺悔室でたわいないお喋りをした。

 彼女のほうは俺の顔を知らないまま,シスターと話をしていると信じていたから,同性同士という気安さもあって包み隠さず何でも打ちあけた。生きているうちに何もしてやれなかった……

 パトカーが波止場に押しよせる――車のなかで逢瀬を楽しんでいた社長と政治家は焦眉の急にようやく気づいた。

 おっと――パトカーをおりた1人の警官と視線があう。選りにもよって三條さんじょう公瞠こうどう巡査だ。

「月光カレン!――」三條が,照明に彩られた豪華客船の帆柱に立つ俺へむかって叫んだ。「あなたがどうしてここに?!――」

 おや,おや,早くも熱くなっちゃって――今夜の主役はそちらの御両名だよ。しっかり逮捕してくれよな――「バイバーイ」帆柱から舞いおりる。

 海中へと潜る寸前,三條の埠頭から飛びこむさまが目端に映った。

 だが俺さまに追いつけるはずもない。待たせておいた馴染みの鮫の背中に乗って行方を晦ました。

 翌朝やはり三條は訪ねてきた。予約のない面会は原則お断りだが,帰れと言って素直に従う男でもない。それに彼も多額の寄付金を納める上得意の1人だ。つまり俺さまを一途に推し活してくれるオタクなので無下にはできない。

「聖マリオさま――僕は熱に浮かされています」隔たりの小窓のむこうで上擦った声が言う。

 分別なく3月の海にドボンしたりするからだ――「お風邪を召されまして?」

「いいえ!――僕はいつも熱に浮かされている! あなたのことを思って!――」そう口走るなり木製の小窓をあけようとする!――

「何をなさいます! おやめになって!」小窓をあけさせないよう踏んばった。

「一目お顔をお見せください! どうか一目でよいのです! 一目見れば心も落ちつきます!」

「顔を見せない決まりではございませんか! とても醜い容貌で見せられたものではありません!」

「どのような醜女でも構いません! 御心に魅かれたのですから!」

「それならば外見などに拘泥なさいますな!」

「見ない限りは妄想だけがふくらんで!――むむぅ,何という凄まじいお力! 僕は握力で誰にも引けをとったことがないというのに! やはり尋常の女人とは思われない! お慕いする気持ちが益々強くなりました,マリオさまぁ!――」

 小窓が破壊された。三條の頭が突きいってくる――

「はっ!――聖マリオさま――いない! ああ,消えられた! どちらへいらっしゃった!?」

「顔を見ないという約束を破ろうとしましたね――」懺悔室のなかで俺の声は厳かに反響を繰りかえした。「今後一月の間,出入りを禁じます。自省なさい」

「お赦しください! マリオさまぁ~!」三條は頭をひっこめ,這うほうの体で逃げだしていった。

 俺は張りついていたステンドグラスのシーリングからフロアへと着地した。

「シスター聖マリオ――」雑役の娘が声をかけた。「次の信者フォロワーがお待ちです」

 身繕いしながら小窓の修理を指示し,健気なオタクの待つ第2懺悔室へと急いだ。

 今日も予約で満杯だ。“推し活され三昧”の多忙な日々に感謝してドアをあける――アーメン。

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