バイトの時間なのでお先に失礼します! ~普通科と特進科の相互理解~

スズキアカネ

普通科の彼女と特進科の彼。 

第1話 お昼寝の邪魔しないで下さい。


 ソファに寝転がって目を閉じたら、私のほんの少しの安息の時間が始まる。意識がゆっくり、ゆっくりと眠りの泉へと沈み込んでいく。

 今日は夕方からもシフト入っているから今のうちに休養をとっておかなくては……


「どうして!? いい感じだと思ったのに! 私とよくお話してくれたよね!?」


 その怒鳴り声に私はぱちりと目を開いた。


「同じ委員会なんだから、話すこともあるだろ…それだけだよ。勘違いすんな」


 続いて呆れたような、うんざりしたような男の声が聞こえてくる。

 4階の角の方にあるこの社会科準備室は今は倉庫代わりになっている。それを知った私は入学してすぐにここを秘密基地にしたのだが……その真ん前で男女が口論する声が聞こえてきたのだ。


「なにそれ酷い! 少しカッコいいからって調子乗りすぎだから! 性格悪!」

「付き合ってもねーのに、彼女気取りして周りの女子睨んでるお前に言われたくねーよ」


 ……ぎゃんぎゃんと言い争う声は次第に荒く、大きくなっていく。この音量になると耳栓をしても塞ぎようがない。


「酒谷君と2人で桐生さんを奪い合ってるって噂、本当だったんだ?」

「…またそれかよ。礼奈は関係ないだろ」


 どうやら振られたことを恨んで仕返しで相手を貶めようと女側がネチネチしているようだが、男側はうんざりしている様子である。


「庇う素振りからして怪しい! 皆言ってるんだよ、桐生礼奈は2人の男を二股にかけてそれを楽しむ悪女なんだって! そりゃああれだけの美人だもん、性格に難があってもいいよねぇ!」

「だから、礼奈は中学からの付き合いなだけで」

「うるせぇぇぇー!!!」


 しかし、そんなの私には関係ない。

 私の眠りを妨げるもの、皆敵である!!


「あんたらギャーピーうるっさいんですけど!」


 社会科準備室の扉をスパーンと開けて外に怒鳴り込むと、廊下で口論していた男女は目を丸くして固まっていた。

 心地よい眠りを妨げられた私は苛ついていた。たとえ外にいた男子が芸能人ばりの美形男子だったとしても、そんな事どうでも良くなるくらいイライラしていた。


「……そんなところで何してんだよ、お前」

「はぁ!? 昼寝ですけど!」


 愛用のアイマスクをおでこの上に載せた私はこれまた愛用のタオルケットを抱えてプンスコ怒ってみせた。

 誰だって眠りを妨害されたら腹が立つだろう! 喧嘩ならグラウンドでしてくんないかな! 今応援団が外で練習してるみたいだからそれにかき消されていい感じになると思うな!


「いや…昼寝すんなよ…」

「私がどこで寝ようと私の勝手でしょうが!」


 静かにしてよね! と言って引き戸を閉めようとしたら、「待ちなさいよ」と呼び止められた。訝しんで振り返ると、片割れの女子が私の制服のネクタイを見てフン、と鼻を鳴らした。


「あんた、普通科の分際で生意気よ」


 ──うちの学校は進学校と言われる高校である。その中でも普通科と特進科に分かれており、科の区別は制服のネクタイに入ったラインで見分けられる。

 確かに私は普通科ではあるが、それで生意気とか言われる筋合いはない。だって同じ高校の同じ学年の生徒だもの。


「ハァ? 少しお勉強できるくらいで何を偉そうに。くっだらない」


 私がヘッと笑い飛ばすと、彼女はムッとしてこちらを睨んできた。だが私は彼女のお相手をしてあげる暇なぞないのだ。

 タイム・イズ・マネー。

 故に私は寝るのだ。


「とにかく寝るからどっかに行って」

「はぁ? ここお前の」

 ──ピシャン、ガチャリ


 なんかイケメンが言い掛けていたけど、問答無用で扉を締めて内鍵を掛けてやった。


「おい! 無視すんな!」

「悠木君もう行きましょ」


 どっか行けと言ってみたけど、なんか外で騒いでいてうるさい。…仕方ない、音楽聞いて寝るか。スマホにヘッドホンをつなげると、リラックスできる音楽を付けて私はお昼寝場所のソファに横になった。


 関係のない特進科の生徒とか、男女の痴話喧嘩に煩わされたくない。暇があるなら寝ていたいのだ。

 昨日はバイトと勉強で眠るのが遅くなったから……


 私の意識はとろとろと睡魔に飲み込まれ、深い場所へと沈んでいった。



■□■



「あ」


 廊下を歩いていると体操着姿のイケメンからガン見されてるなぁと思ったら、相手は口をぱっくり開けてこちらを指差してきた。

 私は眉をひそめて相手を軽く睨んでやる。

 おしゃれに切り揃えられた髪は流行を意識しているだろうが、高校生にしては少し派手だ。ぱっちり二重の大きな瞳に、ほっそりとした鼻梁、薄めの唇、キレイな形をした顔は小さい。肌は透明感があって、透き通るように白い。

 ──この学校指定の体操着を着ているだけなのに、彼はスポットライトを浴びたように目立っていた。何だ、この人芸能人か…?


「なんだよ悠木ゆうき、この子と知り合いなの?」

「…有名人なのか?」


 一緒にいた眼鏡男子の言葉に怪訝な顔をしたそのイケメンは私から視線をそらして友達らしき眼鏡の顔を見て、視線で問いかけていた。


「ほら、噂の普通科の変人だよ」

「あ、お前が普通科の変人か!」


 なんだその紹介の仕方。

 失礼な。


「はぁ? 私のどこをどう見て変人だというの? どこからどう見ても純情可憐な女子高生でしょうが」

「純情可憐な女子高生は社会科準備室で昼寝なんかしない」


 私が反論してみせると、イケメンが否定してきた。イラッとしたぞ。


「普通科所属の森宮もりみや美玖みくさんだよね? 1学期の中間では普通科で学年トップに加えて、入試もトップクラス。入学直後の基礎学力診断テストも1年全体で上位だったって聞いたよ?」

「…なんで赤の他人がそんな事知ってるの?」


 眼鏡の異様な情報量に不気味さを覚え、私は後ろに数歩下がって距離をとった。

 何この人…怪しい…

 私の視線に感情が全て含まれていたのだろう。眼鏡は慌てて両手を胸の前でブンブン振っていた。


「違う違う! 君職員室で有名人だからさ! 噂を聞きつけたと言うか! 特進科でも全然いけるのに頑なに普通科残留してるって言うから……」


 言い訳されたが、不気味なものは不気味だ。なにこの人…


「私、リスクは背負いたくないの」


 私が普通科に残ると言ってるんだから別にそれでいいだろう。誰かに迷惑を掛けるでもなし。知らない人にごちゃごちゃ言われる筋合いはないぞ。


「じゃあ、私急いでるから」


 そんなことよりも私は行かねばならない。

 今まで体育だったらしい彼らはこの後7時間目が待っているのだろうが、普通科の私は6時間目で終了だ。

 特進科は朝課外に加えて7時間目まであって、その後さらに夕課外がある。土曜は隔週で登校で4時間目まであるのだ。

 普通科は週2日だけ7時間目のある日があるけど、他の日は6時間目までだし、土曜は休みである。

 その時間の差だ。特進科なんかに所属したら、成績の維持がめちゃくちゃ大変なのと、時間が無くなるんだよ。


 バイトができなくなるじゃない。


「はっ!? お前HRは?」

「終わった! バイトに遅れるのでお先に失礼!」


 6時間目が担任の授業だったので、急かしてそのままHRさせて終わらせたとも言う。イケメンの呼び止める言葉に適当に返すと、下駄箱に向かって一直線した。


 えぇと今日は配送センターの仕分けだったかな。学校からちょっと遠いんだよねぇ。

 そこは今月末までの短期だったから、次はもっと学校から近いところに決めよう。


 自転車を飛ばして校門を出ると、私はバイト先まで急いで向かったのである。

 今日もガッツリ稼ぎますよ!!

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