第9話 将校

訓練開始から2ヶ月が経過した。

SHSの情報によると、敵はハーンブルク領からまだだいぶ遠い位置にいるらしく、接敵するのはだいぶ後との事だ。


石英、石灰石、ソーダ灰を使って案外簡単に作れるガラスを作り、それを加工して作った望遠鏡を使って索敵をしつつ、敵の兵力や進行スピードなどの計算や行動予測を行った。

SHSからもたらされた情報を下に計算した結果、ここハーンブルク領の国境を越えるまで後10日ほどかかる計算となっていた。既に、ハーンブルク軍およそ8000、SHSメンバーおよそ1000、王都からの援軍1万の合計2万弱の兵士達が国境沿いにあるハーンブルク領唯一の城塞都市ドレスデンに集結していた。


また、残りのSHSメンバーは、研究部の人達や予備兵士の人達とともに、主要4都市の警備を行なっていた。サッカーの方は領民からの強い要望があったが、戦時中という事もあり、残念ながら中止となった。

別に、お母様が開幕戦を見れなくなるのが嫌だから中止になった、というわけではない。

多分。


そしてそろそろ行動を起こそうと考えた俺は、お母様、お父様、そして軍部の将校数名を招集させた。

ハーンブルク領周辺とサラージア王国全域が書かれた地図を全員で囲い、俺は作戦の説明を改めて行なっていた。


「事前の情報通り、敵兵力はおよそ8万弱サラージア王国の国王サラージア8世を先頭に南下しており、その目標はここドレスデンだと思われます。そこでまずは予定通り、敵の出鼻を挫きます。」


「回り込んで補給部隊を叩くというものであったな。」


「はい、敵の進路と規模が分かっている以上、わざわざここで敵の進行をじっと待つのはあまりにも愚策です。そしてさらに、この際敵の拠点もいくつか征圧しておきましょう。」


「敵の拠点を落とすだと?」


あまりにも敵の進行が遅いので、俺はある提案を行った。


「はい、この戦いはただ勝つだけではダメです。勝った後に大きな利益を得れるように、敵の鉱山やいくつかの港を抑えましょう。」


敵を撃退しただけでは、こちらの弾薬と兵力を減らすだけ。ならば戦後のために、もらえるものはもらっておこうという魂胆だ。

何なら、敵の王都の近くにあるサラージア王国最大の港であるジオルターンを占領するのもいいかもしれない。

どうせ、侵略された事など考えていないだろうし、守備隊もいないだろう。


【流石に遠すぎます。ここはやはり、近い港から抑えるべきでしょう。講和会議をより優位に進められます。】


わかってるよ。俺だってあんな遠い場所行きたくないわ。


俺が提案すると、お父様を含む国防軍の将校達はその意味がわかっていなかったようで、疑問を浮かべていた。だが、この中でお母様だけは俺の狙いに気づいていた。


「なるほど、それはいい考えですね。レズナック。」


「はい、ここにっ!」


「あなたに3000の騎兵を預けます。敵の本隊を避けながら北上し、サラージア王国が所有する港を奪えるだけ奪って下さい。」


背後に控えていたハーンブルク家の重臣の1人を呼び寄せると、全力出撃を命じた。

やはり、お母様は決断力が高い。


「はっ!了解しましたっ!すぐにでも出撃いたしますっ!」


「頼みましたよ。港が増えれば、この戦いも有利に進められるでしょう。」


正確には、この戦いではなくこの戦い後の講和会議で、であるが、国防軍の将校の前でハーンブルク領の利益のために部隊を分散させましたなんて言えないから仕方がないだろう。

すると、国防軍の将校の1人が大声で反論した。


「ちょっと待ってくれっ!女傑殿、敵は我らの4倍の兵力を所持しているのだぞっ!兵力を分散させてどうするのだっ!」


まぁ予想通りである。新型の銃などの新兵器の存在を知らない彼らにはおそらく理解できないだろう。

一応ハーンブルク家の当主という事になっているお父様も、本当に理解しているかどうか正直怪しい。

どう言い訳するのかと、色々想像していると、狙いをしっかり説明するかと思いきや、お母様は予想外の対応を行なった。


「この戦争の、総大将は私です。私の下で参戦している以上、私の指示に従っていただきます。」


なんと、協調路線に向かうと思いきや、バチバチの対立路線に進んだ。

この対応には、その将校も流石に言葉を失った。


「ぐっ!!!」


王国の国防軍は将校などはいるものの、細かな階級などは一切ない。

指揮系統としては、

国王→軍務卿→将校→補佐→兵士

という簡単なものだ。軍務卿は1人だが、その下に将校や補佐がたくさんおり、兵士はどんなに歴戦の猛者でも新兵でも同じ兵士として括られる。将校にはそれぞれ約2000名の兵士と0〜3名の将校が付いており、兵士や補佐達は将校の命令通りに従う存在だ。そして、基本的に階級が上の者には逆らってはいけない。

ちなみに騎士と呼ばれる奴らもいるが、そいつらは王都守備隊、つまりエリートという扱いになっており、王都が襲撃されない限り彼らの出番はないので実質いないようなものだ。


「では、今日の軍議はこれで終了にしましょうか。それぞれ解散して下さい。」


「「「はっ!」」」


今回ここに集まったお父様を含む将校は全員、将校に相当する。

お母様のような貴族(貴族代理も含む)も一応は将校と同等の権利を持つが、この北方方面軍の総大将はお母様なので、基本的に彼らはお母様の言葉に反抗する事は出来ない。


しかし、国防軍の将校の多くは貴族達が自分達と同じ地位にいる事に納得していなかった。

戦争で勝ち取った自らの地位と、生まれてから何もせずに貴族になった者の地位が同じである事に嫌悪感を持っていたのだ。


そしてその日の夜、ついに痺れを切らした国防軍の将校は5人中3人が「ハーンブルク軍と一緒に戦うわけにはいかない、我らは勝手にやらせてもらう。」と言ってここドレスデンを出撃した。


夜中、俺が久しぶりに夫婦で食事を取っていたお母様に、将校達が勝手に出て行った事を報告すると、一緒にいたお父様は苦笑いしていたが、お母様は大して驚きもせずこう呟いた。


「ふふふ、国防軍の方達は扱いやすくて楽ですね。」


と微笑んでいた。

どうやら最初から、国防軍を戦力としてカウントしていなかったらしい。

『アイ』の計算でも、SHSメンバー1000人だけでも頑張れば100%勝てると判断していたが、お母様も同じ結論に至ったらしい。


相変わらず、凄い人だ。


____________________


どうでもいい話


お母様は割と超人です。

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