イケニエたちの逆襲グルメ!? ~窮鼠猫を噛んだらイッちゃいました~

卯月

第1話 生贄編

(ん……、どうして俺は倒れているんだ?)


 全身、特に顔面につたわってくるかたくて冷たい床石ゆかいしの感触。

 身を起こすと、まったく見覚えのない空間の中にいた。

 薄暗くてカビのはえた、レンガ造りのかなり大きな部屋。


「俺は、学校にいたはずじゃ……?」


 薄暗い室内を見わたすと、クラスメイト達が全員その場にそろっていた。

 汚い床の上にベタ座りしている者もいれば、立って壁によりかかっている者もいる。


「飯田くん、起きたんだね」


 目の前の奇妙な現象に戸惑とまどっていた彼、飯田いいだ健斗けんとは横から声をかけられた。

 クラス委員長の安藤あんどう天使てんしさんだ。

 ちなみに本名である。

 女子のあいだでははテンちゃんとかテンテンとか呼ばれている。


「安藤さん、こりゃ一体なんだ」

「私にもわからないわ。

 全員気がついたらここにいたの」


 なるほど、無茶な質問をしてしまったようだと飯田は思い直し、自分自身の記憶をたどってみる。


∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 飯田たちは教室内で授業を受けていた。

 あとわずかな時間で授業が終わる。

 次は昼休み。

 一番楽しい時間だ。


 あと一分、あと三十秒、あと十秒……。


 待ちきれなくてソワソワしていたのをおぼえている。


 授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 さあ昼休みだ!

 

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

 

 …………。

 さあ昼休みだと、飯田はそう思った。

 しかしそこから先の記憶がまるでない。

 気がついたらこのカビ臭い部屋で倒れていた。


「私たちもそうよ。

 みんな同じなの」

「そっか。

 全員この部屋で眠っていたってことで、良いんだな?」


 安藤さんはうなずいた。

 すでに起きていたクラスメイトたちから情報収集を行っていたらしい。

 全員、昼休みにはいった所までしか記憶がない。

 気がついたらこの部屋の中にいたのだ。


「な、なあ、これってアレじゃね!?

 異世界転移だろ!」


 キモオタの肝川きもかわがガバっと立ち上がって妙にテンション高い声を出した。


「始まったんだよ、お、俺らが主人公の物語ストーリーが!

 みんなだって知ってるだろ、なあ!?」


 知っている。

 飯田は心の中でそう思った。

 

 オタクあつかいされるのはイヤなので声には出さないが、アニメとかラノベとかで流行はやっているやつだろう。

 しかしそう決めつけるのは安直すぎはしないか。

『石造りの部屋』なんて地球上にだって存在するし。

 

 異世界転移なんてモノが実際に発生するわけが――。


「フハハハハー!!

 話が早くて助かるよ肝川君!

 まさにその通りだ!」


 発生するわけが――あったらしい。


 突然おこる大きな高笑たかわらい。

 誰かと思えば担任教師の佐丹さたんまもる先生が笑っていた。


「君たちはある重要な役目のため、この『深世界』に召喚されたのだ!

 光栄に思いたまえ、君たちは選ばれし者たちなのだ!

 フハハハハー!」


 ……なんだかサタン先生のキャラがいつもと違う。

 いつもは名前のわりにパッとしない感じの地味な先生なのだが。


「うおおっキターーーーーー!!

 サーターン! サーターン!」

「フハハハハー!」


 大興奮する肝川。

 高笑いするサタン先生。

 ほかの生徒たちも仲の良いグループでザワザワと語りあっている。

 みんなさりげなく盛り上がってきたムード。

 こいつらも何だかんだ異世界ものの知識はあるらしい。


 しかし、部屋の扉がバン! と勢いよくひらかれた瞬間、みんなの熱気は氷点下にまで冷え切った。


 あきらかに地球には存在しないような化け物の群れ。

 それがゾロゾロと石造りの室内に入ってくるのだ。

 化け物どもはニヤニヤと笑うサタン先生のうしろに並んだ。


 化け物どもも笑っている。

 悪意と敵意の笑みだった。

 なにか嫌な予感がする。


「……それではさっそくだが諸君らの役割を発表しよう。

 我らが『邪神』にささげられる生贄いけにえの役だ」


 ウオー!!


 うしろの化け物たちが一斉にさわぎ出した。

 生贄!?

 ここにいる全員が!?


「そ、そんな、ウソでしょ先生!?」


 キモオタ……じゃなかった肝川がオロオロと落ち着かない様子でさけぶ。

 彼の脳内にはまだ『チート主人公のハーレムラノベ展開』が渦巻うずまいているのだろう。

 しかしそんなあわい希望は打ち砕かれる。


 メリメリメリ……!


 サタン先生の肉体が巨大化しはじめる。


「せ、先生?」


 角がはえ、身長は二倍くらいに、そして全身血のように赤い剛毛でおおわれていく。

 ほんの数秒でサタン先生も化け物の姿になった。


「フハハハハー!

 これでウソではないと信じてもらえるかな?」

「うわあああ!」


 サタン先生、いやサタンは、肝川を片手でつかんで持ち上げた。


「一番ノリのいい君に、最初の生贄になってもらおうね?」

「えっ、い、イヤだ!

 冗談はよせ!」

「冗談なんか言わないさ。

 大事な儀式なんだから」


 サタンは入り口の反対側、部屋の一番奥にむかって雄叫おたけびをあげた。


「グオオオオーン!」


 ほかの化け物たちも同じように雄叫びをあげる。


『グオオオオーン!』


 化け物たちの声にこたえるかのように、部屋の奥があやしく光りだした。

 紫、赤、青……さまざまな色が混ざりあった、グロテスクな虹色にじいろの物体があらわれる。

 大きな部屋の壁いっぱいにひろがる巨大な、ゼリーかプリンみたいな『何か』。

 虹色に輝く『何か』には、無数の大きな眼球があった。

 こんな不気味な怪物が、化け物たちのいう邪神なのか?


「我らが邪神は、長き眠りからめたばかりでねえ?

 まことの姿に進化するため、たくさん栄養をとってもらわないといけないのさ」


 ズシン、ズシン。


 サタンは肝川をつかんだまま、部屋の中央を堂々と歩いて進む。

 もちろん生徒たち全員はその姿を見ている。

 だが、助けようと動くものは誰一人いなかった。



 ――キーモカワッ! キーモカワッ! キーモカワッ! キーモカワッ!



 化け物たちが手をたたきながら謎の肝川コール。

 邪悪な笑顔ではやし立てて、本当に楽しそうだ。

 サタンはこれが大事な儀式だと言った。

 つまりこれは邪神様にささげる大事なお祭りなのだ。



 まだこれが現実だという実感がわかない。

 本当は悪夢でも見ているのではないのかと、クラスメイトの誰もがそんな顔をしていた。

 だっておかしいだろう。

 フィクションのような異世界転移。

 しかも生贄にするためだけに召喚されただなんて。

 

 そして何より、単純に怖かった。

 二メートル以上もある巨体の化け物たち。

 やつらは片手で肝川を楽々と持ち運ぶ怪力の持ち主なのだ。

 さらにはするどい爪と牙をもっている。

 どう考えたって勝てる相手じゃない。


「邪神よ! どうぞお召し上がりください!」

「ギャー!」


 肝川がグロテスクな虹色物質の中にほうり込まれた。

 全身まるごと飲み込まれていって数秒後、ペッと彼は吐き出される。


 肝川の肉体は、水分がカラカラに吸いつくされてミイラになっていた。


「イヤあああああ!」

「うわああ!」


 女生徒たちの悲鳴。

 男子生徒たちの絶叫。


 死んだ。

 食われた。

 クラスメイトが。

 そして次は自分たちの番だ。


 サタンが無慈悲むじひな笑みをうかべながら告げる。


「じゃあここからは出席番号順にするよぉー?」


 サタンは名簿めいぼを片手に名を読み上げる。

 異世界の化け物が元の世界の名簿を持っている、っていうのも皮肉な話だ。


「出席番号一番は、安藤さん!」


 ザワッ。


 クラスメイト達は一瞬だけざわめき、そして静まりかえった。


「あ、わ、私……?」


 安藤天使さんがオロオロとうろたえながら、周囲のクラスメイト達を見まわす。

 誰もがもうしわけなさそうに目をそらした。

 室内には化け物がウジャウジャいる。

 助けたくても助けようがない。


「じゃ、行こうね」


 サタンが安藤さんの腕をつかんで乱暴に引く。


「いや、いや、待って!」


 抵抗する安藤さん。

 だが力の差は歴然れきぜんだ。



 ――ア・ン・ドー! ア・ン・ドー! ア・ン・ドー! ア・ン・ドー!



 化け物たちの安藤コールを聞きながら引きずられていく彼女を見かねて、男が一人、立ち上がった。


「待てよ! 俺が先に行く!」


 飯田健斗だった。出席番号は二番。


「出席番号順って、言ったよね?

 キミは次だよ飯田くん?」

「いいだろ別にそんなの」


 飯田はズカズカと歩いてサタンと安藤の二人を追い抜き、邪神の前に立つ。

 チラリと一瞬だけ、安藤さんと目があった。

 彼女と飯田は別にどうという関係でもない。

 ただのクラスメイトだ。

 けど彼女は真面目で親切な子だった。


 これまで過ごしてきた楽しい日々が脳裏のうりに浮かぶ。

 ずっと自分の前の席にいて何度も談笑してきた彼女を見殺しにするというのは、しのびなかったのだ。


「……キミのソレ、カッコつけたことになっているのかねぇ?」


 サタンが後ろから嘲笑ちょうしょうまじりに言ってくる。


「うるせえよ」


 飯田にだって分かっている。

 順番がちょっと変ったからって何だというのだ。

 何の助けにもなっていない、自己満足にもりない。

 ただなんとなく身体が動いてしまったのだ。

 何もせずにはいられない、と。


「ふざけやがって」


 視界いっぱいにグロテスクなゼリー状の邪神がひろがっている。


「ふざけやがって」


 足元にからびた肝川の遺体が転がっている。


「ウオーーッ!!」


 わき上がる怒りに身をまかせながら、飯田は邪神にむかって突っ込んだ!



                          《逆襲編》につづくッ!

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