第39話
☆☆☆
恵一は今日、眠っているリナを盗撮しようと準備を進めていた。
今まで盗撮を続けてきて、リナの部屋が道路沿いから見えることはすでに把握済みだった。
節約をするためにどれだけ暑くてもエアコンをつけず、扇風機と窓を開けることで夜中の熱を逃がしていることも。
リナみたいな子が無用心だと最初は心配したけれど、観察しているうちに兄弟3人で同じ部屋で眠っていることがわかった。
きっと、部屋数が少ないのだろう。
リナの妹と弟はさすがという感じで容姿がよく、妹なんてリナにそっくりだった。
この子もいずれスターになるかもしれないと思い、恵一は妹の写真もついでに撮影していた。
今日の撮影もきっとうまくいく。
空いている窓からこっそり写真を撮影するだけなのだから、仮面を手に入れた恵一にとっては簡単な作業だった。
それこそ朝飯前だとばかりにリナの家へ向かったとき、リナが家から出てひとりでどこかへ向かう姿を目撃したのだ。
リナはジーンズにTシャツというラフな格好で、手には大きな布製のバッグを持っていた。
こんな時間にどこへ行くんだ?
リナの姿を見つけた恵一は一瞬眉間にシワを寄せたが、すぐにその後を追いかけた。
リナの眠っている姿を撮影したかったが、今日はお預けになるかもしれない。
それは残念なことだったけれど、今はリナの行動のほうがずっと気になった。
リナの後を追いかけていくと、どんどん高級住宅街へと入っていく。
慣れない場所に戸惑いながらリナを見失わないように必死について歩いていくと、リナは大きな家の前で立ち止まり表札を確認しはじめた。
そして、そえがお目当ての家だとわかったのか裏手へと回っていった。
恵一は一旦門の近くまで行き、表札を確認した。
そこには『四条』と書かれている。
「四条って、四条クルミか?」
同じクラスのお嬢様を思い出して呟く。
リナはクルミと会話しているときに険しい顔つきになる。
そのことを恵一はしっかりと覚えていた。
2人の関係はあまり良好とはいいがたそうなのに、こんな時間に訪問するつもりだろうか?
いや、それなら普通に玄関から入ればいいだけだ。
リナは裏口へと回っていた。
疑問が膨らんできて、恵一は慌ててリナの後を追いかけた。
大きな生垣に囲まれて家の様子はよく見えない。
バシャバシャと水音が聞こえてきた気がして、恵一は一旦足を止めて耳を済ませた。
水音はもう聞こえてこない。
気のせいか?
生垣の背が低くなった場所から中をのぞいてみると、リナの背中が勝手口から中へと入っていくのが見えた。
リナ!
思わず声をかけそうになったが、裏庭に別の人影を見かけて慌てて身をかがめた。
リナ以外の人影。
それはクルミだった。
クルミは持っていた青いタンクを地面に置くと、点火棒を取り出した。
スイッチを押すと先端からオレンジ色の炎が上がる。
クルミの顔が照らし出され、その顔は奇妙に笑っていることに気がついた。
一瞬恵一の体に寒気が走った。
あんな顔のクルミを学校内ではみたことがなかった。
恵一がなにもできずにただ見つめている間に、クルミは火をつけた状態で身をかがめた。
途端に炎が燃え上がった。
「うわっ!?」
恵一は低い悲鳴を上げて路地横へと逃げ込んだ。
炎は一瞬にして家を包み込み、クルミが庭から逃げ出してくるのを見た。
ゴウゴウと音を上げて燃え盛る炎に恵一の心臓は早鐘を打ち、背中につめたい汗が流れていった。
周囲は昼間のような明るさに包まれて、風が熱を運んでくる。
リナが家の中にいる!
ハッと気がついたとき、クルミが倒れこむのが見えた。
咄嗟に視線をそちらへ向けると黒い服を着た男が、倒れたクルミを引きずっていくところだった。
なんだなんだなんだ?
今日はリナの寝顔を盗撮して終わるはずだったのに、どうしてこんなことになってるんだ?
燃える家の裏口からひとりの人物が転がり出てくる。
その人は体中火にまみれながら悲鳴を上げ、ダンスを踊るように暴れ狂う。
あれは……リナ?
炎に包まれているため顔は見えない。
だけどその人物が持っている布製のバッグには見覚えがあった。
全身から血の気が引いていく中、恵一は無意識の内に踊り狂うリナの写真を撮影していたのだった。
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