第33話
光平が幼稚園に入る頃、両親が交通事故で死んでしまった。
それは、光平の入園準備に幼稚園へ出向いたときのことだった。
多きなグラウンドに大きな校舎。
沢山の教室やプールもあり、光平は興奮して室内を駆け回った。
グラウンドには砂場やブランコなどの遊具もあって、まるで公園みたいだった。
ここで好きに遊んでいいと思った光平は、すべての準備が終わった後も帰ることを嫌がった。
家に帰るともうここでは遊べないと思ったからだ。
両親や先生からの説明でそうではないとわかったとき、光平は本当に喜んだ。
だけど、その喜びはつかの間で終わってしまった。
幼稚園の入学準備が終わって父親の運転で帰宅中、突然横から大型トラックが突撃してきたのだ。
軽だった父親の車は簡単に撥ね飛ばされて道路に何回転もして停止した。
しかし、トラックは転倒した車に対して更に突っ込んできたのだ。
それが運悪く前の座席だった。
運転席と助手席に座っていた両親の姿は、一瞬にして押しつぶされてしまったのだ。
後から聞くとトラックの運転手はそのときすでに心臓発作を起こして、亡くなってしまっていたのだという。
足だけがしっかりとアクセルを踏んだままだったので、光平の乗る車に突っ込んでしまったのだ。
それからの光平の人生は壮絶なものだった。
幸いにも親戚に引き取られた光平だったが、その日から叔父、叔母からの虐待が始まった。
楽しみにしていた幼稚園に行かせてもらえるはずもなく、毎日毎日叔父からの命令に従うばかり。
まだ手元もたどたどしい光平へ向けて、無理難題を押し付けてくる。
それができなければ、拳や足が飛んできた。
叔母の家事の手伝いを怠れた1日分の食事を与えられなかったし、光平は日に日に内へこもるようになってしまった。
そんな状態で小学校にあがる年齢になった。
両親が亡くなってから家からもあまり出ることのなくなっていた光平は、突然のクラスメートたちに囲まれて混乱した。
突如集団生活の中に放り込まれた内気な光平がうまくいくわけがなかった。
クラスメートたちとろくに会話もできない光平がイジメのターゲットにされるのは時間の問題だった。
プリントをまわしてもらえないことは日常茶飯事で、時にはシューズを隠されることもあった。
でも、そんなことは叔父や叔母に相談できない。
シューズがなくなったと言えば、怒られるのは光平だ。
だから絶対に言えない。
そんな光平にも優しくしてくれる女子生徒がひとりだけいた。
花子という名前の小柄でメガネをかけた真面目な生徒だった。
その子はことあるごとに光平をかばうように前に立ち「やめなよ!」と、声をあげてくれる。
だけどクラス替えがあればそうもいかない。
光平は唯一心のよりどころとなっていた花子と別々のクラスになってしまい、そのまま疎遠になって行ってしまったのだ。
家にも学校にも居場所がなく、しかし他に行く当てもない。
とにかく早く大人になってこの町から逃げ出したくて、光平は高校に入学すると同時に叔父さんが持っているアパートで一人暮らしをすることに決めた。
叔父と叔母は目障りな光平が家からいなくなるということで、引き止めることもなかった。
家賃は少しばかり安くしてくれたが、バイト代で毎月振り込むことになった。
それでも、とにかく2人の元から離れることができるならそれで良かった。
これでもう毎日相手の顔色を伺ったり、殴られたりしなくてもすむのだ。
それだけで光平にとっては天国だった。
この狭いワンエルディーケーの部屋が、自分の国のように感じられた。
しかし、長い間内にこもっていた光平が高校生活になじむのは難しかった。
小学校、中学校と友人らしい友人はいなかったし、友達の作り方もわからない。
真面目に授業を受けているときに不意に耐え難い怒りがわいてきて、大声を上げてしまいそうになるときもあった。
このとき、光平の心は悲鳴を上げていたのだ。
ようやく悪夢のような毎日から逃れることができたのに、心に深く残った傷口はちゃんと治療をしなければ治らないくらいになっていた。
叔父と叔母から離れて平穏な日常を手に入れたことで、その病が浮き彫りになり出したのだ。
光平は焦った。
これから人生を取り戻すつもりだったのに、こんな状態じゃ勉強だって手につかない。
それじゃ叔父、叔母の家にいるのと変わらないようなものだった。
苛立ちを払拭するために光平が取った行動は夜の街を歩くことだった。
夜は自分の顔も、相手の顔も曖昧になる。
自分のことも相手のことも気にしなくてよくなるようで、気が楽だった。
それに通り抜けていく夜風がとても心地いい。
こうして夜に1人で散歩をしていると、どんな人間でも最後には1人なのだと思えた。
自分だけじゃない。
みんな結局は孤独の中で生きているんだ。
集団の中の孤独。
誰もが抱えているものを、自分はもっと明白に抱えている。
それだけ。
そう思って自分の苛立ちを押さえ込み、夜の公園へと足を踏み入れた。
公園には誰の姿もなく、オレンジ色の街頭がむなしくベンチを照らし出していた。
少し休憩したら帰ろう。
そう思ってベンチへ近づいて行ったとき、生垣の奥からよく太った野良猫が出てきた。
野良猫は人になれているのか光平の姿を見ても逃げ出さず、ふてぶてしくその場で毛づくろいをし始めた。
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