第25話
☆☆☆
クルミの1日のスケジュールはいつも決まっていた。
学校から帰るとまずは宿題を1時間ほどで終わらせる。
夕食をとった後はまた1時間の勉強。
これは経済学などの仕事に関係する勉強だ。
その後は30分入浴をして、寝る前にまた1時間の勉強。
そして10時にはベッドに入っていないといけなかった。
子供じゃないんだから10時に眠ることなんてできない。
それでもベッドに入っていないと怒られるから、クルミはいうとおりにしていた。
おかげで面白いと噂のテレビ番組を見ることもできない生活が続いている。
早く寝て、朝5時には起きて勉強だ。
たまに友人たちと遊びに出かけたりするにしても、数日前にその予定を両親に伝え、承諾してもらわないといけない。
誰とどこで遊ぶのか。
帰った後は何時間勉強をするのか。
その報告の中で父親が少しでも懸念に感じることがあれば、その遊びの約束は反故される。
クルミの人生はこの家に生まれたときからすべて決められているようなものだった。
クルミ本人がああしたい、こうしたいと願ってそれが叶ったことなんてほとんどない。
友人たちが自分でクッキーを焼いて学校に持ってきたり、新しい文房具を持ってきたりしても、クルミにはそれすらもすべて与えられたものだった。
食べ物を自分で作る時間があるなら勉強をしろ。
勉強道具が可愛くある必要はない。
お金持ちのお嬢様として生まれたクルミをうらやむ人は多いが、クルミはなにひとつ持っていないも同然の生活をしていた。
だから、自分の夢に向かって突き進んでいるリナを見るとイライラした。
リナの家には父親がいなくて、弟と妹の面倒もあって大変だとわかっていながら、嫌味を言ってしまう。
「もしかしてそれ、縫ってるの?」
体育の授業の前、リナが持っている体操着袋にハートのアップリケがついていることに気がつき、クルミは言った。
振り向いたリナへ向けて粘ついた笑みを向ける。
自分がひどいことをしていると理解できている。
それでもリナに嫌味を向けることをやめることができない。
家に戻れば両親やお手伝いさん、更には専用の家庭教師からの監視がついているクルミにとってストレス発散の場所は学校しかなかった。
リナの表情が一瞬険しくなる。
いつも笑顔でいい子ぶっているリナが、クルミの前だけではその表情を崩す。
その瞬間が、クルミはたまらなく好きだった。
別にリナの夢を邪魔するつもりはない。
しかし、いらだつ気持ちはリナにしか向けることができない。
羨望とやっかみがない交ぜになったどす黒い感情が自分の中に存在していることを知っている。
リナはそんなクルミに対して興味も示さずに友人たちに囲まれて教室を出て行った。
クルミはそんなリナの後ろ姿を見送り、罪悪感が胸に広がっていくのを感じた。
放課後になるとリナは足早にグラウンドを横切って帰宅する。
その最中聞こえてくるのがテニスコート内でストレッチをしている部員たちの掛け声だ。
白いテニスウェアを身に着けて練習に励んでいる彼女たちを見ると眩しくて目を細めてしまう。
クルミは高校に入学後はテニス部に入部することを希望していた。
ウェアが可愛いからとか、そんな理由じゃない。
以前テレビ番組でテニスプレーヤーを見ていて運動をするなら絶対にテニスがいいと思っていたのだ。
テニスでプロになりたいなんて考えていない。
ただ、趣味のひとつとして練習して見たいと思っていた。
だけど父親の意見を無視して地元の高校に入学したクルミに、部活動をする自由は与えられなかった。
放課後は真っ直ぐに家に帰り、勉強をするのだ。
この約束を破ったとバレたら、その瞬間に転校させられてしまう危険もあった。
だからクルミは父親に言いなりになるしかなかったのだ。
クルミは眩しいテニス部員から視線をそらして、足早に校門を抜けたのだった。
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