第24話 放火の仮面
長いダイニングテーブルを囲んで静かな食事が進んでいる。
テーブルの一番奥には父親、その右横に母親、そして左横に座っているのが四条クルミだった。
一般的なダイニングルームの3倍ほどあるその部屋には使われていない椅子が10脚ほど並んでいる。
普段は3人家族なのでこんなに椅子は必要ないのだけれど、週末になると必ずと言って良いほど父親の仕事関係者がやってくる。
その時のために出しっぱなしにされていた。
今日の晩御飯はフレンチで、一皿食べるごとに父親お抱えのシェフが新しい皿を持ってくる。
食事中は基本的に無言で、テレビなどの音も聞こえてこない。
時々父親がクルミに質問をしてくる意外に、食器があたるカチャカチャという音だけが響いている空間だった。
クルミはステーキ肉を口に運びながら、以前友人の家で食べたハンバーグを思い出していた。
正直言えば味はたいしたことはなかった。
だけど家族でおしゃべりをしながら囲む食卓はとても楽しくて、気がつくと目の前に出されていたハンバーグをすべて食べきってしまっていた。
それに比べて自分の家の食卓は静かで、どこか重苦しい雰囲気が漂ってくる。
口の中で咀嚼しているステーキ肉は最高級のもののはずなのに、その味はあの時のハンバーグよりもまずく感じられる。
それはきっとこの雰囲気が味を悪くさせているからだ。
そう考えたクルミは少し勇気を出して口を開いた。
「今日学校でね、とても変な噂を聞いたの」
できるだけ明るく、そして高校生とは思えないくらい無邪気な声で言う。
「ひとりで放課後の屋上に行くとね、そこに仮面が落ちているんだって。その仮面を身に着けると、プロ級の犯罪者になることができるっていう噂でね――」
「そんなくだらない噂話に付き合っているのか」
明るいクルミの声は父親の厳格な声によってかき消された。
クルミは「え」と呟いて父親へ視線を向ける。
「そんな噂を信じて、気にしているのか」
「信じているわけじゃないけど、おもしろいでしょう?」
クルミは両親に笑顔になってほしくて話をしたのだけれど、今父親の顔に浮かんでいるのは嫌悪感に似た表情だった。
クルミはたじろぎ、父親から視線を外してしまう。
「やっぱりお前はもっといい高校に入学したほうがよかったんじゃないのか。地元の高校に通いたいと言うから行かせてやっているが、そんな噂にかまけているようじゃ話にならないぞ」
父親の叱責にクルミは身を硬くした。
確かに地元の高校へ行きたいと言ったのはクルミだった。
中学校まで同じだった友人たちと、遠く離れてしまうのがいやだったからだ。
その代わりに勉強を頑張ると約束させられていた。
学校の勉強はもちろんのこと、いずれ父親の会社を継げるように経営学なども学んでいる。
クルミは約束を果たしていた。
クルミはただ、学校で起こった面白い出来事を2人に聞かせたかっただけだった。
そうすることで少しはこの場の空気がやわらかくなるのではないかと考えて。
それなのに、自体は思わぬ方向へ向かってしまった。
ついなにか言い返してしまいそうになったが、グッと言葉を押し込めた。
ここで父親に反論すれば余計に雰囲気が悪くなってしまう。
「ごめんなさい」
クルミは静かに謝罪をして、さっきよりも重たくなった空気の中、食事を続けることになってしまったのだった。
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