第14話 盗みの仮面

姿見の前で長沢リナは念入りに自分の身なりを確認していた。



白いブラウスに紺色のスカート。



胸元にはエンジ色のリボンが結ばれている。



「お姉ちゃん、早くしないと遅刻するよ!?」



バタバタと家の中を駆け回っている妹の声が聞こえてきて「わかってる」と、顔だけ振り向いて返事をする。



よし、今日もおかしいところはなし、と。



リナは自分の姿に満足をしてひとつうなづくと、足元に置いてあった学生カバンを手に取った。



「じゃ、私行ってくるから」



家族に声をかけ、外へ出る。



今日は思ったよりも日差しが強くて外へ出た瞬間目を細めた。



一瞬日傘を取りに玄関へ戻ろうかと思ったが、思い直してそのまま歩き始めた。



アイドルにとって日焼けはご法度だけれど、日にあたらなすぎるのも体によくないと効いたことがある。



日焼け止めは塗ってあるし、今日くらいはこのまま歩いて行ってもいいかもしれない。



学校までの道のりを背筋を伸ばして歩いていく。



一歩外へ出れば私はもうアイドルだ。



近所の人たちだって私の活動を知っているから、下手な姿を見せることはできない。



休日に近くのコンビニまで行くときだって、スッピンに見えるナチュラルメークで、可愛いルームウェアを身に着けて行く。



そのくらいしなければ本物のアイドルになんてなれないとリナは思っていた。



学校までの道のりを歩きながら、小学校の頃両親につれられていったアイドルのコンサートを思い出す。



ステージの上でキラキラと輝いていた彼女たち。



いつか自分のあのステージに立ちたいと願い、中学に入学してからダンスレッスンをはじめた。



それがよかったのかはわからないが、高校に入学してからは地元アイドルとして活動するようになっていた。



最初、地元アイドル募集のチラシを見たときはまさか自分が選ばれるなんて思ってもみなかった。



だって、応募条件は市内に暮らす0歳から100歳までの女性となっていたから。



町おこしのための一風変わったアイドルを作りたいのだと思っていた。



だけど最終的に残ったのはリナを含める高校生2人と中学生2人の4人だ。



あのアイドル募集チラシはただ注目度を高めるために作られたものだとすぐにわかった。



地元アイドルとして活動させたいのは赤ん坊でもおばあちゃんでもない、若い女の子たちだったのだ。



それじゃどこにでもいるアイドルと同じだ。



地元から羽ばたいて行こうと思っても埋もれてしまうのが関の山。



リナは一瞬そんな風に焦ったけれど、それでも地元アイドルを引き受けることにした。



まずは第一歩だ。



どんなことでも経験していないとしているのでは大違い。



それに最近では地元アイドルが全国的に有名になるパターンは多く存在している。



あわよくば自分もその1人になりたかった。



「リナちゃんおはよう」



考え事をしているうちに学校に到着してしまった。



慣れた道だからボーっとしていても足は勝手に動いてしまう。



「おはよう。今日も暑くなりそうだね」



リナはクラスメートに笑顔で返事をする。



「本当だねぇ。あ、リナちゃんが気になるって言ってたCD持って来たよ」



「本当!? わぁ、嬉しい! このCDすっごく聞きたかったんだ! ありがとう!」



少し大げさに喜んで飛び跳ねる。



学校内でももちろんリナはアイドルのリナだった。



みんなに優しく、そして明るく元気。



意識してそういうキャラクターを作っていると、みんなの前では自然とそういう風に振舞うことができるようになっていた。



案の定リナに友人は多かった。



クラスメートのほとんどはリナの友達だし、他のクラスにも沢山友達と呼べる子がいる。



けれどたった1人の親友を作ることは難しかった。



親友となれば自分の悩みを打ち明けたりできないといけない。



今のリナにとって、そこまで心を許せる子はいなかった。



どんな小さなグチでもアイドルにとって致命傷となる場合はある。



まだ全国デビューもできていないリナが、今から汚点を背負うことはできなかった。



「ねぇリナちゃん。ちょっと言い難いことなんだけどさぁ」



借りたCDをカバンにしまっているとき、ショートカットの女子生徒がおずおずと話しかけてきた。



隣の席の九条さんだ。



「なに?」



「南部のやつ、またカメ持ってきてるよ」



九条さんはリナの耳元に顔を寄せてささやいた。



リナはその言葉にチラリと南部恵一へと視線を向ける。



大人しい恵一は今も1人で机に座って文庫本を広げている。



恵一は誰かと楽しく会話をしているところを、リナは1度も見たことがなかった。

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