お嬢様のストレス発散のお相手は、クラスメイトの俺です。

赤金武蔵

第1話 秘密のバイト

 雪守雫ゆきもりしずくは、美人で有名だ。

 透き通るような白く、玉のような肌。

 筋の通った鼻。

 美しく流れるような黒髪ロング。

 しかし見た目だけじゃない。雪守家は世界でも有名な大企業で、雪守はそんな家の一人娘だったりする。

 容姿端麗。成績優秀。運動神経もいい。

 みんなに好かれる性格だし、教師からの人望も厚い。

 どこを取っても完全無欠のお嬢様。

 それが、雪守雫という女の子だ。


 が、そんな雪守にはある秘密がある。

 その事を知っているのは──俺だけだ。



   ◆



初瀬はつせくん、おはようございます」

「……おはよう、雪守」



 朝、いつも通り雪守が登校してきた。

 小鳥がさえずるかのような美しい声に、殆どのクラスメイトが聞き惚れている。

 雪守の席は窓側の一番後ろ。俺はその隣だ。

 そんな雪守が俺の隣に座ると、クラスの女子たちが我先にと寄ってきた。相変わらずの人気っすね。でも俺が隣にいること忘れてません?

 周りが女子ばかりでいづらくなり、なんとか脱出。

 はぁ……毎朝のことながら疲れる。



「よっす、祈織いのり

「ん? ああ、和樹かずき。おはよう」



 ため息をつく俺のところに、富田和樹とみたかずきが近付いてきた。

 高校に上がってから出来た友人で、同じ帰宅部ということもありよく絡んでる間柄だ。



「大変だな、女神の隣だと」

「代わるか?」

「代われるなら代わりたいぜ。擬似とはいえ、女の子に囲まれるんだからよ」

「嘆かわしい」

「なんか微妙に傷つく言い回しやめてくんない?」



 おっと、つい本音が。

 和樹の席の後ろに座って、女子に囲まれている雪守を見る。

 どんな話題を振られてもちゃんと返すし、絶対に笑顔を絶やさない。

 それに、雪守と話しているクラスメイトはみんな笑顔だ。

 傍にいて笑顔を振りまくだけで、他の人も幸せな気分にさせる。

 雪守雫が女神と呼ばれる所以ゆえんだ。



「いいよなぁ、雪守。あんな子とお近付きになれたらどんだけ幸せなんだろうなぁ」

「なってくりゃいいじゃん。雪守なら拒否らないだろ」

「簡単に言うなよ。雪守にしつこく言い寄った先輩が、次の日から丸坊主の好青年になったのは知ってるだろ?」

「ああ、知ってる」



 見てたしな。黒塗りの車から出てきた黒服に拉致られた現場を。

 あの日から、雪守に話しかける男は極端に減った。

 それもそうだ。下手に声をかけたら何されるかわかったもんじゃないからな。

 ただしつこくしなかったら、何も問題ないだろう。要は程度の問題だ。

 和樹は雪守から視線を逸らすと、「それより」と話題を変えた。



「今日の放課後、ラーメン食いに行こうぜ。美味い家系の店見つけたんだよ」

「無理。今日金曜だし」

「って、そっか。今日はバイトだっけか」

「悪いな」

「気にすんなって。でもよ、金曜の夜のバイトだけで結構貰ってんだろ? いい加減俺にも紹介してくれよ」

「定員一名だから無理だな」

「ケチ」



 いたっ。足を蹴ってくるな、足を。

 仕方ないだろ。定員一名は雇い主の要望で、俺には覆すことは出来ないんだから。

 未だに蹴り続ける和樹の脳天にチョップをいれる。と、その時。俺のスマホが震えた。



『雇い主:今週もよろしくお願いします』

「…………」



 言われんでもわかってるさ。

 俺は返信せず、既読のままスマホを閉じた。






 放課後になり、俺は家に帰らずそのままある場所へ向かっていた。

 商店街を抜け、住宅街を抜け、森への入口に立つ。

 ここが約束の場所だ。

 人気がない。人っ子一人、誰もいない。

 そんな怪しげな場所だが……ちょうどその時、黒塗りの車が俺の目の前に止まった。

 曇りガラスの窓が僅かに飽き、奥から女性の声が聞こえてくる。



「十五時半。流石、ぴったりですね」

「遅れたら、お前が怒るからだろ」

「ふふ。時間は有限ですから」



 運転手が扉を開ける。

 そこには俺の雇い主──雪守雫が、女神のような笑顔で座っていた。



「さあ、どうぞ。直ぐに我が家へ」

「……はいよ」



 雪守の隣に座り、シートベルトを閉める。

 直後、車はゆっくりと発進し、無言の俺と雪守を運んで行った。

 車で揺られること三十分。

 十六時ちょうどに、俺と雪守は車から降りた。

 目の前には、屋敷と言っていいほど巨大な建物がある。ここが、雪守家の実家だ。

 もうここに来て半年になるけど、いつまでも慣れないな……。

 屋敷の存在感に圧倒されていると、扉の前で待っていたメイドさんが近付いてきた。



「お嬢様、祈織様。お帰りなさいませ」

「ただいま戻りました、玲奈さん」

「……お邪魔します」



 この人は雪守家で働いている、メイドの宮部玲奈みやべれなさん。雪守曰く、雪守雫専属のメイドということだ。

 確かに何かあれば、宮部さんに言えば何でも解決してくれる。俺も何度助けられたかわからない。

 俺の言葉に、宮部さんは口に手を当てて上品に笑った。



「ふふ。祈織様、もう私たちは家族のようなものですから、そんな他人行儀じゃなくていいんですよ」

「家族って……俺は雪守に雇われてるバイトの身ですから、おこがましいです」



 なんとなくむず痒くなり、宮部さんから顔を逸らした。

 そんな俺の反応が面白いのか、宮部さんはころころと鈴を鳴らしたように笑う。



「もう、玲奈さん。あまり初瀬くんをからかわないで」

「申し訳ありません、お嬢様。随分と反応が可愛らしいものですから」

「それはわかります」



 わからないです。

 鞄を別のメイドさんに渡すと、宮部さんを先頭に屋敷の中を歩く。

 ここだけ日本とは切り離されたような、圧倒的異世界感がある。廊下に飾られている調度品一つとっても、かなり値が高そうだ。

 歩くこと数分。ある部屋の前で立ち止まる。ここが、雪守の自室だ。



「それではお嬢様、祈織様。準備は整っていますので、ごゆるりと」

「はい。私が呼ぶまで、誰も近付けさせてはいけませんからね」

「かしこまりました」



 また今日も始まるのか……もう何度目かもわからないけど、まだ緊張するな。

 宮部さんが去っていくのを見送り、雪守を先頭に中に入る。

 もう嗅ぎ慣れた雪守の匂いが充満する部屋。それに混じり、いい香りのアロマのようなものも焚かれている。

 窓はカーテンが閉められ、間接照明で部屋の中は薄らと照らされていた。

 さっきまでお淑やかにしていた雪守。が──次の瞬間、靴下を脱ぎ捨ててベッドへダイブした。



「はぁーっ! やっと一週間終わりましたぁー……!」

「お疲れさん。大変だな、お前も」

「ほんとーですよ! もーストレス! ほんっっっっとストレスです!」



 紫のパンツが見えるのもお構いなしに、脚をばたつかせる。学校では絶対見せない雪守の姿だ。



「勉強、学校、習い事、社交界。みんなにニコニコしてみんなから慕われて……ぶっちゃけ重圧を感じてるんですよね、今の立場って」

「親が偉大だと子供も大変だな」

「まあ、この生活があるのもお父様とお母様のおかげなので、全部が全部悪いってわけじゃないですが……」



 雪守はそっと溜息をつき、寝転がったままスカート、ブレザー、ワイシャツを脱ぎ捨てた。

 下着姿に胸が高鳴る。でもこれも何度も見た姿だ。今更気にすることはない。雪守も気にしてないし。

 雪守はベッドから飛び降りるとガウンを着て、満面の笑みでこっちにやって来た。

 さて、ここからが仕事の時間だ。



「雪守、今日の欲求は?」

「はい! 今日はですね──ゲーム欲です!」

「わかった。準備出来るか?」

「任せてください!」



 雪守が鼻歌交じりに準備しているのを、後ろから眺める。

 そう、これが俺の秘密のバイトだ。

 さっきも言った通り、雪守雫は日々ストレスに晒されている。

 それが週末になると欲求となり、欲望となり、我慢の限界が来て噴火する。

 それの相手をするのが、俺だ。

 欲求は様々なもので表れる。

 今日みたいにゲーム欲。先週は食欲。先々週は知識欲。その前は、その前は……と、毎週違った形で溢れる。

 まあ、それ以外にもう一つ、、、、、、、、、あるが、それは後でわかる。



「ふふふ、手加減は無用ですからね! 今日こそボロくそにぶちのめします!」

「口悪いぞ」

「今日こそボロうんこぶちのめします!」

「何故そこを直した」



 というか女神の口からうんこって言葉が出たぞ。いいのか、それは。

 雪守がうきうきとコントローラーを用意し、大乱闘系の格ゲーを始める。

 俺は普段からやってるから大得意だ。オンラインでもかなりやっている。

 だが雪守は、こういったゲームはほとんどやらない。というか、日々に忙殺されて出来ないというのが正しい。

 その結果。



「フ〇ッッッッッッッック!!」

「口悪すぎ」

「おフ〇ック!!」

「『お』を付ければいいと思うな」



 連戦連敗。まあいつもの流れだ。

 でも手加減をして忖度すると、それはそれでキレられるから手加減出来ない。

 それに、この後のことを考えたら、どんな欲求にも付き合えると言ってもいい。

 ぶっ続けでゲームをやること三時間。

 ようやくゲーム欲が解消されたのか、雪守はコントローラーを投げ捨ててソファーに横になった。



「はふっ……まんぞく……♡」

「そいつはよかった」



 俺も久々に和樹以外とやれて楽しかった。

 コントローラーを置くと、部屋に沈黙が流れる。

 雪守のゲーム欲は解消された。

 ここからは、もう一つの欲求だ。



「初瀬くん……今日もお願いします」

「……わかった」



 雪守をお姫様抱っこで持ち上げ、ベッドへと運ぶ。

 上から覆いかぶさってガウンの紐を緩めると、純白の肌が顕になった。

 扇情的なプロポーション。きめ細かい柔肌。何度見ても美しい。

 雪守は俺の頬を手で包み込むと、ゆっくりと口付けをした。



「初瀬くん──私の愛欲を満たしてください」

「……ああ」

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