プロローグ

「番号札を取ってお待ち下さい」

 入店早々、接客ロボットのカメレオンじみた目がこちらを向いて、中性的な的な声がスピーカーから流れた。

 ニシは接客ロボットの言う通り、よく注意書きを読んで「1」=新規契約のボタンを押した。土曜日の昼下がり、家から近くの携帯電話ショップは思ったより人が多かった。携帯会社は新規顧客を獲得するため高齢者をターゲットに=週末のショップはいつも大混乱。

「お客様ぁ~こちらが開いておりますのでどうぞ」

 営業スマイル/安いスーツの受付係の男がうやうやしく案内する。年齢層の高い人達がカウンターでガヤガヤとクレームを付けているが、それより順番を優先してくれた。

「今日はお兄様のご契約でしょうか。それとも妹様のご契約で?」

「俺じゃなくて、こっち」

 ニシの指差す先、サナがコクコクとうなずいた。

「そうですかぁ~。中学生ですか。初めてのスマホですかぁ~」

「はい」

「いいですね~」

 こういう対応のマニュアルでもあるのだろうか。イライラしてきた。

 受付の男に言われるがまま、カウンターの椅子に座る。

「お兄様、だってさ。若く見えたのかな」

 年の差は、干支で言えば約一回り。

「兄さんじゃなくて、私が大人びて見えたんです。14歳とかじゃなくて、本当は16歳くらいなんです、きっと」

 記憶喪失の少女=サナ。自分の年齢を思い出せず/しかし常に大きく見せたいお年頃。ニシの呼び方は、他の子たちに倣って「兄さん」と定まった。かれこれ1ヶ月、その呼び方なのでだいぶなじんできた。

「どちらの機種になさいますかぁ~」

 猫なで声の受付。パンフレットを広げ、様々なメーカー/値段/色のスマホを見せる。しかしどれも似たような形=6インチのスクリーン。

「ん――」

 サナの眉間に皺が寄った。かなり真剣に悩んでいる。視線が右へ左へ行ったり来たり。

「友だちはどんなの、持ってるんだ?」

「ルイちゃんはこれ、ツカサちゃんはこれだと思う」

 サナはパンフレットの写真を指差した。どちらもエントリーモデル。

「ちなみに、お兄様はどんな機種がよろしいですかぁ~」

「俺は、ロースペックのスマホ、ミドルスペックのタブレット、ハイエンドPCが欲しい。simは格安ので」

 ニシ=魔導士でありながら、ギークな趣味。

「ははは、そうですか~いいですね」

 営業スマイル=警戒心が満ちる。妙な質問を聞かれないかドキマキしている。とは言えサナの最初のスマホなのだから、サポート満点のキャリアで契約する。

「これ、にする」

 サナの指差す先=ホワイト/RAM3GB/台湾製。

「その色が好きなのか」

「……うん」

 嘘。5人の孤児たちを育てたからわかる。遠慮禁止は、我が家のルールその1。

「モトローラの最新型で」

「え、いや、それは」

「高い? iPhoneより安い。それに友だちと写真をよく撮るだろ? 夏モデルのスマホでいちばん、カメラの性能がいい。それにRAM8GB、CPUも上位モデルだからゲームもサクサク動く。GPSの精度も高くて、ARナビゲーションもできる」

 ニシ=ギークの本領発揮。サナ=ドン引き。受付=苦笑い/仕事を取られた。

「うん、同じ色もあるし、それでいい」

「あはっ、わたくしも賛成です」営業スマイル=たぶん嘘。「ご契約のプランはいかがいたしましょう、お兄様」

 表にずらりと並ぶ金額/通信量/通話時間。

「この5G通信無制限、通話1分10円のプランで」

「月々5980円になります。お支払いのほうは?」

「クレジットで」

「はーい、ではこちらの書類に記入を。わたくしはおスマホをご用意してきますので~」

 そう言って営業スマイルの男は席を立った。

「兄さん、本当に良かったの?」

「値段は、まあ気にしなくていい。遠慮しないって最初に言っただろ?」

 ニシはクレジットカードを取り出した。常磐興業のロゴと、ペリカンをデフォルメしたゆるキャラが描かれている。常磐興業=世界最大のエネルギー会社にして業績数百兆のコングロマリット。最近は金融業界にも手を出した/半強制的に社員も契約をすることに。

「通信費は俺が払うけど、スマホ本体の領収書はオジサン名義にするから」

 サナは首を傾げた。

「大人のルールだよ。大丈夫。オジサンはお金持ちだから」

「じゃあ、さっきファミレスで食べたリョウシューショも?」

「そうそう」

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