第2話 契約完了。
「もー!最悪!!なんでこっちの店舗にいるわけ?!」
何故俺は怒られているのだ。
腕を組み、頬を膨らませているのは同じクラスで隣の席の
俺は会計を済ませた後、店の前で北村さんに怒られている。
学校から離れたこの店舗へ俺が来たことに対して怒っているようだ。
「いや、そうは言われても・・・」
理不尽だ。あまりにも。
「ん?なんて?」
北川さんに聞き返される。
「え?だから、そうは言われても・・・」
「及川くん?」
低めのトーンで名前を呼ばれ、思わず背筋が伸びる。
「は、はい・・・?」
「声が小さい!!!!!!」
「へ?」
声が小さい?俺の?
「自己紹介のときもそうだったけど、声が小さいの!及川くんは!全然何言ってるか聞き取れなかったよ?」
「マジで?」
声量を意識して上げ、問う。
「マジもマジ。一番前の席の子ですら聞き取れなかったって言ってたよ?」
一番前の席の子ですら聞き取れなかったってどんだけ小さいんだよ。
そりゃ自己紹介で何言ってるかわからないやつに話しかけてくれる人なんているはずがない。
自覚はなかった。だから最初の挨拶のとき、戸田先生は改めて俺のことを紹介してくれたのか。だから―――
「朝声掛けたのも聞こえなかった?」
「朝?私、及川くんに声掛けられた記憶ないけど?」
無視されてたわけじゃ、なかったんですね・・・。
「な、なんで空見上げながら祈ってるの・・・?」
「いや、てっきり無視されたのかと・・・。」
「え?そんなことしないけど。」
「よかった・・・」
どうやら俺の高校生活も完全に終わったわけではなさそうだ。
「『よかった・・・』じゃないよ!」
少し安堵していたところで、またも怒られる。
「え?」
「人に聞こえるくらいの声量でハッキリ話さないと、このまま誰とも話すことなく卒業迎えるよ?」
「うっ・・・」
痛いところを突かれる。
今の俺はぼっちを卒業し、新しい学校で新しいスタートを切りたいと思っている。
そしてそのぼっちの原因が俺の声量にあるのだとしたら、早いところ直したい。
「ちょっと話したいこともあるし、付いてきて。」
そう言うと北村さんは歩き出した。
「付いてきてって、どこに行くつもりなんだ・・・?」
「発声練習。カラオケ行こっ。」
北村さんはニッと笑った。
某ヲタクに優しい本屋さんから徒歩2分。
俺は北村さんに連れられて、カラオケへと来た。
一人ではよく来るものだが、誰かと来るのは初めてのことだ。
部屋に入ると北村さんは2本マイクを手に取り、1本を手渡してくれた。
「ほい。」
「あ、ありがとう。」
「でさ、さっき言ってた話したいことなんだけど。」
真剣な表情になる。何か深刻な内容なんだろうか。
「あのね、私がアニメイトにいたことは黙っててほしいの!」
いや言っちゃったよ。俺が今までいろいろな権利が心配で『某ヲタクに優しい本屋さん』って濁してたのに店名言っちゃったよ。
それはさておき。
「黙っててほしいってなんで?」
「――――から。」
「え、なんて?」
周りの部屋の方の歌声でかき消され、聞こえない。
すると北村さんはマイクを手に取り大きな声で言った。
「ヲタクってこと隠してるから!!」
あまりの大きさに耳がやられかけ、思わず耳を抑える。
「あ、ごめん、恥ずかしくって・・・。大丈夫?」
「い、いや、いいんだ。大丈夫。」
そんな俺を見かねて北村さんが気にかけてくれた。
「で、その、お願いできないかな・・・?」
蛍光灯の光によってさらに輝きが増した大きな瞳に見つめられ、思わずドキッとしてしまう。
俺に女子耐性がないというのもあるが、どんなに女子耐性があっても、男であれば鼓動を速めてしまうだろう。
二つ返事で承諾するつもりだったが、意図せずと間が空いてしまった。
そして俺が承諾の言葉を発すより先に、北村さんが口を開いた。
「お願いします!この通り!!何でもしますから!!!」
「いや、何でもするといったって別に―――」
そこまで言いかけたところで、俺は言葉を詰まらせた。
「今、何でもするって言った・・・?」
「え?あ、いや、その・・・」
俺は身を乗り出す。
「や、その、ちょっと、さっきのは言葉の綾といいますか・・・。未だ高校生だし、付き合ったことだってないし、エッチなのは・・・」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「『創作物研究同好会』?」
「そうなんだ、北村さんは知らない?」
「知らない。とでもいつもなら言うけど、ヲタバレしてる及川くんに隠す必要はないもんね。めちゃくちゃ知ってます。」
「知ってるなら話が早そうで助かる。」
「つまりは『創作物研究同好会』の再建がしたいってこと?」
「そうなんだ。ただ再建には希望者が最低でも3人集まらないといけないみたいで・・・」
エッチな要求をすると思っていたか?そんな要求ができる度胸があったら、十数年間ぼっちなわけないだろう。
さっき北村さんの口からエッチなことはなんたら・・・って聞こえたような気もするが、さすがに俺の聞き違いだろう。
俺の要求は『創作物研究同好会』再建の協力依頼だ。
「なるほど、そういうこと。」
「どうかよろしく頼みたい!」
俺は身を乗り出し、頭を下げた。
「お安い御用だよ。」
「マジで?ありがとう!」
「い、いいけど、私がヲタクだってことは絶対に言わないでね?!」
「もちろんだよ。いやホントにありがとう。」
俺がお礼を言うと、北村さんが手を差し出す。
なるほど。そういうことか。
俺はその手を取る。いわゆる握手というものだ。
「契約完了!」
そう言って北村さんがニッと笑う。とても素敵な笑顔だった。
こんな綺麗な子がヲタクなんて、と疑心暗鬼になっていたが、今の台詞やその言い方で彼女がヲタクであることは確信した。
「あ、今ヲタクっぽいと思ったでしょ?」
「え、いや、思ってないよ・・・」
心を見透かされ、思わず嘘をつく。
「え!?なんで?思ってよ!!私、隠してるけどヲタクというものに誇りもってるから!(ドヤァ)」
さらに俺は、彼女がめんどくさいヲタクだということも確信した。
「それはさておき。時間もったいないし、早く歌っちゃおうよ!」
北村さんはタブレットを手に取り、選曲を始める。
「何歌おっかなぁ。」
「あ、あの、北村さん・・・」
俺はあることを訴えかけるために、北村さんに呼びかける。
「うん?何か歌いたいやつでも?」
「そういうことじゃなくて。」
「じゃあなに?」
「こ、この手は、いつまでこのまま・・・?」
この手。そう、俺たちの手は握手を交わしたままの状態にあった。
「え?あっ!その、ごめん!」
慌てて北村さんが手を解く。
「いや、別に謝ることの程では・・・。というか、もしかして北村さんって天・・・」
「天然じゃなーーーーい!!わ、私、お手洗い行ってくる・・・!何か歌ってていいからねーーーーー!!!!」
「あ、ああ、行ってらっしゃい。」
北村さんは部屋を飛び出していった。
俺は一人部屋に取り残されたことで、さっきまで高ぶっていた気持ちが、徐々に落ち着き始めていた。
すると同時にあることに気が付く。
俺は大きく息を吸い込み、大きく息を吐く。
「もしかして俺って今、女子と二人で遊んでる?」
困惑やら喜びやらの感情が大きかったせいもあって意識できていなかったが、これって俗にいうデートなのでは?
女の子と2人でカラオケデートなのでは?!
いかん、いきなり死ぬほど緊張してきた。
ガチャ。
あたふたしていたところで北村さんが帰還する。何とか平然を装わなければ。
「ただいまー。あれ?先歌っててよかったのに。」
「お、おかえり。きょ、曲が決まらなくてさー。」
「ん?どうしたの?」
「へ?何が??」
「あ、もしかして――――女の子と二人っきりで遊ぶの初めてで、今更緊張してるのかな?」
にやりとした表情の北村さん。これは完全にからかわれているのが俺でもわかった。
「へえー、何も言い返さないってことは図星かなぁ?」
北村さんのニヤニヤが加速する。
何とか言い返したいが、図星すぎて何も言葉が詰まって出てこない。
「わあ図星だ!図星だ図星!緊張してる!!」
「あああああああ!うぜえええええええ!!!」
「あはははははは!!」
叫び返すことしかできない俺に大笑いの北村さん。
「変に緊張しなくてもいいのに。私だって初めてなんだから(ボソッ)」
「ん?」
最後の方に何か言ってるようだったが、全く聞こえなかった。
「いいからほら、マイク持って。このデュエット曲、もちろん知ってるよね。」
北村さんが選曲したのは、アニメ好きなら必ずしも知ってるであろう名曲だった。
「ああ、もちろん。」
アニソンというのはすごいもので、さっきまでの緊張を嘘のようにしてくれた。
俺たちは3時間ほど、一切の休憩も取らずアニソンを歌いまくった。
「北村さん、声がガスガスすぎておばあちゃんみたいになってるぞ。」
「それはこっちの台詞だけど。おじいちゃん通り越してひいひいおじいちゃんになってるんだけど。」
結論、お互いガスガス。言葉一つ一つに濁点が付いているようだった。
元々あまり人と話さないし、緊張もあった影響ですぐに潰れてしまった。
そのお互いガスガスの声で話を続ける。
「北村さんと俺であと一人か・・・。早急に探さないとだな。」
「あー、それなら一人、いい人材を知ってるよ。」
「マジで?」
「うん、大マジで。」
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