第36話 今日は奢られろー

「すまない北野後輩。桐島後輩がなぜ北野後輩にきつく当たるのかだいたいは分かった」

「はい。ぜひ教えてください。どうして桐島は私に強く当たるんですか?やはり私がなにかしたんですか?」

「う~ん、なんとも難しいところだが、結論から言えば誰も悪くない。もちろん北野後輩もだ」


 やはり三人はなぜ愛理が真希にきつく当たるのか分かったらしい。

 それを知りたかった真希は紗那にその原因を聞こうとすると、一旦クッションを入れられて言葉を濁した。


 どうしてこんなに言いづらそうにしているのだろう。真希には分からなかった。

 言いづらそうにしているのは紗那だけではなく、清美も麗奈も同じだった。


「なんでそんなに言いづらそうなんですか。分かっているなら教えてください」


 今まで真希は愛理に苦しめられてきたのだ。

 その原因を早く知りたいと思うのは当然の欲求だった。


「それはだな、桐島後輩が牧野後輩に恋をしているからだ」

「……えっ」

「桐島後輩は牧野後輩が好き。だが、牧野後輩が北野後輩とばかり話しているのが面白くなかった。それだけのことなんだ」


 最初、紗那がなんて言ったのか分からなかった真希は思わず聞き返してしまった。


 もちろん、どういう言葉を言っているのかは分かる。


 でも瞬時に意味を理解することができなかったのだ。


 紗那はそう反応すると予想していたのか、二回目はもっと分かりやすく真希に説明した。


 愛理が陽子のことが好き。

 それだけで真希が愛理からきつく当たられていたのだ。


 納得いくわけがない。


 少しずつ言葉が呑み込めていくと、徐々に怒りが湧き上がって来た。


「なんで桐島が牧野が好きなだけで私がきつく当たられるんですか。意味が分かりません」

「それは牧野後輩が北野後輩ばかり話しかけて面白くなかったからだ。つまり桐島後輩は北野後輩に嫉妬していたわけだ」

「……なんですかそれ。……私、別に悪くないじゃないですか」

「そうだ。だから君は悪くない。誰も悪くない」

「それに男同士ですよ。なんで嫉妬するんですか」

「あたしは桐島後輩じゃないから分からないが、好きすぎて周りが見えていないのだと思う」


 陽子と愛理が仲が良い幼馴染ということは知っていたが、まさか愛理が陽子のことを好きだったとは知らなかった。


 そのせいで、真希は愛理からきつく当たられていたらしい。


 原因が分かってもなお、むしろ原因が分かったからこそ意味が分からない。

 どうして陽子が真希に話しかけるだけで嫉妬するのか、全然意味が分からなかった。


「って悪いのは桐島でしょ。誰も悪くないわけないじゃないですか」


 今の紗那の話を聞く限り、悪いのは完全に愛理の方だ。

 愛理が勝手に嫉妬し、その鬱憤を晴らすために真希に当たる。

 あまりにも愛理が我がまま過ぎてイライラしてくる。


「だから桐島後輩を完全擁護するつもりはない。でも人間って理屈じゃどうにもならないことがあるんだよ。北野後輩もいずれ分かる時が来るさ。頭では分かっているのに、感情が追い付かないことがあるって」


 紗那は愛理を完全擁護しないと言いつつも、愛理を責めることは言わなかった。

 いずれ分かる時が来ると言われても、分からないものは分からないし、自分の気持ちを抑えることができない。


 それってただの愛理の嫉妬であり、真希からすればとんだとばっちりである。


「それで私はどうすれば良いんですか。それって二人の問題というか桐島の問題ですよね」


 愛理が陽子のことが好きで、それが原因で陽子が真希に話しかけるのが嫌だったということまでは理解した。


 でもそれは愛理の勝手であり、真希は関係ない。


 真希が陽子に話しかけてこなくても陽子が真希に話しかけてくるたびに嫉妬してたら一生解決することなんてできない。


「だから北野後輩には桐島後輩と話し合って分かり合う必要がある。ここまではあたしたちの推測でしかない。もしかしたら他にも原因があるかもしれない。ぶつかり合っているだけではなにも解決はしない。人間には言葉というツールがある。それに今まで北野後輩は桐島後輩とちゃんと話したことがないだろ。一回ちゃんと話し合った方が良い。そうすることで分かることもあると思う。あたしたちが助けられるのはここまでだ。後は北野後輩が行動して、桐島後輩を変えるしかない」


 紗那は愛理と話し合って分かり合う必要があるというが、愛理と話し合っても分かり合える気がしない。


 一方的に敵視している人とどうやって分かり合うことができるだろうか。


「そんなに思い詰めなくても大丈夫ですよ。北野さんには私たちがいます」

「そうだぞー。今まで一回も桐島とはちゃんと話してないんだろ。ならまずはお互いの気持ちを知ることから始めないと、一生すれ違ったままだぞー」

「大丈夫だ北野後輩。北野後輩にはあたしたちがいる失敗してもあたしたちが慰めてあげるさ」


 不安が顔に出ていたのか先輩たちが真希にエールを送る。


 なんで自分が愛理の嫉妬のためにここまでしなければならないのか、納得はいかないがいちいち絡まれるのも面倒だしストレスだ。


「……一回桐島と話し合ってみようと思います」


 本当のことを言えばかなり不服だが、このまま放置していても解決しないことは分かっている。


 なぜ愛理が陽子のことで真希に嫉妬するのか分からない。


 別に陽子のことは好きではないし、恋愛感情なんて一ミリもない。


 それに陽子はかなり愛理に懐いていると真希は思う。


 真希に嫉妬する意味も分からない。


「応援してるぞ北野後輩」

「ガンバ、北野」

「ご武運をお祈りします」


 愛理と話し合うのは本当に面倒でストレスだが、三人が応援してくれることだけが唯一の救いだった。


「それでいくらですか」


 その後真希の相談も終わり、お開きになったところで真希が紗那たちに今日の支払い分を聞く。


「今日は北野後輩も傷心会だからな。お代はいらないよ」

「いや、でも……」

「今日は先輩たちの奢りだ。次遊びに行く時はちゃんと割り勘にするからその時は払ってくれ」

「そうだぞ北野ー。今日は奢られろー」

「今日の支払いは気にしなくても大丈夫ですよ。今日は北野さんのために会なので」

「……分かりました。今日はお言葉に甘えさせていただきますね」


 真希は自分が食べた分を支払おうとするが、今日は真希を元気づけるために開いた会ということで、代金はいらないと紗那は言った。


 他の二人も紗那と同じ意見らしく、三人の意見を変えるのは不可能だと経験上知っている真希は今回だけは素直に奢られることにした。


 本当に三人の先輩は優しくて頼りになる先輩である。

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