第32話 やはりドリンクバーは必須だろ

 ファミレスの中に入ると脂っこい匂いが鼻腔をくすぐる。


「何名様ですか?」

「四名です」

「では空いている席にお座りください」


 店員に人数を聞かれた真希たちは最初に店内に入った紗那が代表として答える。

 まだ店が混み合う前だったらしく、空席があちらこちらにあり自由に席を選ぶことができた。


「角の席が空いてるからそこで良いかな?」

「もちろんっ」

「大丈夫です」

「別にどこでも大丈夫ですよ」


 運良く紗那が空いている角の席を見つけたので、そこに座ろうと三人に提案する。

 もちろん反対意見が出るはずもなく、清美も麗奈も真希も賛成だった。


 角の席が好きなのか清美の声は弾んでいたが、別にどの席でも良かった真希からするとなぜ清美が喜んでいるのか理解できなかった。


 場所が違うだけで同じ席なんだからどこに座っても同じだろう。


 その後四人は適当に座り窓側に真希、その隣に紗那、向かい側に麗奈、斜向かいに清美が座った。


「麗奈、メニュー表取ってー」

「はいはい。そんなに急がなくても料理は逃げませんよ」

「サンキュー。どれにする麗奈」

「ドリンクバーは必須として、山盛りフライドポテトとかどうですか。定番ですし」

「それ良いね。デザートも見たい」

「はいはい。分かりましたから落ち着いてください。小学生ですかあなたは」


 向かい側に座っている清美と麗奈は一つのメニュー表をシェアしながら楽しそうに話してる。

 はしゃぎすぎている清美に麗奈は宥めているものの嫌そうではなかった。


「北野後輩、メニュー表を取ってくれないか?」

「はい」

「?どうしてあたしに渡すんだ。北野後輩は見ないのか?」

「見ますけど後で大丈夫です。最初は先輩の鈴木先輩が見てください」

「そうか。でもあたしは北野後輩と一緒に見たいんだ。ほらっ、もっと寄って。そうしないと北野後輩もメニューが見えないだろ」

「分かりましたから分かりましたから。近すぎです。もう少し離れてください」

「嫌だね。あたしは北野後輩が好きだから近くにいたいんだ」


 メニュー表を取ってほしいと言われたので紗那のためにメニュー表を取ってあげたら、なぜか紗那に寂しい顔をされた。


 真希的には先輩だから最初にメニュー表を譲ったのだがそれが嫌だったらしい。

 紗那は真希と一緒にメニュー表を見ようとかなり真希に近づく。


 それは腕と腕がぶつかるぐらい近く、真希は少しだけ恥ずかしがった。


 やはり異性の体に触れるのは緊張するし、恥ずかしい。


 先ほど紗那に抱き着いていたことは忘れていた。


「……傍から見ると付き合いたてのカップルにしか見えないよね」

「……本当に二人は仲良しですよね」

「……もう付き合っちゃえば良いのに」


 メニュー表越しに清美と麗奈がなにか言っているが、真希は紗那の相手に意識を取られていて聞き取ることができなかった。


 その後、一緒にメニューを見るということで落ち着いた二人は一つのメニュー表を二人で見ていく。


「やはりドリンクバーは必須だろ」

「そうなんですか? 私友達とファミレスに来たことがないので分からないです」

「そうなのかっ。何気に北野後輩の初めてをもらってしまったな」

「その発言はキモいので止めてくれませんか。引きます」

「まっ、そんな冗談は置いといて」

「今、冗談と言って逃げましたよね。逃げましたよね」


 今まで友達がいなかった真希はもちろん、友達とファミレスに行った経験もない。

 だから、友達とファミレスに行った時、ドリンクバーが必須という事実に驚いた。


 さすがにその後に紗那の変態発言には真希も困惑し、思わず罵倒してしまった。


 紗那も少し言い過ぎたとここで気づいたらしく冗談だと言っているが、全然冗談には聞こえなかった。


 この会話から真希が紗那たちを友達だと思っていることが分かるが、真希自身も含めここにいる四人は気づいていなかった。


 その後、ドリンクバー四人分と山盛りフライドポテトを二つ店員に注文し終えると通路側の紗那と清美が立ち上がる。


「それじゃー北野後輩、ドリンクはなにが良い?」

「いや、ドリンクは私が運んできますよ。一番年下ですし。鈴木先輩は座っていてください」

「年は関係ないだろ。通路側に座っている人間がドリンクを持ってくる方が合理的だ。それに今日の主役は北野後輩なんだからあたしたちに尽くされてくれ」


 真希にドリンクを聞いてくる紗那に真希は自分が運んでくると申し出る。


 後輩の真希が先輩の紗那にドリンクを運んできてもらうのは気が引ける。


 しかし紗那は年齢とか気にしていないらしく、むしろ今日の主役は真希だから尽くされてほしいと願い出てきた。


 本当に優しい先輩である。

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