第7話 牧野陽子と桐島愛理

 紗那は先輩だから授業や休み時間は真希の元には来ない。


 さすがに休み時間十分ではトイレや次の授業の用意をするだけで半分以上は終わってしまう。


 それに三年生と一年生なので、教室も遠い。


 だから授業中や休み時間は紗那が来ないから心穏やかに過ごせると真希は思っていた。


 今日までは。


 しかし真希は忘れていた。


 このクラスには紗那だけではなくもう一人、お節介というか頭の中がお花畑のクラスメイトがいることを。


「おはよう北野さん」

「……おはよう」

「……」

「……」


 この男の娘はなにがしたいのだろか。


 今は二時間目と三時間目の間の休み時間。

 朝のあいさつをするのには遅すぎる時間だ。


 陽子はあいさつしてきたものの、話す内容がないのかそれともただあいさつをしたかっただけなのか、それとも話す内容を決めないで話し始めたのか分からないが、会話が止まった。


 真希もクラスメイトからのあいさつを無視するほど冷血な人間ではない。

 だがみんなでいるよりも一人でいる時間の方が好きな真希は、あいさつは返したもののそれ以上会話を続ける義理はない。


 牧野陽子。高校一年生の男の娘である。

 身長は百四十後半とかなり小さい。

 黒髪のショートヘアーで暗くはないが、大人しい印象の男の娘である。

 入学初日からいろんな人と話していて、社交的な男の娘なのだろう。

 そんな陽子だから一人で浮いている真希を心配して話しかけてきたのだろう。

 真希からすれば余計なお世話でしかないのだが。


「それで私になんか用あるの?」

「えーっと……今日は良い天気だね」

「……そうね」

「……」

「……」


 早くどっかに行ってほしいと思った真希は高圧的に陽子に問いかける。


 陽子が真希になんの用もないことは分かっている。


 陽子は苦し紛れって分かるぐらい分かりやすい表情を浮かべながら、窓の外を見つめ今日の天気を話した。


 今日は若干雲はあるものの、晴れである。真希も同意することしかできなかった。


 その後はもちろん、無言の時間が流れる。


「別に気を使わなくても大丈夫よ。一人でいる方が好きだし」


 ずっと近くに立っていられるのは迷惑なので、陽子を拒絶するような言葉を浴びせる。


「えっ……あ……うん。ごめんね」


 陽子は目をキョロキョロさせながらこれ以上会話を繋げる言葉を思いつかず、なにについての謝罪か分からない謝罪をする。

 陽子はリア充グループにいるが、大人しく押しに弱い男の娘というのは友達でなくても分かる。


 陽子は悲しそうというか残念そうな表情を浮かべながら自分の席に戻ろうとした時、近くから怒声が聞こえてきた。


「何様あんたっ。陽子があんたと仲良くなりたいと思ってるのに面倒くさそうに答えて陽子を傷つけやがって。ふざけるのも大概にしなさい」


 陽子の幼馴染の愛理の声があまりにも大きかったせいか、一瞬教室が静寂に包まれる。


 一体この少女がなにに怒っているのか、真希には理解できなかった。


 真希が高校に通っているのは高校卒業という資格が欲しいからである。


 別に友達が欲しいから通っているのではない。


 だから真希からすれば、『仲良くしたい』という陽子の言動はありがた迷惑でしかない。


 桐島愛理、陽子の幼馴染で高校一年生の女の子だ。

 身長は百六十前半と真希よりも大きい。

 茶髪のセミロングで頭を上を耳から耳へ編み込みをしている。

 言葉からも分かるように、高飛車で目が吊り上がっている。

 肌がまだ高校一年生だから瑞々しくきめ細かいが、愛理には興味がないのでどうでも良い。

 胸はそこそこあるらしく推定Dカップである。


「別にふざけているつもりはない。ただ私は牧野に一人でいたいということを伝えただけだ」


 なぜ愛理に『ふざけるな』と言われたのか分からないが、真希はふざけている意識なんて一パーセントもなかった。


 ただ一人でいたいということを伝えただけだ。


「なにその言い方。そういう言い方がムカつくんだけど」

「なら私に話しかけなければイライラしないでしょ」

「どうしてあんたは神経を逆なでするようなことしか言えないのよっ。ホントイライラする」


 そんなに真希と話すとイライラするなら真希と話さなければイライラしないのに、どうして真希に話しかけるのだろうか。

 そんなことも分からないぐらい愛理は馬鹿なのか、それとも怒っているせいで冷静な判断ができないのか、どちらかだろう。


 もしくは生理かもしれない。


「そんなにイライラするならさっさとあっちへ行けば良いだろう。そんなことも分からないのか。馬鹿だな桐島は」


 真希と話すからイライラする。


 それなら真希と離れて話さなければイライラはしない。


 愛理はなんでそんな簡単なことが分からないのだろうか。


 それは馬鹿だからだと真希は思い、素直に伝えたのだがこれも悪手だっただらしい。


「馬鹿という方が馬鹿だし。こんな奴もう相手にしなくて良いわよ陽子。こいつはボッチでいる方が良いみたいだしあっちへ行こう」

「う、うん」


 ようやく真希の言っていることを理解したのか、真希に散々暴言を吐いた後陽子を連れて自分たちのグループに戻っていく。


 陽子はなぜか困っている表情を浮かべている。


「……ごめんね北野さん。愛理ちゃんがあんな暴言を吐いて」

「別に気にしてないから大丈夫。それよりも面倒だからもう話してこなくても良いから」

「うぅ~……でも私、北野さんとも仲良くなりたいから諦めないからね……またね」


 陽子自身も愛理の言い方に問題があると思ったらしく、真希に謝罪する。


 真希からすれば別に謝罪もいらないし、気にもしてなかった。


 それよりも一人の方が好きな真希にとって、気を使われて話しかけられる方が余計なお世話である。


 それを陽子に伝えるとなぜか不服そうな顔をされた。


 紗那と言い、陽子と言い、どうしてこんな男の娘と仲良くなりたいと思うのか。


 真希だったらこんな面倒な男の娘と仲良くなりたいと思うどころか、関わりたくもない。


 むしろ、癪だが愛理の気持ちの方が理解できる。


 真希には自分と仲良くなりたいと思う人の神経が全然分からなかった。

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