Chapter6-2 戦慄
「敵はどれくらい、いるんだ?」
「そうね。恐らく大規模な部隊は投入していないはず。もししていたら佐世保基地全体を制圧しているわ。それに、手数が多ければここにたどり着く前に私たちを数で圧倒しているはずよ」
「そんなことで規模がわかるのか」
「まあね……ざっと二十人、多くて三十人くらいかしら」
「じゃあ、残りは敵の本陣に集結しているかもな。オレたち、もしかしたら誘い込まれているかもしれねえ」
「ええ、だとしても正面突破するわよ。私たち三人ならできるわ」
歩き出した。足元の砂利を踏み込んで、力強く足を踏み出した。自然と背中も伸びる。次が、最後のような気がする。
異様に静かだ。嵐の前の静けさとはよく言ったもので、いつだっても同じなんだな。
駐車場を抜けると、視界が開ける。奥には山の稜線がしっかりと見え、等間隔で設置された街灯が足元のアスファルトを照らしてくる。
そして、赤レンガ組みの建物が見えてきた。正面には教会みたいな両開きの扉があった。不思議と、強い魔力を感じる。
「ここが、陽炎のじいさんが言っていた地脈の中心か」
「そうなるな。オレも足元からじわじわと感じるぜ」
「あれから七十二年、ここは手付かずで魔力を溜め込んでいるはずよ」
「掘れば温泉でも湧くかもな」
「じゃあ、採掘の前に立ち退いてもらいましょうか」
スカーレットが赤い拳銃を両手に構えた。トリガーを引くと、吐き出された炎が扉を突き破った。
「正面からカチコミと行くぞ、覚悟はいいか」
「おれは、もうできている」
恵は、何を今更、という雰囲気でスカーレットを一瞥した。
「へっ、無粋だったな」
ぶち破られた扉をくぐると、中は倉庫のようで、天井は高い。階段が上の方に伸びており、足場が二階、三階と設置されている。そして、暖色系の色のランプがいくつか灯っている。
奥は意図的に電気を切っているのか、外より暗い。そして気配がする。
おれは、拳銃を握りしめた。さっき弾倉は入れ替えた。残りは九発。スカーレットが先行して、おれと恵が並ぶ算段だ。
「いるんだろ! 姿を見せやがれ!」
スカーレットの声が響く。少し、足音がしてくる。そして闇の中から男が現れた。
「あんたは……」
おれにはその顔に見覚えがあった。親父の葬式の式場に居た、そして新宿の喫茶店で話を聞いた男だった。
「影森、迅」
「……陽羽里の忘れ形見、俺を覚えていたのか」
その表情は、柔和そうな表情と一変していた。まるでバケモノのようだ。自分の欲望のまま、むき出しの何かが溢れ出ている。
「顔を覚えるのは得意なんでね」
少し、声が震えていた。強がりだ。こいつは、とんでもなくやばい気がする。ぽん、と背中を軽く叩かれた。恵だ。彼女の手が、俺の背中を押した。はっとする。そうだ、おれはもう一人じゃないんだ。
「影森迅!」
恵は声を張り上げた。腹の底に響く、力強い声だ。
「ここにいるということは、全てあなたの手引きね」
「籠原二曹。よくやってくれた」
「何を言っている!」
「ふははっ! すまない。君は知らなかったのだな」
影森が右指を鳴らした瞬間、恵は頭を抱えて苦しそうに声をあげた。
「う、ぐ、ああああ!」
「恵! 大丈夫か!」
倒れこむ彼女の全身は震えていた。そしてもがき苦しんでいた。
「貴様! 恵に何をした!」
スカーレットが赤い拳銃を向け、一発だけ放った。影森の顔の真横を通過したが、彼は何ともない様子だった。
「俺を殺せば籠原二曹も死ぬぞ」
恵の首元に、ふと鎖が見えた。それが巻きついているようだった。それを掴んで、引き剥がそうとする。
「やめた方がいいぞ。俺のバインドブレイクは外そうとしようとすればするほど、よく締まる」
さっきより鎖が首元や全身に回っている。そして、苦しそうに恵が声をあげる。
「ふっ、いくら訓練を積んだとはいえ、やはり無力だ」
おれは拳銃を取り出した。恵はおれを救ってくれた。だから、今度はおれが恵を救う番だ。
首元に絡む鎖に銃口を向けた。人差し指が震える。もし、少しずれて頭部に命中すればどうなる。魔法術士とはいえ、魔力を無効化するこの弾丸ならいともたやすく恵の命を奪うのではないか。
いや、撃つのだ。おれが恵を救う。救わなければならない。少し待ってくれ恵。今すぐ解放してやる。
そう思うと、不思議と震えは収まった。おれより、恵の方が苦しいはずだ。
トリガーを引いた。間違えないように、力一杯人差し指を引いたのだ。
まっすぐ、銃弾は進む。不思議と、心臓の鼓動はゆっくりしている。おれならできる。
さっきまで苦しんでいた彼女は、脱力して横たわった。全身を締め付けていた鎖は、もう消えていた。
「晴翔」
目を開いて、恵は少し起き上がる。
「ありがとう」
「どう、いたしまして」
笑い声が聞こえる。
「籠原二曹、変わったな。まさか忘れ形見に救われるとはな」
「私は晴翔を信じていただけよ」
おれの方を貸して、立ち上がる。
「お前、恵に何をした」
「いいだろう、陽羽里不知火にはたっぷりと世話になった。忘れ形見のお前に話してやろう。俺の魔法術、バインドブレイクはご覧の通り鎖の魔法術でねえ。鎖で縛った相手は支配できるんだ」
「……嘘よ。あなたにはそんな力ないはずよ!」
「記録を書き換えることなんて、造作もない、籠原二曹。君は陽羽里不知火が自殺した日から、俺の力で動かさせられていたんだよ」
「いいえ、あの日、私は——」
恵は言葉に詰まった。
「おい、どうした」
「……っ。何も思い出せない。翌朝に晴翔の監視についていたことは覚えているのに」
恵の姿を見ると、あの日のことがよぎった。あのホーム上で、記憶の限りは弱々しい姿を見せたことが無い親父が、異様なほど憔悴しきった様子だった。
——すまない、晴翔——
あの親父の姿と、さっきの恵の様子が重なる。証拠も、確証もない。おれはあいつの魔法術を知らない。だが、点と線が繋がっているように感じた。
「お前か……親父を殺したのは」
「殺してはいない。ただ、俺の為に働いてもらおうとしたら、勝手に自ら死んだだけだ」
親父は自殺なんてしない。親父の行動には意味があったんだ。
「お前が、親父を魔法術で支配しようとした」
おれを護る為に親父は距離を取った。アルバムには、おれの成長を喜ぶ親父がいた。
「親父は、お前に操られるまいと、自ら命をたったのか」
「……素晴らしい推察力だよ。陽羽里晴翔くん」
「お前が、親父を殺したんだ!」
おれは走り出した。恵から何かを掴んだ。この手応えは、恵の大鎌だ。
「うおおおおお!」
少しでも早く、少しでも近く。大鎌を大きく振りかぶった。外さない。しっかりと影森の首を狙うコースだ。
だが、一瞬でおれは動かなくなった。
「おいおい、俺は力を見せたのに、無策に突っ込むのは愚か、いや青いというべきだな」
手足が、大鎌が鎖で拘束されている。影森の両手を見ると、スーツの袖から鎖が何本も垂れて、広がっている。
周りを見渡すと、全体が彼の出す鎖で覆われている。
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