Chapter6 真実

Chapter6-1 確執

 今、俺の指示で部隊が動いている。まるでオーケストラの指揮者になった気分だ、

 これまでは副室長・影森迅でしかなかった。いつも補佐だ。小隊を率いて任務に参加した事もあった。だが、この治安維持部隊のナンバー2は俺にとっては不服だった。


「影森、君の希望はよくわかった。だが、私はまだ早いと思うんだ」

 あの日、人事会議に提出した希望は、いともたやすく拒絶された。陽羽里不知火はそれを突きつけてきた。

「時期尚早だ。君にはまだまだ経験すべきことがある」


 俺の目標は、この治安維持部隊の室長になることだ。この国のリーダーは表向きには総理大臣。だが霞が関のクズ共が興じる票集めも、マネーゲームも、マスコミのフラッシュに晒されるのも、俺には向いていない。

 力が全てを支配するこの市ヶ谷の地下が俺の肌にあっている。この治安維持部隊は超法規的措置が容認されている、言わば影の支配者なのだ。


 だが、そんな治安維持部隊も予算削減の一環で見直しが図られることになった。解体されるとも言われ、俺は焦った。

 陽羽里不知火はきっと上層部に野心が強いと報告しているのだろう。この市ヶ谷で好まれるのは俺みたいな直情的な人間より、能ある鷹は爪を隠すように自分を殺し、任務を完遂する人間の方が好まれる傾向にある。俺より、部下の楯山や籠原の方がそうだ。


 俺もそうあろうと努めた。だが、本能は叫ぶ、もっと上を目指せと。燻るな。その一心がここまでのし上がれる活力をくれた。

 そんな中、治安維持部隊の配属は天職だった。力を振るい、実力でこの日本を闇の中から支配する。敵国に情報を持ち出そうとする者は、一宿一飯の恩義があっても殺す。政治家の汚職の陰に隠れて、この国の不利益になる行為を働く者を泳がせ、調査し、始末する。身分を偽り、中露、果ては後方支援の国家に潜入も行なった。


 訓練施設を出る頃、一般の自衛官になる道も選べた。だが、俺にとっては全てが生ぬるそうだった。魔法術を会得しても、小銃磨きをするのは嫌だった。俺は俺の全てを活用したかった。だから市ヶ谷を、闇の中を選んだのだ。

 そんな中、藪から棒に治安維持部隊の解体の話が舞い込んだ。俺は陽羽里不知火に異議を申し立てた。


「この部隊が無ければ日本という国が真に危険に晒されるんですよ!」

「君の言うことは皆理解している」

 地下深く、俺と陽羽里不知火は二人切りで会議室に篭った。トップの二人の言い争いは部下に見せることは俺も避けたかった。だから、彼を呼びつけた。

 声を上げる俺に対して、陽羽里不知火は冷静だった。初めて会った時からずっと、変わらない様子だった。


「ではなぜ、こんな愚行に走るのですか! 大蔵ならこちらから揺さぶりをかければ予算の調達くらい簡単でしょう」

「そう言う話ではないのだよ。我々は膨張しすぎた。国の為という大義名分があれば殺しも差し押さえも何でもしてきた。だが、私はもう潮時だと思う」

「何が潮時なんですか。のうのうと霞が関の連中が時間を食いつぶしているから、我々のように稼働して仕事をする存在が必要なんですよ。その為の治安維持部隊ではないですか」

「我々が旧陸軍から引き継いだ組織だと言うのは知っているだろう」

「……それがどうしたんですか」

「ここまで七十二年、戦後、冷戦と生き延びてきたが、組織として構造が古いのだ。我々はいつからただ力を振るう暴力装置に成り下がったのか。見直すべきと私は考えたのだよ」

「解体は、上層部からの話ではないのですか」

「私から提言したのだ。再来年には平成も終わる……それにこれからは高度な情報戦など新時代に我々は対応していない。だからこそ、ここで時代に即した部隊に再編成すべきなのだ」


「老兵は死なず、単に消え去るのみ、とでも言いたいのですか」

「違う、老兵ではない。君も含め、構成員の皆はこれからの時代を背負うように私の方で尽力する」

「……自分もですか」

「君には、こんなところで立ち止まらずに、もっと能力を存分に発揮できるところがあるはずだ」

 俺には、ここが一番なんだ。ここ以外ない。

「どこだと言うのですか」

 必死に自分を押し殺した。奥歯を噛み締めて、陽羽里不知火の返事を待った。

「検討中だ」

「……そうですか」


 このままでは、俺は適当な僻地に飛ばされて、それこそ朽ち果てるだけだ。稚内か、与那国か、石垣か、はたまた硫黄島か。先は明るくはない。

 陽羽里不知火、お前の存在が俺を阻む敵だ。俺は、俺の道を行くべきだ。

「戻りますから」

 立ち去ろうとする俺を、彼は呼び止めた。


「今日の件は人事査定には影響しない」

「わかりました」

 その時に歩いた廊下は、永遠に終わらないように長かった。

 もう、陽羽里不知火はいない。この俺を脅かす存在はいない。ただ、ロストバゲージが届くのを待っていればいい。

 皮肉だ。俺は自分がのし上がる為には、泥水を啜っても、地に頭を伏せても、たとえ敵の物でもあっても、何でも使うと決めた。実際そうして来た。何度も手を汚した。だが、俺が使おうとした物があの陽羽里不知火に由来する物だとはな。


 結局は、最後に生き残るのは家系と血筋だった。俺みたいなバックボーンが何もない存在はただ使い捨てられるだけだ。何度も命を落としたやつ、再起できないと下されたやつを見て来た。俺は違う。そのために今日まで、これからもやっていくのだ。

 そうして来た連中を見返してやる。実力が全てだ。それを知らしめてやるのだ。

 時計に目をやると、日を跨いだ。そろそろ、出雲から楯山たちが戻ってくる頃だ。


 この赤煉瓦組みの倉庫も、佐世保の街も、もうすぐ役割を終える。

ふと、外から爆発音がして、天井から吊り下げられた電灯が少し揺れる。身体でも少し衝撃を感じた。

 あと少しだ。あと少しで俺の悲願が始まる。彼らには、最初の生贄をなってもらおう。




***




「晴翔、今の内に食っとけ」

 恵に渡された物を貪りながら、スカーレットは続ける。

「それうまいのか?」

「まずい。だが合衆国のやつよりはうまい」

 即答された。


「何だそれ」

「恵も食っているぞ」

 恵の方を見ると、口をもぐもぐ動かしている。そんなに噛む物なのか、これ。包み紙を剥がすと、ビスケットみたいな感じだ。大きさは、だいたいビスコの個包装が二つ並んだくらいの大きさだ。


 一口かじる。もさもさしていて、見た目通りビスケットみたいな味付けで、結構甘い。でもくどくなく、変に食べやすく、その違和感は気味の悪さを与えてくれる。

「これって何で食うんだ? と言うか、何なんだ」

「レーションって言うのよ。戦闘中に手軽にカロリー補給するためのものよ」

 恵はすでに完食していた。と言うより、噛み砕いて水で流し込んでいたと言うべきか。


「それだけで三千キロカロリーはあるわ」

 確か、成人男性の一日の消費カロリーは、二千三百カロリーだったはずだ。

「戦うって、大変なんだな」

 俺は恵を見習って、とにかく噛み砕く事に意識した。結構ネチョネチョしてくる。水は今限られているから、思うように飲めない。まずはペットボトルを傾けて一口飲んだ。


 それを飲み込もうとした。だが、うまくいかない。仕方がないので、もう一口水を飲んで、流し込んだ。結構ペース配分が大変だ。

 そうして五分くらい苦戦して、何とか完食した。

「じゃあ、行くか」

 おれは立ち上がった。

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