Chapter5-3 着陸
彼女に引かれ、壁側に移動する。そして、椅子の近くにある手すりを掴んだ。
「おい、戦闘機だ」
窓を覗き込むスカーレットの横についた。月明かりに照らされた機体は青いように見えた。
「ほら、落としもんだぞ」
いつの間にか落としていたヘッドホンを差し出された。
『なぜ応答しない! ギャラクシー02!』
『こちらギャラクシー02、目下戦闘軌道訓練中』
通信が聞こえた直後、さっきまで足元にあった赤い光りが徐々に動いていく。
「体勢が変わるぞ! しっかり捕まれ!」
再び、スカーレットの体に捕まる。離陸する時には空を恐れていた。だが、もう空はなんともない。こんなに密接に触れ合う彼女の体に、心臓の鼓動が早くなっていく。
『聞こえる? 晴翔』
おれはヘッドホンが外れないように手で押さえて、声をあげた。
「聞こえる!」
『そろそろ佐世保に降りる! スカーレット、あなたは先に降りて!』
「あいよ!」
同じように恵の声を聞いていたスカーレットが返答する。
『椅子の下にパラシュートがあるから、それを使って! 晴翔は私と降りる!』
「なんでスカーレットと一緒じゃないんだ!」
『先に行ってもらって、いざとなればサポートしてもらうためよ!』
「なるほど!」
機体が水平に戻るころ、しっかりと足がついた感じがした。
「晴翔! 行くよ!」
やってきた恵にカバンを渡された。
「リュックは前に背負って、落とさないようにね」
「わかった」
「なあ、恵、どこに降りるんだ」
「ライト持って」
スカーレットにペン型ライトを託し、地図を広げた。
「降下地点はこの山の、頂上付近に公園があるからそこに」
「わかった」
「晴翔、もうヘッドホンは置いていいて。あとこのゴーグルつけておいて」
ヘッドホンを外し、ゴーグルをつけると、エンジン音に混じって、ウィーンと何かが駆動する音が聞こえる。
機体後方がぱっくりと空いている。近づくと地上が見える。空と同じように月明かりに照らされた山々と、電線が見えていく。
「スカーレット、私が肩を叩いたら降りて」
「わかった!」
そしておれは渡されたハーネスを身につけた。恵は同じようなハーネスを身につけており、カラビナでおれの背中と恵の正面を繋いだ。
「少しだけ我慢してね」
耳元で恵がつぶやく。
「もう、何も怖くないよ」
「じゃあ、大丈夫ね」
恵が言った直後、恵は隣に立つスカーレットの肩を叩いた。すると、彼女は迷わず走り出した。一瞬で米粒ほどの大きさになっていった。
「晴翔、肩叩いたら右足から歩き出して」
「わかった」
恵は、おれと自分がしっかりと繋がっているか、器具を触って確認しているようだ。
「お世話になりました!」
恵がヘッドホンのマイクに話しかけたのだろう。少し後ろを向くと、それを機内に放り投げていた。
トン、と肩が叩かれた。今だ。焦る必要はない、まずは右足を前に出した。そして、普段歩くように左足を出した。機外に向けて、足元はスロープ見たいに傾斜している。
恐れることはない。恵も、スカーレットもいるんだ。直後、下から凄まじい勢いで風が包みこまれる。
雲はない、夜のはずだがくっきりと見える。少しすると、ドン、と体が引っ張られる。上を見るとオレンジ色のパラシュートが開き、恵はパラシュート の両脇から伸びるワイヤーを握っていた。
ふと、視線を地上に向ける。街が広がり、その向こう側には海が広がる。月光は水面に反射し、ミニチュアサイズにしか見えない沖に浮かぶコンテナ船のシルエットをくっきりと写していた。
反対側は山が連なり、しっかりと稜線が見える。自然と人間の営みが交わった不思議な世界だった。そして、おれはその光景に没入していた。
「着陸するよ!」
風を切る音の中、恵の声が聞こえた。すぐに、足元に地面が見えてきた。ゆっくりと降りていく。両足が大地に触れた瞬間、帰ってきたような感じがした。
だが直後、視界が遮られた。
「なんだ!?」
「パラシュートよ!」
全身を覆い被さられるが、どんどん後ろにパラシュートが動く。
「パージするから動かないで」
視界が開けると、天には月が明るく、遠くには乗っていた輸送機が離れていくのが見えた。
「おおー、ナイスランディング」
目の前には待っていたスカーレットが軽い拍手をしながら待っていた。
「ジャケットがシワだらけだよ」
「これからもっとひどくなるだろうな」
後ろから、カラビナが外れる音が聞こえ、恵が離れる。
「このハーネスとかどうするんだ」
「まとめてここにおいておく。後で返しに行くわ」
話しながら、パラシュートを巻き取る恵。迷わずに、そのままシーツを片付けるように畳んだ。
「もう一度地点を確認して」
地図を広げて、ペン型ライトで照らす恵。
「佐世保は港町で入江みたいになっているの。西側は沖合いに五島列島があるわ。今回の目指す地点はここ。在日米海軍佐世保基地の、端の方。燃料タンクが見えるわ。その一角にある赤レンガの建物が目標」
「敵は?」
「わからない。ただ市ヶ谷の身内と思う。だから私の対策は間違いなく取られている」
「じゃあ、いざという時は恵で陽動をかけて、そこをオレが叩く。どうだ」
「わかった。言ってくれればあなたに合わせるわ」
「任せろ。で、晴翔はどうする」
ここまでおれはノータッチだ。戦力にカウントされないから、仕方がない。
「晴翔には対魔法術に一点集中してもらうわ。渡した拳銃には魔法術を強制的に無力化するAM弾が入っている。予備の弾も渡しておくわ」
恵はおれのジャッケットに拳銃の持ち手より一回り小さいカートリッジを三つ渡してきた。
「一つに八発、それが三つで二十四発あるわ。入れ替えの仕方は、グリップの底にあるこのツメを引くと、自重でマガジンが落ちてくるわ。やってみて」
言われた通り、グリップ底を引くと、説明通りマガジンが落ちてきた。
「装填する時は向きに気をつけて。丸みを帯びている方が銃口側よ。装填した後は必ずスライドを引くことを忘れないでね」
レクチャー通りに動作を一通りこなす。
「バッチリよ。落ち着けばできるわ」
「なあ、人も撃つのか」
「AM弾は魔法術には強いけど、通常の弾丸よりは劣るわ。それに命中したとしても致命傷にはならないから、魔法術に専念してくれればいいわ」
「晴翔が魔法術をやるなら、オレたちは通常攻撃に対応だな」
「その通りよ。私とスカーレットが通常攻撃に対応して、晴翔はその間を縫って魔法術に対応。基本は防戦に徹して、攻撃はタイミングを見計らう」
「敵の本陣に突っ込んでからは?」
「敵の真意を探って、ことが済めば思う存分暴れて頂戴」
「任せろ、オレ好みのスタイルだ……だが晴翔に防弾チョッキとかないのか」
「こうなると思って、スーツを買う時に薄型の防弾インナーを着させたわ」
「えっ、あれ防弾仕様なのか」
おれはてっきり商品を渡されたと思った。
「実は技研で開発中のやつよ。少しお借りしてたわ」
「それって借りパクって言うんじゃあ……」
「いいのよ! 実戦試験よ」
「安心しろ晴翔、オレたちがお前に傷なんかつけさせねえよ。だな恵」
「当たり前よ。そのインナーは保険よ」
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