Chapter5-2 空中

 恵に連れられて、境港市にあるという美保基地にやってきた。滑走路に出ると、ランプが沢山光っていた。まるでイルミネーションのようだ。

 おれとスカーレットは、組織の構成員として那覇までの移動に便乗するということで航空自衛隊の輸送機に乗り込んだ。


 機体は大きく、ライトに照らされると薄く青っぽいカラーリングだった。中は無骨と言う感じで、足元には荷物搬入用だというレールが敷かれており、天井や壁はクリーム色で断熱材だろうか、むき出しになっている。

 壁に沿って折りたたみの椅子があって、そこに座るように指示された。そして、通信用のためのマイクがついたヘッドホンを渡された。


『This is MIHO tower, Galaxy02 Runway 25R, taxi to Wisky04』

『This is Galaxy02. Ragger, Runway 25R taxi to Wisky04』

 恵がいうには、飛行機の離発着を管理する管制塔とパイロットのやりとりらしい。おれには何を言っているのかさっぱりわからないのだが、繰り返しやりとりが行われている。


 エンジンだろうか、甲高い音を発し始めると、ゴーと轟音がしてくる。すると、機体が動き始める。

 少し動いて止まったあと、再び交信が始める。

『Galaxy02, Wind 330 degrees at 5 knots, Runway 25R. Cleared for takeoff』

『This is Galaxy02, Cleared for takeoff』

 テイクオフと聞こえた瞬間、一度は静まったエンジン音が再び唸り始めた。さっきより大きい音だ。


 すると、体が後方に押さえつけられるような感覚が全身に走る。そして、ふっわっとした浮遊感がする。

 しかし、揺れが激しい。上下左右、ランダムに揺れる。心臓の鼓動もいつもより早い。

 おれは、必死に奥歯を噛身しめた。飛行機は落ちない。飛行機は落ちない。ましては軍用機なんだ。


 ふと、隣に座る恵がおれの手を握ってくれた。

『大丈夫。すぐに揺れは収まるわ』

 ヘッドホン越しに声が聞こえた直後、ピタッと揺れは静まり。登っている感じが無くなった。


「どうしてわかったんだよ」

『離陸前に雲を見たの、基地の上には覆いかぶさるようにあったけど、巡航高度に入れば雲の影響からは逃れるみたいだったから』

「なるほど。ありがとう」

 恵が言っていることはさっぱりわからなかったが、おれみたいに焦っている様子はないので、一安心できる。


 ふと、隣にあった窓から外を覗くと、思いの外明るかった。上の方を見ると満月だった。地上で見るより、とても明るく感じる。

 下の方は月明かりに照らされ、雲の輪郭や、濃淡がしっかりと見えた。機内は赤色のライトが照らしているだけで、そこまで明るく窓に反射せずに綺麗に見えていた。


 翼の端は赤色のランプが光っていた。

 幻想的な世界だ、ずっと見ていたい。だが、恵は動いた。それが合図だった。この飛行機を佐世保に向かわせるための。


 拳銃を持った恵に続いて、おれも同じようスライドを引いた。そしてコックピットに向かった。スカーレットは後方で待機だ。

「抵抗しないで」

 恵は右側の車のハンドルのような操縦桿を握っていないパイロットに銃を突きつけた。右側が副操縦士、左側が機長であると、あらかじめ恵は教えてくれた。


「なんなんだお前たちは!」

「いいから無線を切りなさい」

 恵の言葉を無視する二人。

「早く切れ!」


 そうすると、副操縦士が計器に手を伸ばす。

「それはエマージェンシーでしょう」

 銃口を首元につきつける。

 すると、違うところを操作した。


「あなたはコーパイだから手をあげる」

 すると、副操縦士は静かに両手を挙げた。

「……あんたたちの目的はなんだ。同じ自衛官だろう」

 機長の問いに、恵は少し黙った。


「北か? それにしては手土産はないぞ」

「そんな遠くじゃないわ。佐世保よ」

「……佐世保? 滑走路はないはずだ」

「あなたたちには上空に向かってもらうだけでいい」


 すると、ヘッドホンからさっきみたいに通信が入った。よく聞き取れなかった。拳銃を向けられているパイロットは応答せずにじっとしていた。少しすると同じように繰り返し通信が入った。

『聞こえていますか、ギャラクシー02。貴機の進路上にアプローチをかけている機があります。フライヘディングトゥーフォートゥー』

「せめて、コントロールに返信をしてもいいだろう」

 恵は何も言わず、さっきオフにされたスイッチを触った。


「ユーハブコントロール」

 機長が、右側のパイロットに言うと、彼は操縦桿を握った。

「あ、アイハブコントロール」

 すると、機長が操縦桿から手を離した。


「This is Glaxy02,Fly heading242」

『ギャラクシー02、なぜ先ほど返答しなかった』

「フクオカタワー、戦闘機動訓練中のため返事が遅れた、すまない」

 左側に座るパイロットが自ら通信をオフにすると、口を開いた。


「これでいいだろう。教えてくれないか、なぜ佐世保なんだ」

「いますぐ行く必要がある」

「それだけじゃないだろう」

「……私の、命令よ」

「ふっ、わかった」

 そうすると、計器を触り、コックピット上にあるディスプレイは南西の方角を示した。


「コーパイに銃を向けている君は本物だろう。しかし私に銃を向けている君は素人だな。腰が入っていない」

 おれは驚いた、目を離して会話もしていないのに、ただ一瞥しただけでそんなことまでわかるのか。


「今は地本の体験フライトじゃないんだがな」

「余計なことは喋らないで」

「……わかった。だが銃を降ろしてくれ。彼はまだ日が浅い。トラウマを植え付けないでくれ」

「協力してくれるのね」

「何度も言わせないでくれないか」

 恵は静かに銃口を降ろした。


「……キャプテン」

「鈴木三尉。あとは私がやる」

「ユーハブ」

「アイハブコントロール」

 今度は逆に機長が操縦桿を握った。


 少しすると、ディスプレイの位置情報は九州の上空に差し掛かることを示していた。だが、再び回線が開いた。

『こちら築城基地第八飛行隊所属、パンサー08。ギャラクシー02、応答せよ』

 ディスプレイの一つが、後方から機体が迫っていることを訴えかけてくる。


「振り切るぞ。しっかりつかまっていろ」

 機長の声が聞こえた直後、操縦桿を目一杯引く姿が見えた。すると、機体が上を向いていく、フロントガラスの向こう側には、満月が見えた。しかしその瞬間、おれの体が下に転がる。


「晴翔!」

 差し出された恵の手を掴もうと右手を伸ばしたが、指先が触れ合っただけで、手を握ることはなかった。

 このまま、体が機体に打ち付けられるのか。鉄板むき出しの機内なら、無事ではすまないのは明白だ。


 必死に何かを掴もうとするも虚が感覚を支配した。

「晴翔! オレに掴まれ!」

 おれは咄嗟に、ススカーレットの声がした方に手を伸ばした。

 すると、柔らかい何かに包まれた。

「ナイスキャッチだ、オレ。晴翔、怪我ないか」

 頭の上から声がする。視界は真っ暗で何も見えない。


 上の方を向くと、赤い機内灯に照らされたスカーレットの顔が見えた。そしておれの顔はやたら柔らかい感覚がする。離れないように腕を動かそうとすると、スーツ越しの体の触感がする。

「バカ! どこ触ってんだよ!」

 おれはハッとした。スカーレットの胸に顔をうずめていた。

「い、いや違うんだ!」

「じっとしてろ!」


 動きたいが、彼女の体から離れれば重力に従って機体に叩きつけられて命はないだろう。

 少しすると、体がふわっと浮いてくる。まるで映画で見る宇宙空間みたいだ。

「こっちだ!」

 スカーレットが手を引いてくる。足元から赤い光りがする。まさか、背面飛行をしているのか、あんなに大きいこの飛行機が。

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