Chapter4-7 準備
遠くから、人の気配がしてきた。
「恵! 誰か来たぞ」
「……スカーレットよ。敵ならもっと早く動いているわ」
恵のいう通り、目一杯膨らんだ袋を二つ持ったスカーレットがやってきた。
「おお、晴翔起きたか。身体の具合はどうだ」
「大丈夫かな」
「へっ、そりゃ良かった」
「なあ、その袋はなんなんだ」
「飯だよ。これから佐世保に行くんだ、しっかりと食うんだな」
ブルーシートに座り込んだ彼女は、カツ丼とデカ盛りと書かれたカルボナーラを出してきた。すでに暖かい。冷える中、これは嬉しい。
「ハイカロリーだな」
「戦う前にはしっかりと食ったほうがいい。それにコンビニ飯もうまいだろう、まずいレーションよりはマシだ」
そういうとスカーレットはカツカレーを頬張り初めた。恵もさっき差し出されたもやしがたっぷり盛られていたラーメンをすすっている。
「……いただきます」
割り箸を勢いよく割って、カツ丼の蓋を開けた。湯気がボワっと出てくる。もしおれがメガネをかけていたら曇っていただろうな。
早速カツを口に運ぶ。味は濃い目だが、一度は食べたことがある違和感のない味だ。卵は玉ねぎと合わせられ、出汁もしっかり利いている。
ご飯はシンプルな白米。あまり味が染み込んでいない。出汁が多くシャバシャバになっていない。これが結構嬉しい。上の部分が味が濃く、下も同じようだともたれるし、すぐに飽きがくる。出汁が思いの外しっかりしているのも面白い。
安定した旨さだった。おれはカツ丼を完食してカルボナーラに手を伸ばそうとすると、スカーレットが水を差し出してきた。
「すまん、渡し損ねた。しっかり飲んでくれ」
「ありがとう」
喉に潤いを与え、カルボナーラにフォークを伸ばした。中央に卵が乗ってる。カツ丼と卵がダブっているな。まあいいか。
卵を潰すと、黄身が溢れ出てきた。レンジで温めても、このトロっと感が維持されるのか。すごいな……しまった。最初に一口食う前に卵に手をかけてしまった。食べてしまえば変わらないか。おれは全体が混ざるように混ぜた。
そして、フォークに絡めて一口。チーズのコクが深い。ずっしりと響く。だがいやらしさはない、これは生クリームか。うまい感じにバランスが取れている。ところどころ混じるベーコンもいい。小ぶりだが食感のバリエーションを増やしてくれるし、肉の旨味が食欲を加速させる。
最後に振られたブラックペッパーの風味もしっかりしている。ミルで挽いているな、しっかりと手が込んでいる。
きっと工場で画一化して作っているのだろうが、それでもしっかりと作られている。こんな時でもうまいものが食えると、不思議と感動を覚える。
「ごちそうさまでした」
手を合わせてゴミをまとめた。二人は先に食べ終わっていた。
「じゃあ、行くか」
「車がダメになっているじゃないか」
「何言ってんだ晴翔、オレたちには親にもらった立派な足があるじゃあねえか」
「まさか歩くのか」
「あったりまえだろ!」
「そう大げさに言うけど、二十分くらい歩けば駅に着くのよ」
声を上げるスカーレットとは対照的に、冷めた感じで恵が話した。
「ところでよ、この車どうするんだ」
「土砂崩れに巻き込まれてダメになったことにするわ」
「えっ」
「どうせこの戦闘の跡も片付けなきゃいけないのよ。私の力ならすぐに済むわ。二人ともゴミとブルーシート持って離れてて」
おれとスカーレットが離れると、恵は魔法術士の姿になった。そして大鎌を地面に突き立てると。地面が静かに滑り出していった。そして、木々やアスファルト、そして車も巻き込んで、下に消えていった。
元に戻った恵は、携帯でどこかに電話していた。
「なあ晴翔。恵に歯向かうのはやめような」
「……うん」
恵が何度か電話が終えてから、おれは彼女に訊いた。
「どこに電話したんだ」
「警察と指定された保険会社、あとレンタカー屋ね」
少しすると、パトカーの音が近づいた。
「おいおい、警察なんて呼んでいいのか。今のオレたちには都合が悪くないか」
「まあ、見てて」
やってきた警察官に事情を説明する恵。突然轟音がして、地崩れが起きたと説明していた。おれは今朝と同じく弟で、スカーレットはそば屋で語った仕事仲間だと言うと、警官は疑うこともなく、そのまま受け入れていた。
それから、すぐに解放された。陽はすっかり沈み込んでおり、昨日の恵と初めて出会った時の事を思い出させる。
「電車あんのか」
「あるわよ……ところで、少し服を買わないかしら」
「おいおい今は佐世保に急ぐべきだろ」
「こんなボロボロの服でいけば不審に思われるわよ」
「そう言うものなのか?」
スカーレットと恵の会話に、おれは疑問を投げかけた。
「そんなディナーでも食べに行くわけじゃねえのに、いらねえよ」
「あなたも格好がラフすぎるのよ。近くにスーツショップがあるから、買うわよ」
恵の言うままに入店して、すぐに店員に採寸された。
「こちらがよろしいかと思います」
渡されたのはダークグレーのスーツ。そしてインナーのシャツも。
「ネクタイはどうされますか」
横でネクタイを物色していたスカーレットが、これがいいよ、と赤っぽいネクタイを差し出した。真っ赤ではなく、朱色に近い、どこか朝焼けのような、優しい色合いだった。
「派手じゃない?」
「いえ、お客様は赤がお似合いかと思います」
「じゃあ、これで」
試着室に向かおうとすると、恵にインナーを渡された。
「寒くなると思うから、これ着ておいて」
「ありがとう」
通された試着室で、自分の体を見る。太ももは傷がすでに塞いであったが、円形の銃弾の跡がついている。背中にも、同じように傷の跡があるが、治っていると言われればそう見える。
だが、触れてみると、少し感覚が鈍い気がする。まるでここだけ自分の体じゃないようだ。でも不思議と暖かい。
「いやあ、晴翔。結構似合っているぞ」
試着室から出た後、いつの間にかズボンタイプのスーツに着替えたスカーレットが言った。
「そうかな」
「ああ、バッチリだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます